プリンセスの依頼
甘い考えだった、というか、不運だった、と言った方がいいか。
翌日、『Little Red Riding Hood』2階で起きた俺は、だらだらと下へ降りた。すでに11時が過ぎていた。リンはまだ寝ているようだった。昨日結構飲んでたからな。意外と平気そうに見えたけど。ジェイルとエイロンはもちろん寝ていた。
「え!?キャンディがない!?」
メイジーに言われ、俺は仰天した。店内にあれだけあったキャンディがなくなっている。
ばあさんが言うには、毎月キャンディを大量に買っていく上客がいるらしく、今朝全部買っていってしまったのだという。
「全買いなんていままではなかったんじゃが。なんだお前たち、あんなに馬鹿にしておいて、今更ほしいのか?ええ?」
ばあさんは意地悪く笑った。いやいや笑ってる場合じゃないぞ。
「今から作るってのは無理なのか?」
「全部使ってもうてすっからかんじゃわい。材料集めからじゃから、半月はかかるのう。わしのキャンディは特別なんじゃ、ひゃっはっっは」
キャンディに半月って、どんだけだよ!と言いたくなったが、こっちが安請け合いしたのが悪いんだ。とりあえず、みんなを起こそう。
「は!?飴がない!?」
ジェイルが、だいたい俺と同じ反応をした。エイロンは寝ぼけ眼で頭が回っていないようだ。
「メイジー、あんたが謝ることじゃない。こっちの問題だ」
謝るメイジーに、リンが言った。
場所を二階に移し、作戦会議を始める。そんないい作戦が浮かぶわけでもなく。
「謝ろう」
ジェイルの提案に、エイロンはうむと頷き、「まあ大丈夫っしょ」と言った。繊細だったり図太かったり。
とりあえず商店区で適当に腹を満たし、待ち合わせ場所の神殿そばにある並木へ向かった。アゴラから広い階段をのぼり、神殿を横目に西側へと回る。真っすぐに伸びた木が並んでいる。アゴラが上から見渡せた。ちらほらとマーセナリーらしきやつらが歩いているが、知った顔はその中にはいない。
ふわりと、優しい風が吹いた。
「どうじゃ、飴は!?」
突然、目の前にプリンセスが現れた。エイロンが尻餅をつく。
「なんだ、魔法か?」
ジェイルが訊ねると、「まあの。んなことより時間がない。飴!飴!」
喜々とした瞳に、俺は目を背ける。ジェイルですら、言い出せずにいる。
「ん?どうしたんじゃ、飴は?」
そのとき、アゴラに兵士が駆けてきた。メイドや執事もいる。
「うぬぬ、早いな。こちらへいくぞう」
プリンセスは、俺たちを先導し、木の陰に隠れる。
すうっと、ジェイルが大きく息を吸う。吐くタイミングで、
「すまん、プリンセス。飴はない」
と言った。
アゴラの喧噪が、やたらと大きく聞こえる。鳥が上空で鳴いた。ヤタか?
プリンセスは、俯き、へたり込む。
「申し訳ない。昨夜、ある魔法使いが店のキャンディを全部買って帰ってしまったらしくて。半月あればまたつくれるらしいが」
俺は、言いながらに、言い訳がましいな、と思った。
「わ、わたしは、ら、、来週、、、かえ、る」
震えた声で、プリンセスが言った。リンも、さすがのエイロンも、ただただ少女を見つめるしか出来ないでいる。
すっくと、プリンセスが立ち上がった。
「切り替えが大事。うん、切り替えが大事じゃ」
独り言のようにつぶやくと、プリンセスは顔を上げ「その魔法使いはどこにおる?」と目を拭った。
プリンセスの一転した態度に驚きながらも、ばあさんのことばを思い出す。魔法使いは、キャンディ購入後すぐに街を出たらしく、たしか住んでいるのは。
「カロヤ地方の谷に住んでいるらしい」とリンが言った。また辺鄙な場所である。
そのとき、背後でがさりと音がした。
「シャイディー様、そろそろ」
ささやくような声。
振り返ると、メガネをかけたメイドが立っていた。
「大丈夫じゃ、カーラはわらわの味方じゃ。カーラ、予定が狂った。わらわはこのものどもと旅へ出る」
「は!?」
と驚く俺たち以上に、「なにを!?」とカーラが驚きの声を上げた。
プリンセスは、薬指を立てて「しー」っと言うと、右手を突き出し、『オルター』と唱えた。すると、プリンセスと全く同じ容姿、服装の少女が現れた。
「シャイディー様、こんな魔法まで」
飽きれているカーラに「これはまだ誰にも見せておらん。師であるお主にもな。一時間で消えるが、これで少しの時間なら稼げるであろう」とプリンセスはにやりと笑った。
「おいおい、まてまて、キャンディ持って来れなかったのは申し訳ないが、俺たちはまだあんたを連れて行くとは言ってねえぜ」
ジェイルが言った。たしかに。やばいよね、さすがに。
「プリンセス、あなたの国へキャンディをお届けしますので」
俺はなんとか断る方へと案をだすが、「国へ帰ってすぐ、成人の誓いをしなくてはならない。そうなれば、いまよりももっと行動に制限がくわわる。ましてや、下々のキャンディなど食べることが許されるはずがなかろう」と悲しげに言った。下々って、まあそうだけど。
「報酬はうんとはずむぞ、頼む、この通りだ」
プリンセスが頭を下げる。カーラが、あわあわと「おやめください」と言う。
「いいだろう、貴公の願い、私たちがかなえて信ぜよう」
ジェイルが態度を一変させ、きりっと言い切った。目がコインになっている。欲深いやつだ。リンは俺の方を睨んでいるが、いやいや、どうしろと。
兵士の声が近づいてくる。
「カーラ、頼む。これが本当に最後だ」
プリンセスが、カーラを見つめる。カーラは、一度大きく息をついた。ああ、この人はかわいそうな性分の人だ。
「わかりました。とにかく、ご無事で」
カーラが右手で十字を切ると、緑の光が飛散し、俺たちを包んだ。
「こちらに居ました!シャイディー様です!」
カーラの大きな声がアゴラにいる兵士に届く。「お、おい」とジェイルが言うのを「大丈夫、あやつらにわらわたちは見えておらん」とプリンセスは小声で言った。
兵士たちが困りきった顔で現れ「はあ、もう、シャイディー様」とプリンセスのオルターを見てため息をついた。大変だなこの人たちも。
兵士とカーラが、プリンセスのオルターを連れて去っていく。
「さて、とりあえず、どうすればよいかの?」
本物のプリンセスは、俺の方を見た。いやいや、と俺はリンの方を見る。
「とりあえず、これに着替えな」
リンは、デイバックから庶民的な子ども服を取り出した。さすがリン。まさかこうなることまで予測していたのか。
「ほう。これは面白い」
プリンセスは、俺たちに構わず脱ぎ始める。
「馬鹿かあんた、せめて物陰で!ってお前ら、ってかお前!見るな、あっち向いとけ!」
リンに言われずとも、俺とジェイルはアゴラの方を見ていた。ロリコンじじいは、「いや、たまたま、俺はたまたま近くにいたから」と言い訳をした。
「ん?なにごとか?」とプリンセスは想像通りの天然のようだ。
ーーーーー
「ほあ!?」と驚き、うろたえるばあさん。メイジーは、おろおろとしながらも、「お、お茶をいれますねお茶を」と我がもの顔で椅子に座るプリンセスにお茶を出した。
出されたお茶を「ふむ、ご苦労」とプリンセスが一口すする。嫌みが感じられないのはプリンセスたる所以か。
柱時計がちくたくと時の流れを知らせる。
「ってのんびりしてる場合か!」
リンのことばに、「おお」とプリンセスが立ち上がった。
「あのオルターという魔法は一時間で切れるんですよね、プリンセス」
俺の問いに、
「シャイディーでよい、ジョブレス。そうだ、急いで向かわなければ」
ばあさんに魔法使いの詳細をきき、メイジーがなにやら用意してくれたものをデイバックにいれ、俺たちは早々に店を出た。
「なんでクリがついてきてんだ?」
出発して早々ジェイルが訊ねると「クリがさ、魔法使いの匂い覚えてるんだって」とエイロンが答えた。
クリが「わう!」と誇らしげに吠える。うるさい、とリンが睨むと、クリがしょげる。サムライソルジャーズがクリを追っているかもしれないので、どちらにせよ一緒に行動したほうが安心だろう。にしても、
「エイロン、テイマー、結構よくね?」
「へ?んん、へへへ、まあねえ、ジョブレスくん」
照れるエイロン。デイバックを背負うことにもう不満はないらしい。
慎重に、且つ急いで街の外に出た。日はまだまだ高い。
馬車のある小屋へと向かう。幌の中でひげ面の御者が寝ている。
「おい、起きろ!」
リンがひげ面を起こす。
「ん?あ?なんだよ、お前らか。馬車は人集まんねえと出発しねえぜ?もうちょっと待ってろ」
俺とジェイルの間を割って、シャイディーが前に出る。
「御者よ、急な用ができた。出してくれ」
再び横になろうとしていた御者が、シャイディーを二度見する。
「おいおい、なんでプリンセスがこんなとこに」
「金はいくらでもだそう」
「いや、金っつうか、通貨だけに、いやなんで?え?プリンセス?」
とひげ面はうろたえるも「まあいいか」と鞭を持った。




