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すとっぷばいざげえむ  作者: ジョブレスマン
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プリンセス

「ぷはあ、これだよ、これ!」


 乾杯の音頭も早々に、ジェイルは杯を空にした。リンは、なにかおそるおそる飲んでいる感じがある。狩人の村でも感じたが、未成年か、あまり飲んだことがないのか。にしても、ビールがうまい。

 うめえうめえと、エイロンとジェイルが飯にビールにとしゃぶりつく。俺は、リンと事務的な話を終わらせておく。とりあえずお金は俺が管理すること、帳簿をつけておくこと。


「あと、まだ確定ではないが、npcのふりをしたゲーム側のスタッフがいるな」


 と言い、リンはちょろりとビールを飲んだ。文字通り、苦い顔をする。ジェイルはビールをぐびりと飲み

「ああ、それは俺も気になってたんだ」と言った。

 森の小屋にいたおっさんと馬車の御者はそんな感じがしたな、と俺が言うと、リンもジェイルも頷いた。


「そういえばさ」


 エイロンが珍しく、真剣な顔で切り出す。


「うんこって、どうなってんだろうな」


「お、お前、飯中だぞ」


 とリンは吹き出した。

 リンの反応も最もだが、しかしたしかに重要課題である。俺たちは、ゲーム中うんこをしていない。設定上そうなっているのはいいのだが。


「クリか?」


 俺は、エイロンに訊ねた。

 エイロンは、うむ、と頷いた。

 クリが飲んだという、貴重なアイテム。エイロンは、うんことして出てくるのであれば、サムライソルジャーズのやつらが密かにつけている可能性もある、と言うのである。


「うーむ。でも俺らでてねえしな。飯食っても」


 ジェイルが「あ、もう一杯」と看板娘のキーラに注文した。

 飯か。飯じゃないものを飲み込んだらどうなるんだ?あいつらはクリの体を切り裂き、アイテムを取り出そうとした。うんこが出ないのだから、食料なら、設定上エネルギーの回復として処理され、なくなっていると考えるはずだ。食料以外のものなら出てくる可能性もある、と踏んでいるのか。フンだけに。


「あれ、お前、ロンじゃねえか」


 ジェイルがカウンターの方を見ていった。見覚えのある黒いガウンに白いショール。


「なんだ、お前たちか」


 さっきも聞いた台詞だ。狩人の村であったときの冷たい感じはなく、なんというか、やさぐれている。


「どうしたどうした、こっちきて一緒に飲もうぜ、おごるぜ、ロン!」


「ロウだ、馬鹿。なんでお前らとよ、はあああ、お前らのせいでよう」


 ことばとは反対に、ロウは杯と椅子をもってジェイルと俺の間に座った。おい、キャラ全然ちがうぞ、こいつ。


「どうしたんだ?何かあったのか?」と俺が訊ねると、ロウはビールを一気に飲み干し言う。


「なにかあったじゃありゃしませんよ、ええ。あんたらのせいでクランから追い出されましたよ、はい」


「あれ、でもイヤリングしてなかったよね、二人とも」


 俺は、サムライソルジャーズのやつらがことごとくしているイヤリングを思い出して言った。


「あ、もう一杯」とロウはキーラに注文し、話しはじめた。


 ロウとヴィッタは、もともと二人でプレイしていたらしい。ゲーム世界に入ってすぐ、サムライソルジャーズに勧誘されたという。かなり高レベルなのだろう。イヤリングをしていないのは、クランに入って間もないからだとか、ヴィッタが嫌がったとかなんとか。とにかく、与えられた任務に失敗し、ヴィッタは追放、追ってロウも抜けた。それからというもの、他クランに入ることもできなくなり、多くのマーセナリーから避けられているらしい。サムライソルジャーズってのは、そこまで大きなクランなのか。


「赤の騎士団には入らないのか?あそこはサムライと対立していた上位クランだろう」


 リンがロウに訊ねた。


「ああ?あんな脳筋クランやだぜ。幹部はごりごりのファイターばっか。装備は全員赤備え。ヴィッタはなぜか銀のアーマーにこだわってるしな。それに、あそこは補助系と魔法系は序列低いし。この前たまたま平原で赤備えのパーティを見たんだが、メイジもアーチャーも連れて来てないもんだからインプ一体倒すのにみんなで剣を必死に上に突き上げててよ、ああ、ありゃあ今思い出しても笑っちまうぜ、はは、は」


 それまで勢いよく喋っていたロウが、途端に黙る。赤備えの一団が酒場に入って来たからだ。

 酒場に、緊張が走る。赤の騎士団だとみんな知っているのだ。クランの力ってのは、こんなにも大きいのかと初めて体感する。


「それよりよ、お前なんでひとりなの?」


 ジェイルが話を変えた。


「ヴィッタがどっかいっていねえの。そこいらのマーセナリーはサムライソルジャーズ系列のやつらばっかだから情報もらえねえし」


「テール橋そばの河原にいたぞ」


 ジェイルがビールグラスをぽんと置いて言った。


「は?先にいえよ馬鹿かよ!こんなことしてる場合じゃねえ!」


 とロウは勢い良く席を立つ。


「おい、お前金!」


「ジェイル、おごるっつってなかったか?」


 俺が指摘すると、「あ、そうだっけ?」とジェイルは照れたように頭を掻いた。


「にしても、ヴィッタへの愛がすごいな、あいつは」


 俺は、酒場を出て行くロウを見ながら言った。


「キャラ崩壊もな」とリンが加えた。


 酔った酔ったとお会計に立ち上がる。マーセナリーといえど無限に飲めるわけではなく、なんとなく限界がくる。キーラに代金を払い店を出ようとしたとき、扉が先に開いた。大層な装備をした兵士の一団が入ってくる。反射的に道を譲る。


「いらっしゃいませ」とキーラが騒がしい店内に負けじと声を張った。


 兵士たちの円がほどけると、ドレス姿の少女が現れる。


「ここが酒場なるものか」


 少女は、ずこずこと酒場の中へ入っていこうとする。


「シャイディー様、見るだけと言ったはずです」


 一団の先頭にいるひと際大きな兵士が、ドレス姿の少女、シャイディーを止めた。シャイディーは、ぎろりと兵士を睨む。


「あれは、リベールのプリンセスじゃないか」


 リンが小声で言った。リベールとは、ブレーメンの遠く、西にある王国である。さて、プリンセスがこんなところになぜ。


「うぃー、そういえばよ、お前、ばあさんからもらった変なキャンディ、あれ使えんのか?」


 酔ったジェイルが、俺の肩に手をかけながら、突拍子なく言った。


「まだ試してねえからわかんねえよ。さっさと出るか」


 なんか気まずいし、酔っぱらいいるし。

 するりと兵士たちの脇をぬけようとすると、少女と目があった。というより、少女の視線に合ってしまったような。

 店を出る。通りが賑やかである。ゲームにはなかったバーや居酒屋が並んでおり、ちょっとした酒場通りになっている。通りを抜け、テール橋までやってくると一変、涼やかな川音が耳に優しい。


「ヴィッタとロウ、どうなっただろうな」


 さっきよりは幾分か落ち着いた様子で、ジェイルが言った。


「さすがにもう河原にはいないだろう」とリンが答えた。


「だれじゃ?ヴィッタとロウというものたちは?」


 少女が誰となしに訊ねた。


「ああ、ヴィッタとロウってのは」


 んまてよ、と俺はふと声の方を見る。

 リンの隣に、小さな影がある。小さな影が一歩前に出る。外灯がその正体を照らす。


「なんであんたがいるんだ!?」


 俺が声を上げると、「し」とプリンセスがじっと俺を見た。


「やばいぞ」


 リンは通りの方を振り返った。とぼけた顔のエイロンの後方で、川音をかき消すように「プリンセス!プリンセス!」と声がする。


「悠長にしてる時ではなかったな。時間がない。お主、変なキャンディがどうたらと言っていたな」


「おお」とプリンセスの問いにジェイルが答える。


「明日の13時30きっかり、神殿の西側にある並木道にきてくれないか。その変なキャンディを持って」


「変なキャンディなら、今こいつもってるぜ」


 ジェイルが俺を指差す。俺は、腰に付けた巾着を手に取る。


「なに!?本当か!?そのキャンディ、一つわらわにくれないか!?」


 こんなんでいいのか。いっぱいあるし、と一つ渡す。

 プリンセスは、初めて顔を綻ばせ、喜々として飴を口へと放り込んだ。プリンセスのわりにはその辺にある缶ジュースでも飲みそうな不用心さだ。いや、プリンセスならではか。

 兵団の声が河原の方から聞こえる。川沿いを先に探しているらしい。


「なんだ、こんなものか」


 プリンセスは、肩を落とした。

 こんなにも感情露な人も珍しい。


「どうした、期待はずれだったか」の問いに「わらわは、びりびりしたり、爆発するようなやつだったり、口の中が光ったり、そんな奇異なキャンディがあると聞いて楽しみにしておったのじゃ」とプリンセスは答えた。


「びりびり?あのばあさんのとこのか?あんなキャンディいいもんじゃないぞ、全然うまくねえし、てか痛えし」


「ん!?なんと、お主、食べたことあるのか!?」


 プリンセスがエイロンに詰め寄る。

 兵団の声が近づいてくる。


「頼む、さっき言った時刻、場所に、持って来てくれ!頼んだぞ!」


 途端、プリンセスが消える。

 数秒後、背後で声が上がる。


「シャイディー様!何処へ!魔法を使うのはよしてください!全く、どこで覚えたんだか」


「持って数秒しか使えん。戯れよ、わっはっは」


 とプリンセスは笑った。兵士は以降プリンセスを叱るようなことはせず、「おお、シャイディー様が笑っておられる」と驚くばかりであった。


「えっと、いつどこだっけ?」


 俺が訊ねると「13時、城の西側城壁そば、5本の並木のところだ」とリンが答えた。


「あんなキャンディ余ってんだろ、いくらでももってってやろうぜ」


 とジェイルは歩き出した。

 プリンセスだしなんかお返しにもらえるかもしれないな。

 その日店に戻ると、すでにばあさんとメイジーは寝ていた。こっそりと二階に上がり、俺たちも早々に寝た。ちなみに、一階の空き部屋はリンの部屋になった。


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