オオトカゲ
「なぜ、なぜ私の忠告を聞かずに!」
乱れる呼吸を抑えながら、オドアドはハヤトを見た。
「お、おれは、小麻草がもっと生えているとばかり、、、すみません」
ハヤトは肩を落とした。
「もっと、頻回に話し合いをしておくべきだったか。調査にかまかけて、、、」
オドアドは変色した唇を噛んだ。
「とにかく、オドさま、毒消しの為に家へ戻らなくては」
ケイさんがオドアドの肩を支える。
「さっきのところからまっすぐいけばあるんだろ?ま、俺たちでそのなんちゃら茸は壊しとくからよ、ゆっくり休んでな」
ジェイルは、剣を鞘に収めながら言った。
「いや、しかし」
「オロチからは茶色い蒸気が漂っていなかった。今谷に侵入してきたのだろう。つまり、あんたの結界が弱まっているか、どこかモンスターの侵入口があるか。どちらにしても火急茸を消すべきだろう。胞子があんたが思っている以上に広がっていて、谷外のモンスターを引き寄せているんだ。一度家に戻れば夜が近づいてくる。ただでさえ暗い谷で、それは危険だ。今日終わらせるのが、村にとって最善だろう」
リンが整然と言うと、オドアドは「すまん」と小さくこぼした。
「暗い暗い!さっさとぶっつぶして戻るから、アフタヌーンティーでも用意しときな!」
ジェイルが意気込んだ。
「私も、オド様とハヤトくんを送り次第向かうわ」
「いや、ケイさんはオドアドの家の周囲で見張っていてくれないか?凶暴化したモンスターが谷から抜け出
して村へとおりていくかもしれない」
「わかったわ、ジョブレスくん。あ、これ、飲んどいて」
ケイさんから、MM打破を受け取る。
「ジョ、ジョブレス。お前のヘルファイア、あれがあれば大麻茸は消滅するはずだ」
「わかったよ、オドアド」
オドアドの呼吸が荒くなっている。毒状態やばいな。オロチはもうでてこないよね、珍しいモンスターだし。
「さ、いくか」
ジェイルが歩き出すと、リンも続いた。頼もしい二人の背中を追う。エイロンがいないと俺がエイロンポジになるのね。
「ゴブリンってのは、もっとかわいいもんだろうが!」
ジェイルは、ゴブリンを切り捨てながら言った。茶色い蒸気、血走った目、口の端からたれるよだれ。そもそものゴブリンがかわいい存在だったかどうかはわからないが、少なくとも大麻茸に当てられたこいつらは、かわいくない。
小川沿いから深い森へと入っていくと、辺りを漂う茶色い蒸気が濃くなっていく。光を遮る高木とあいまって、視界はよくない。さらに奥へ進んでいくと、一層濃くなる蒸気とは反対に、草木が減っていく。
「なんだこの木、すっかすかだな」
とジェイルは、皮のめくれた木をぽんとたたいた。
みしりという音とともに、木が倒れていく。倒れた木の皮をはぎ取ってみると、幹に空洞ができている。
見渡せば、そんな木ばかりがかろうじて立っている。
そういえば、木はモンスターと違って消滅しないが、茸は消えるのか?
「あんたのヘルファイアー、茸にダメージ与えられるのか?」
「今同じこと考えてたんだ、リン。さっきのボアとの戦闘では、モンスターにダメージは与えられても、辺りの木々が燃えることはなかった。大麻茸がモンスター認定されてなければ、効かないことになる」
リンは、「うーん」と一度考え込み、腰に下げた袋から手投げ爆弾を取り出すと、近くの木に投げた。
爆発音とともに、木が倒れる。今度はジェイルが「しんりんんばああっさあああい」と別の木に切り掛かった。木がどしんと倒れる。
「消滅はしないが、魔法以外は干渉できるみたいだな」
リンが言った。
「ヘルファイア効かなかったら、すまんけど頼んだ!」
今回役に立てないかも。
洞穴があった。膝丈ほどの大きさの穴である。動物の巣かなにかだろうか。なんとなくその穴に吸い込まれそうな気がして。ん?なにかいるのか?穴の影にさらに濃い影が。いや、勘違いか。「おい、あそこだぞ、ぼさっとすんな、ジョブレス」
リンが俺の肩を叩いた。すまんと謝り、前を見る。
そこには蒼蒼とした森はなく、かといって秋のような風情のある赤茶色もない。一軒家ほどの巨大茸が、茶色いもやの中で不気味に存在している。周囲の木草は枯れ、茸のそばにいる生き物らしきものといえば
「でっけえなあ、あんなでかかったかオオトカゲって」
ジェイルは剣を抜いた。
四つん這いなのに見上げるほど大きなトカゲ。茶色い肌から、茶色い蒸気が出ている。
「なんであんなおかしな顔になってんの?」
にやりと笑っているような、苦しんでいるようにも見えるオオトカゲの顔を見てリンが言った。「ラリって骨格まで変わってんだろ」
とジェイルがオオトカゲに向かっていく。
咆哮とともに、オオトカゲは右足を大きく上げた。そのまま四股のように地面にふみ下ろす。地面が揺れる。ジェイルは右手を地に着き、「厄介だな」と剣を構え直す。
オオトカゲが、体全体をばねのように後ろへ引く。
やばい、くる。
オオトカゲが消えた。かと思うと、一陣の風が体を通り抜けた。瞬間、体に強い衝撃が走る。これはゲームでもあった、オオトカゲの突進ーーー
「だいじょうぶか、ジョブレス!」
リンの声が聞こえる。激しい疲労感に襲われる。目を開けると、オオトカゲがその歪んだ顔をさらに歪ませて、俺を見下ろしている。
爆発音、リンの手投げ爆弾か。オオトカゲが音に反応し、後ろを振り返る。
呼吸が乱れている。大きく深呼吸する。あとどれくらい走れるだろう。
「ジョブレス」とジェイルが近づいてきて「すまん、油断した」と俺が言おうとしたことをジェイルが言った。「ジェイル、いや、俺が悪い」土を払いながら、立ち上がる。
リンが、右へ左へとオオトカゲの気をちらしている。オオトカゲは、直線の動きは早いが、左右への反応は遅い。
オオトカゲが、右足を大きく上げる。
「くるぞ!」とジェイルがさけんだ。
右足が、地面に振り下ろされる。
強い振動。
態勢の崩れたリンに、オオトカゲが噛み付く。
『シャイニング』
なんとか杖をオオトカゲに向け、呪文を唱える。
まばゆい光がオオトカゲの目の前ではじけると、一瞬ひるんだ。その隙に、リンは後ろへステップを踏む。
目の端に、倒木があった。その倒木の影に、小さな子ども?いや、小さすぎる。膝下ぐらいの高さ、小人?
オオトカゲが、さっきのように体全体をばねのように後ろへ引く。
「まただ!」
ジェイルが俺の前でシールドを構えた。
『エンハンス、シールド』
呪文を唱える。ジェイルの盾が白く光る。
激しい衝突音。
ジェイルは、なんとか踏ん張ると、「受けきったぜ」と笑った。
盾とぶつかったオオトカゲは、左へよろけ、倒木の方へと倒れこむ。どしんという音とともに、地面が小さく揺れる。
やばい、小人がいたところだ。大丈夫か。
「なんだ、こいつ」
いつのまにか隣にいたリンが、ワイヤーに絡めた小人を見ていった。
「げほ、げほげほ、お、下ろして!」
ワイヤーで咳き込みながら、小人が言った。
長い黒髪に着物のような召物、「はあはあ、ありがとう、ぺちゃんこになるところだったわ」地面に下ろされた小人が、リンに言った。
「あんたはいったい」
リンが不思議そうに訊ねた。
「く、くるよお!ショウタイムね!」
小人は起き上がるオオトカゲを指差した。どこで覚えたその横文字。
むくりと起き上がったオオトカゲは、右足を大きく振り上げた。すかさず、リンが左足にワイヤーをかける。しかしびくともしない。ジェイルが、ピンと張ったワイヤーを力任せに持ち上げる。
オオトカゲの左足が傾き、どさりと地面に倒れ込んだ。
ジェイルが「うおおおおおおお」と首もとに剣を斬りつけると、オオトカゲは消えた。




