カロヤ祭り
「・・・目を覚まさないな」
「大丈夫でしょうか」
「まあ、そのうち起きるとは思うが」
床か?なんか固いな。ちょっと眩しい。
「あ、ジョブレスくん起きた。よかった。大丈夫?」
「ああ、ケイさん。一体なにが」
オドアドの家か。クリが「くうーん」と俺の頬を舐めた。はじめてかわいいと思った。シャイディーがソファーの上で、他の三人は絨毯の上で寝ている。まあ死んではいない。
「朝方、君たちが岩戸の前で倒れているのを発見したの」
「運んでくれたんですか?」
「ケイに礼を言うんだな」
オドアドはティーカップを机に置いた。
一口すする。んまああい。
「私の魔法でリンとシャイディー、じいさんを運んだ。ジョブレス、お前とジェイルはケイが担いでここまできた」
エイロンは名前覚えてもらってないのか。ケイさん、華奢に見えるが、ボアをめっちゃ吹っ飛ばしてたしな。
「ありがとう、二人とも」
いいのいいの、とケイさんは恐縮した。
「先に礼をいわなくてはならないのは私だったな。森が晴れた。大麻茸の討伐に成功したのだろう」
「ああ、なんとかな」
「ん?ここは」
リンがむくりと起き上がった。「今コーヒーを入れる」とオドアドはキッチンへと向かった。チクタクと、柱時計は9時30近くを差している。さて。こいつらはいつ起きるだろうか。
「イワツチ?岩戸に住むと言われている精霊だな」
とオドアドはコーヒーを一口すすった。ちなみにモーニングコーヒーではなく、アフタヌーンティーである。アフタヌーンティーはわらわの家では紅茶であったが、とシャイディーが言うと、オドアドは顔を赤らめキッチンへと戻ったが、そもそも紅茶がなかったようで、「カロヤではこうなのだ」と開き直った。カロヤなら緑茶に和菓子がでてきそうなもんだが。
「イワツチは人前に現れることはないと言われている。私も50年以上ここに住んでいるが、数度みかけたのみだ」
変なおどりの話をすると、「ああ、私も行きたかった!」とケイさんはくやしがった。
暗くなる前に村へ戻ることになった。「ベッドが人数分あればな」とオドアドは申し訳なさそうに言った。「よいのだよいのだ、むふふ」シャイディーは、キャンディーの詰まった袋を持って顔をにやつかせた。
名残惜しくも、別れの挨拶を済ませ、オドアドの家を出る。
空気がおいしい。
ん?なんか忘れてないか。まあいいか。
「ちょっとまてえええい!報酬は!?キャンディ以外の!」
ジェイルがお菓子の家の扉を再び開ける。
「おお、なんだ、ああ、忘れていた」
オドアドは、棚をごそごそと漁りだし、「これが報酬だ」とピンクの紐をそれぞれに渡した。紐にはそれぞれ、ナンバーが振ってある。
「は?なんだあこれ?」
「なんだこれとはなんだジェイル!これはめちゃくちゃ貴重なものなんだぞ!」
「これがあ?ほんとかあ?」
ジェイルの態度に、「ジェイルくん、やめて」とケイさんがおろおろする。
「もうやらん!」
「うそだって、オドアド様、まじで嘘。魔法使い様がくれるものだろ、なんか魔法がかかってんだろ?」
「ふん。そのとおりだ」
オドアドいわく、紐に手をかざし「プレイスサーチ」と唱え、番号を言えば、その番号の紐の場所がわかるという。
「ただし、だ。サーチできるのは一人一回のみ。サーチすると、唱えたものの紐は黒く色が変わる。黒くなれば、サーチはもう使えない」
「黒くなった紐の位置情報は残るのか?」
リンが問うた。
「紐が黒くなっても、位置情報はのこる。だから黒くなったからといって捨ててはいけない。誰かからサーチされる可能性があるからな」
なるほどね。探せるのは一回のみ、紐が黒くなっても位置情報は残るから、他の人がサーチする可能性を考えて捨てない方がいいと。
「ふーん」
ジェイルはさっそく手首に紐をまく。倣ってみんなまく。まあふーんて感じ。いつか使うんだろうか。
「お、お前ら、これがどれだけ貴重なものかわかってないな!」
「わかってるわかってるって、まじで」
ジェイルの適当な相づちに、「ったく、これだからマーセナリーは」とオドアドはぴしゃりと扉を閉めた。
「まあ、オドさまも祭りにも来られるので、そのとき仲直りしよ」
ケイさんが苦笑で言った。そうか、村でも祭りがあるんだった。
オレンジの日が谷に差す。
村の外灯に火をつけていた少年も、そろそろ準備をはじめているころだろう。温泉行きたいな。
ーーーーー
「よいしょお」
燦々とした太陽のもと、男衆のかけ声が広場に響く。10メートルはあろうかと思われる松の木を、支え木を使いながら立たせる。
「あれはなんですか、ケイさん」
松のてっぺんが、傘を逆さにしたようになっている。
「ああ、あれはね、竹で作られた逆さ傘とよばれるものね。中には柴がぎっしりつめてあるの。あそこに火を投げ入れるのよ」
へー、なんかオリンピックみたいだな。10メートルも上に投げられるのか。
特にやることがないので村人たちの手伝いをする。ジェイルと俺とエイロンは麻紐の準備や広場に置く提灯の設置を、リンとケイさんとシャイディーは集会所でおにぎりやみそ汁づくりをした。
夜が近づくにつれ、広場には人が増えてくる。こんなにいたのかこの村。
準備を一段落終え、ハヤトに訊ねる。最初の印象と違い、とても好青年である。
「結構な人がくるんだな」
「里帰りしてきた人たちがほとんどですね。でも、どこで聞きつけたのか、遠方からわざわざ見に来てくだ
さる方もいるんです。そうだ、みなさんも麻紐投げに参加されては」
ハヤトが村長をちらりと見た。
「おお、そうですな。是非是非みなさまも参加してくだされ、火のついた麻紐をあの逆さ傘に向かって放るのです。一番に入れた者は一番松と言って、1ゴールドもらえます」
村長のことばに、「ほう」とジェイルが目を光らせた。
「火を投げるのは夜ね。私たちは危ないから後ろで、ね」
ケイさんはリンとシャイディーにウインクした。
「わ、わらわは投げてはいかんのか?」シャイディーがもじもじしながら訊ねると
「シャイディーちゃん、実はね、男しか投げられないの」とヒサが申し訳なさそうに答えた。
「な、なんと、それは差別というものではないのか!?」
「神様が嫉妬しちゃうからだって。弐木日姫っていってね」
「ヒサ、つまり此たびの祭りで祀られる神様は女性であるというのか?」
「そういうことね。あ、でも、弐木日姫はすっごい不細工だったらしくてね。自分より不細工な人なら女性でも参加できるとかなんとか」
「ヒサ、時代も変わったで。男女関係なしに、参加してくだされ」
長老が、優しく微笑みながら言った。
「いや、しかし、姫より不細工と思われてものう。うぬぬ、今回は辞退しておこう。あ、わらわは少し席を外す」
シャイディーは、広場の奥にある小さな公園へと向かった。少年が一人立っている。村の外灯に灯をともしていた、たしかしょうちゃんだ。やるな、しょうちゃん。
夕日がゆっくりと落ちていく。
広場を囲うように提灯が並ぶ。一本の松が、その中央で月明かりに生える。そばには、松明が数本立てられている。
20人ほどの男たちが広場へと入っていく。
麻で出来た紐を渡される。先っぽが球状になっており、そこに火をともし、松のてっぺんにある逆さ傘に向かって投げるという。
「うっし、もらうぜ、一番松」
意気込むジェイルに、俺とエイロンが続いた。
「そーれい!」
男のかけ声をきっかけに、火の灯された麻紐が夜の空に舞いはじめる。
「いっけえええ」
ジェイルが麻紐を投げる。真上に放られた麻紐が、俺の方へ落ちてくる。すんでのところでよける。
「おおジョブレス、すまんすまん」
「なんだ、むずかしそうだな」
麻紐の先端部分に、松明の火をつける。紐をぐるぐると回し、その勢いで上へと放り投げる。
「あ〜れ〜」
麻紐は、あらぬ方向へと飛んでいく。
「まだまだあるぞ」
ジェイルは足下に置いてある麻紐をひろい、再び火をつけた。
エイロンは、ぼおっと広場の光景を眺めている。男たちを見ているだけでも面白くはある。
「全然はいらんなあ」
5分ほどたったところで、法被姿の村男が言った。
提灯の外側にいる観衆も、いまかいまかと待ちわびている。誰か、早く!かくいう俺は、3回投げてこりゃ無理だなとあきらめモード。
「しょうちゃんじゃないか」
法被姿のしょうちゃんがにこにこと笑っている。
「しょうちゃんは、何歳?」
「10歳」
「学校はこのへんなの?」
「ううん、歩いて5里のところにあるんだ」
5里ってどんくらいだ。結構距離ありそうだな。近くの町までいってるのかな。
麻紐がむなしく夜空に舞う。なかなか松の逆さ傘には入らない。
「将来はなにになりたいの?」
少し考え込むしょうちゃん。
ジェイルが「うおりゃあああ」と麻紐を投げ込む。
「うーん、まだ決まってないんだ」
「村を出たい、とかは考えないの?」
踏み込みすぎたかな。
「ううん、ぼくはこの村にいたい」
「一番松だ!」と村男の声が広場に響く。観衆から声が上がる。
松のてっぺんの逆さ傘が、轟々と燃えだす。
「ぼくは、この村が好きなんだ」
しょうちゃんは、燃える松を見ながら言った。松の火が、しょうちゃんの横顔を淡く照らす。なんかすてきだわしょうちゃん。
「おーい、そこ危ないぞ!こっちだこっち」
俺としょうちゃんは、村男に言われるがままに移動する。
逆さ傘には柴がしきつめられていると言っていたが、他に燃料でもはいっているのだろうか。灯された火は、これでもかと燃え盛っている。
「倒れるぞおお!」
男が声を上げた。
さっきしょうちゃんと俺がいたところに、松がゆっくりと倒れていく。そのまま広場に落ちると、燃えた柴がぶわりと舞い、大きな火の花が広場に咲いた。
ああ、これは、花火だ。
誰かが恐る恐る拍手を始めると、それが一様に広がっていく。観客へ、村人へ、マーセナリーへ、いつのまにいたのか、リンの隣に立っている谷に住まう魔法使いへ。
それぞれの役割や立場は違えど、拍手が起こるまでのわずかな余韻は、ここにいるみんながなにかを共有した証なのだろう。村長も、ハヤトも、しょうちゃんも、みんなが、笑っている。
「へへへ、1ゴールドだ」
ジェイルが、さわやかで甘いマスクをにやつかせた。こいつだけは違うところに感情が逝っていたか。というか、お前が一番松だったのか。
「さあ、飲むぞおおお!」
誰かが声を上げると、男たちはぞろぞろと集会場へと向かっていく。
夜はまだ長いようだ。




