カロヤ岩戸でスッテンテンテン
「ひゅううう、やるううう!なんてエキサイティングなの!」
小人の外見とは合わない横文字に違和感を覚えながらも、「えっと、あなたは?」と俺は訊ねた。
「えええ?しらいの?最近の若い人ってほんと。私はカロヤ岩戸に住むイワツチよ。名前はトヨハ!トヨでいいよ!」
元気な小人だ。精霊ってやつ?イワツチってのは種族かな。そんなことより茸だ茸。
「さきにやることやっちゃおうぜ。ジョブレス、頼んだぞ」
「効くかね?俺の魔法」
「ギブイットアトライよ!ジョブレス!」
さっそく呼び捨てで、トヨは言った。ギブイットアトライ?なんの呪文?
「give it a try やってみな、だってよ」
リンが本場っぽい発音を交え補足した。そんな英語しらねえよ。
杖を大麻茸の方に向ける。
オドアドも俺の炎なら効くって言ってたし!てか頼むから効いてくれよ!
気を集中させる。大きく息を吸い込む。ありったけでいってやる!
「ヘルファイアアアアア!」
恥じらってちゃあいけないよ!
大火が大麻茸を包む。
激しい眠気が襲う。
茶色い蒸気が払われ、轟々と火が燃える。無言のままに、炎を見る。なんとも目が離せない魅力がある。放火魔は再犯率が高いらしい。いかんいかん。
それはスローモーションに崩れていく。傘の部分が、疲れたようにどさりと落ちると、炎とともに大麻茸は消えた。
「グッジョブ、ジョブレス!」
トヨが親指を立てた。
「センキューセンキュー」と無感情に返す。とりあえず、MM打破飲んでヒールキャンディなめとこ。
「こら、トヨ!」
背後で老人の声がした。
「ああ、じいじだわ!」
トヨは、リンの後ろに隠れた。
膝丈ほどの身長の、髭を蓄えた和装の老人がいた。その隣に、見覚えのある影が二つ。モノクルをした老人と、庶民的な服を着てはいるものの、溢れ出るプリンセス感を隠しきれていない女の子。
「エイロン、シャイディー、お前らなにしてんだ!」
「まあそんな怒んなよジョブ。いやあ、シャイディが抜け出そうって」とエイロンはシャイディを見た。シャイディはこちらの心配もつゆ知らず「ほう、主の孫娘か?いやはや、なんとも世界は広い」とトヨの方をじっと見ていた。もうやだこのプリンセス。
「トヨを助けていただいてありがとうございまする、この子は本当におてんばで、岩戸からすぐ抜け出そうとする。はあ、無事で良かった」
「じいじ、この三人が森の臭気を払ってくれたのよ、お礼をしなくちゃ」
「ほう、そうでござったか。普段岩戸からでないとはいえ、私たちも森の異常は感じておりましたのじゃが、あなたたちが、いやあありがたい」
イワツチとか言っていたが、小人?精霊?神様?とにかく、なんだか神聖な存在っぽい人たちに感謝されるのは慣れないものがある。
「じいじ、みなさんが帰る前に、ストップバイ岩戸、岩戸に寄ってもらいましょう!」
「おお、わが孫にしてナイスアイディア。サウンズファンだね!」
じいじが親指を立てた。こいつの影響か。すとっぷばいって、またなんの横文字だよ。
「stop by どこかに立ち寄る、とかいう意味。類推もできないの?」
心の声を聞き取ったのか、リンが俺を見てにやりと笑った。なんだこいつ。
「いいね、楽しそうじゃねえか」
ジェイルは言うと、トヨを肩に乗せた。「わっ」とトヨは驚きながらも、笑顔で「レッツゴー」と指差した。シャイディーが「レッツゴー!」とトヨに同調する。
なんか暢気だが、臭気が結構な早さで晴れてるし、大丈夫か。精霊とか滅多に見れるもんじゃないしな、たぶん。
「レッツゴーじゃ!」
威勢良く出発して、ものの数秒でじいじが立ち止まる。
「ここじゃここ」
じいじが立ち止まったのは、大麻茸に向かう手前で気になった小さな洞穴だった。
「どうやってはいんだ?」
ジェイルが問うと、肩の上でトヨが「すてんと転べば、はや岩戸のなか、すてんと転べ、すてんと転べ」と唱えだす。呼応するように「転べば岩戸?ほんとかえ?なら転んでみようかすてんと転ぼう」とじいじが唄い、「ほい」とエイロンの足を両手で力一杯払った。悲鳴とともにエイロンが転げ、岩戸に吸い込まれた。
トヨが、ジェイルの肩からおり、「アユレディ?」と俺たちを見た。「イエス!」とシャイディとジェイルは疑うことなく応えた。大丈夫だろうな、大丈夫なんだよね。
「すてんと転べばすてんと転べ」
トヨとじいじは唄いながら、ジェイル、シャイディの足を払っていく。転げた二人は岩戸に吸い込まれていく。
リンと目が合う。めっちゃ不安そうだが、リンの目にも同じように映っているのだろう。
「すてんと転べばすてんと転べ♩」
乗りに乗ってんな。ええい、ままよ。
思ったよりも強い力が右足を払う。小さな体のどこにそんなパワーが。ふわりと浮いたかと思うと、視界がぐわんと歪む。
まばゆい光がまぶたを刺激する。
「おいリン、ジョブレス、大丈夫か?」
ジェイルの声。
洞窟の中か?ぼんやりと明るいのは、遠くに光があるからか。
「さあ、行きましょう、カロヤ岩戸でステンと転べ」
いつのまにか隣にいたトヨが、じいじとともに歩き出した。二人の体が俺たちと変わらない大きさになっている。
「俺たちが小さくなったのか?」
俺が問うと、「知らん」とリンが答えた。野暮な質問だったか。
光に向かって歩いていく。賑やかな音が聞こえてくる。
『ッテンテンテン、スッテンテン』
石が重ねられて作られた、鳥居のような門があった。
「なんだあ、ありゃあ」
ジェイルが立ち止まる。
本当になんだ、ありゃあ。
門をくぐると、四角い建造物が並んでいた。壁はなく、4本の柱に、板が屋根のように取り付けられている。
『スッテンテンテンスッテンテンテン』
ねじりはちまきに法被姿のおばさんたちが、屋根の上で、音に乗せて足踏みをしている。
『スッテンテンテンスッテンテンテン、カロヤ岩戸でスッテンテンテン』
屋根の下には、これまたねじり鉢巻きに法被姿の男たちが仏頂面でじっと座っている。
『スッテンテンテンスッテンテンテン、カロヤ岩戸でスッテンテンテン』
音が小さくなるとともに、足踏みも小さくなる。
『オトコもオンナも、じじばば、がきも、スッテンテンテン、テン』
足踏みがなくなり、音が完全に消える。
オトコたちが途端に動きだし、屋根の上へと繋がる簡素な階段をどたどたと昇っていく。
『スッテンテンテンスッテンテンテンスッテンテンテンスッテンテンテン』
音が途端にでかくなる。男も女も、どこにいたのかじいさんばあさん子どもたちも、入り乱れて屋根の上で足踏みをしはじめる。
屋根がこれでもかとぐにょりと波うつ。
『カロヤ岩戸でスッテンテンテン、スッテンテンテンスッテンテンテンスッテンテンテンスッテンテンテン、カロヤ岩戸で、スッテンテンスッテンテンテンスッテンテンテンスッテンテンテン、スッテンテンテンスッテンテンテン、カロヤ岩戸でスッテンテンテン、スッテンテンテンスッテンテンテンスッテンテンテンテンスッテンテンテン』
トヨもじいじも、気づけば屋根の上にいる。
トヨが、なんだ、手招きをしている。
「なんかしらんけど、っっしゃあ、いくか!」
ジェイルが飛び出すと、エイロンとシャイディも続く。うわ、俺こういうのいけないタイプなんだけど。いや、たぶん俺だけじゃないはず。こいつもーーー
「ってお前いけるタイプかよ!」
リンが屋根上でめっちゃはしゃいでる。
ゲームのなかだ!何を恥ずかしがっているんだ。踊るわけでもないし、足踏みするだけじゃん?冷めた感じだしてる方がやばいって、さすがのニートでも23年いきてりゃわかるよ!
「いっくぞおおおおおお」
心もとない木の階段を昇る。
「おお」
めっちゃ揺れる。この屋根どうなってんだ。なんて気にしてるからダメなんだよ。
『カロヤ岩戸でスッテンテンテン』
ちょっとテンポがゆっくりになった。かと思うと
『スッテンテンテンスッテンテンテンスッテンテンテンスッテンテンテンカロヤ岩戸でスッテンテンテンスッテンテンテンスッテンテンテンスッテンテンテン』
と早くなったりもする。法則があるっぽい。
最初のスッテンテンテンで右足をけんけんみたいにして、次のスッテンテンテンが左足をけんけんみたいにして、で、また右足を、そんでゆっくりになって、またはやくなって、ははは、なーる。
『スッテンテンテンスッテンテンテン、カロヤ岩戸でスッテンテンテン』
ゆっくりになった。くる!
『スッテンテンテンスッテンテンテンスッテンテンテンスッテンテンテンカロヤ岩戸でスッテンテンテンスッテンテンテンスッテンテンテンスッテンテンテン』
老若男女、体をぶつけ合いながら、足踏みをする。
ひゃあ、乗れた、なんだこの一体感、高揚感。
『スッテンテンテンスッテンテンテン、カロヤ岩戸でスッテンテンテン』
テンポが遅くなった。
次だ、くる!いや、こい!
『スッテンテンテンスッテンテンテンスッテンテンテンスッテンテンテンカロヤ岩戸でスッテンテンテンスッテンテンテンスッテンテンテンスッテンテンテン』
ひゃっふう、サタデーナイトフィーバー!




