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すとっぷばいざげえむ  作者: ジョブレスマン
20/39

茶色い蒸気

 ちょうど昼時だったということもあって、腹が減っては戦ができぬとサンドウィッチを勢いよくほおばる。一転、スコーンとティーでなごやかに時を過ごしていると、「ばか、のんびりしてる場合じゃないわよ!」とジェイルがオカマ口調で立ち上がった。おろおろと一斉に準備を始める。

 スコーンに不思議キャンディにと喜んでいたシャイディであったが、エイロンとともに留守番することになった。シャイディは大麻茸をみたいとしつこくせがんだが、さすがにプリンセスを連れて行くにはあぶなすぎる。お菓子の家の周りにはモンスター用の結界が張ってあるらしいが、念のためにエイロンとクリがいれば大丈夫だろう。まあめっちゃ不安だが。クリは久しぶりに食べるキャンディにらりっていた。ほんと、このキャンディの方がやばいだろ。




「飴を舐めろ」


 お菓子の家を出発してから十数分、オドアドが言った。不思議にも、奥に向かうに連れて、小麻草や麻茸の数が減っている。辺りには、薄くではあるが茶色い蒸気が立ちこめている。まだ大麻茸は見えないが、ここまで胞子なるものをまきちらしているのか。 

 それぞれがキャンディを舐める。

 口が歪むような衝撃、痛みとは違う変な感覚、次第にその衝撃が柔んで、馴染んでいく。あれ、俺、そんな嫌いじゃないかも。


「うげ、ぎは、なんだ、これ、気持ちわりい」


 ジェイルが嫌な顔をして言った。リンも、目を細めながら「またなめなきゃいけないのか」とこぼした。ケイさんも口に合わなかったようで、苦い顔をしている。俺は苦い顔を装い、無言で飴をなめた。

 小川沿いを歩く。どこからモンスターが出て来てもおかしくないような張りつめた空気が漂う。「この先をまっすぐいけば、見えてくる」

 先導するオドアドが、小川沿いからはずれ、左手に広がる森へ入ろうとしたそのとき、そう遠くない場所で男の悲鳴が聞こえた。声の方角、つまり今来た道の方を振り向きながらも、一種の安堵感を覚えた。エイロンやシャイディのそれではない。

 反射的に走り出していたオドアドを追う形で、俺たちもつづく。


「結界はってんじゃなかったのか!?」


 ジェイルの問いに、「モンスター用だ。人が侵入してくるなんて。危険だと忠告したのに」とオドアドは唇を噛み締めた。彼女は村の若者と年寄りのいざこざを知らないのか。

 走り出すこと幾ばく、現場へとついた。

 木が折れている。そのそばに、尻餅のついた青年と、口から大きくはみ出た白い牙を持つ生き物がいた。


「ボアだ!」


 リンが叫んだ。ボアってのはたしか、そうか、猪ね、だからこいつはワイルドボアで、あのとき買ったボアって肉は猪肉で、ってそんなことは今どうでもいい!それにしても、狩人の村でもボアを見たが、もっと小さくなかったか。目の前のあいつ、俺の胸ぐらいの高さがあるぞ。

 ボアからは、茶色い蒸気が漂っている。血走った目が、ぎろりとこちらを睨んだ。


「た、たすけて」


 村で見た青年だ。ハヤトだったか。恐怖で動けないようだ。

 ボアが、そばでへたりこんでいるハヤトに牙を向ける。

 走り出すジェイルとケイさん、いや、間に合わない。

 牙が青年に届く。

 ことはなく、寸前で止まる。リンのワイヤーがボアの牙にひっかかっている。


「くっ」


 目の血走ったボアのパワーに、リンが引っ張られる。

『シャイニング』と俺は、杖をボアにむけて呪文を唱えた。まばゆい光がボアの目をくらませ、一瞬ひるむ。

『風塵』とオドアドが、腰に差していた杖を持ち、小さく呟いた。途端風がふき、周囲に土ぼこりが舞う。『風刃』とさらに唱え、杖をボアに向けて振り抜くと、風の刃がボアを切り裂く。

 小さな悲鳴とともに、ボアが消える。オドアドは、ハヤトの方にかけよっていく。


「なんか和名の方が呪文ってかっこいいな」


 ジェイルが俺を見ていった。リンもうんうんと頷いている。


「うるさい」


 確かに唱えてて恥ずかしくはある。


「大丈夫か?」


 オドアドが、ハヤトに声をかける。

 強い視線。どきりとした。それは好きな子と目があったからではなく、エッチなビデオを見ているときに母親が部屋に入ってきたからでもなく、どちらかといえば後者にあたるのか、つまり、どきりとした、というよりは、背筋が凍った、と言った方が適切なのか、どちらにせよ、心拍数なるものが急に上がったのに間違いはない。その原因は、小川の向こうにあった。

 暗い森の中で、いくつもの目が光っている。その真ん中に、ひと際大きな影がある。

 ボアの集団だ。真ん中にいる親玉は、ゆうに俺の背丈を超えている。

 親玉の咆哮とともに、十数匹のボアがこちらに向かって走り出した。血走った目、茶色い蒸気、普通のボアよりも、格段にパワーがあると考えた方がいい。

 ケイさんは、この状況にあって深く呼吸をすると、カッと目を見開く。「ハッ」と息を吐くと同時に、右の拳を突き出す。向かって来たボア数匹が、その拳に吹っ飛ぶと、そのまま消えた。

 爆発音がなった。リンはすでにそこにはおらず、ダメージの追ったボアのみが倒れている。


「ここだよ」


 木の上から、リンが俺を見た。


「ちゃんと最後まで倒せよ」


 ジェイルが、剣を突刺しボアにとどめをさす。


『風刃・散』


 オドアドが呪文を唱えると、風の刃が4つに割れ、4体のボアに斬りつけた。

 感心して見ていると、「おい、くるぞ!」リンに言われ、構える。親玉ボアが、俺に向かって突進して来ていた。

 ジェイルが盾でボアを食い止める。


「おい、なにぼさっとしてんだ、はやくしろ」


 ジェイルにいわれ、杖を構える。


「へ、へ、へる」


「なに恥ずかしがってんだ今更!」


 リンがキレた。だって和名じゃないんだもん。

 なんでもいいわ!


『ヘルファイアアアアアア!』


 辺りに炎が舞う。山火事にはならないよね?たぶん。

 親玉ボアが、小さな悲鳴とともに消えた。と同時に、森に燃え移ることなく炎も消える。よかった。


「すごいわね、ジョブレスくん」


 ケイさんが駆け寄ってくる。照れ笑いしながら、「いやいや、ケイさんこそ」と謙遜する。


「オドアド、後ろだ!」


 リンが、木の上から叫んだ。

 まだボアが、とオドアドの方を見る。

 オドアドの背後にある木に、ぬめりとなにかが巻き付いている。


「オロチだ!」


 リンが再び叫んだ。オドアドは、すぐに身構える。木が、オロチの重さに堪え兼ねてゆっくりと倒れていく。オロチは体のどこをどうばねにしたのか、ぴょんと大きく飛び上がり、オドアドを越え、ハヤトに襲いかかる。

 オドアドはすぐさま体を半転させ、ハヤトをかばう。

 オドアドの背中にオロチが噛み付く。「うぐ」とオドアドが小さくうなり声を上げる。ジェイルが切り掛かるが、オロチはひょいと身軽にも後ろへ避けた。


「オド様!」


 ケイさんが駆け寄る。俺も続く。

 青年は、呆然と、倒れているオドアドを見ている。

 俺は周囲にシールドを張り、オドアドの様態をしらべた。息が荒く衣服も破れているが、背中に傷はない。他にも外傷は見当たらない。ダメージが疲れとして換算されているのか。ってことは、NPCもマーセナリーと同じような仕様になっている?もしくはオドアドもマーセナリーとか?今そんなことどうでもいいか。ん?唇が黒く変色している。なんだこれ、やばくね。


「だ、大丈夫だ。まだ動ける」


 オドアドは立ち上がった。


「これは、毒状態です。毒けしを飲まないと」


 ケイさんが言った。

 状態異常か、やばいな。しかしその前にやることがある。


「オロチなんて、結構なモンスターがでてくんだな」


 ジェイルは剣を構える。


「ファイターは戦いにくいだろう、こういう相手は」


「うるせえよ、リン」


 木から降りてきたリンに、ジェイルが笑った。なんだ、頼もしいぞ二人とも!

 オロチが、しゅるしゅると舌を出し入れしながら、ジェイルとリンの方へと飛びかかる。

 二人は、後方へとステップをふむ。

 オロチの体が地面に触れると、ちりちりちりという音とともに、火花が舞った。小さな爆発音とともに、オロチの腹が弾ける。シーカーの小型地雷だ。


「いつのまにしかけた?」


 ジェイルが感心して訊ねると、「ふ」とリンはクールに笑った、つもりなんだろうが、マスク越しにもわかるほどにやついているのでかっこよくない。

 オロチは、倒れながらにその長い舌を伸ばした。ジェイルは、その舌を盾で、いや、剣で受けた。受けたというより、巻き付かせた。そのまま力任せに引き寄せると、オロチの頭を盾でなぐった。


「逆じゃね?」


「たおせりゃいんだよ、ジョブレス」


 消えゆくオロチを見ながら、ジェイルは言った。


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