プロローグ
プロローグ
「やべ、タゲこっちなってる。頼む藤家」
なおは、パソコンに繋げられたマイクに話しかける。
『ウィッチにしばられた。そっち無理だわ』
「タゲ、タゲがああああかん、ゴレこっちくるううう」
『いや、そもそも俺今タンクじゃねえぞ』
「あああ死んだ」
『二人でここはきつくね?』
「たしかに。最近堂ちゃんオンにならんし」
『ああ、堂本、漫画の大賞とって今めっちゃ忙しいってよ』
「え?まじ?」
『それと俺もさ、報告することがあってよ』
「なんだよ」
『来年結婚することになってさ』
「え?まじ?もう?ずっと付き合ってたあのこ?」
『そうそう。まあ俺らも24やしな。このまえプロポーズしたとこで式の日取りは来年ってことだけ。ま、と
りあえず報告ね」
「まじ?」
『まじだって』
「おお、おう。おおおおおめでとおおう!忙しくなるな」
『ああ、引っ越しもあるし、来月から忙しくなる。『マーセナリー』も当分できねえかも。お前もご祝儀くらいはためとけよ!』
「まあまあ、ご祝儀くらいすぐよ、ちょちょいと俺が働きはじめればーーー』
『ん?なんて?ノイズやべえ。なお、お前のマイクか?』
「ちょちょいとおれが働きハジメレバー」
『おれのマイクかな?急にノイズったな。なんだこれ。お前の声きこえねえ』
なおは、ぷつりとスワイプの回線を切り通話を終えると、ゲームの電源を落とす。
「なお、ご飯よ、降りて来なさい」
一階から、母の声が響く。
飯やから落ちるわ、とチャットに書き込むと、なおは重い腰を上げた。
「なに、くらい顔して」
母が、ご飯をつぎながら言った。
「なんでもないよ」
「まあいいわ。それで、あんた今月から就活始めるっていってなかったっけ?」
「ほえ?」
「はあ。あんたは、ゲームばっかりして。みんなはね、働きながら休みの日にゲームしてるのよ」
「わかってるわかってるって、まじで。まじでそろそろまじだよ、まじで」
なおは、言いながらにテレビをつけた。
「あ、明日父さんも母さんも仕事で遅くなるから、ご飯作っといてね」
「了解しました!」
水を得た魚のように、なおは答えた。
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タマネギ、にんじん、じゃがいも、豚肉にカレールウ。
慣れた手つきで、なおは具材を切っていく。
ツクツクボウシ、ツクツクボウシ
ひんやりとした風が窓から入ってくる。
具材を鍋にいれ、火にかける。
お玉でぐるぐると具材をかき混ぜる。
ぐるぐる、ぐるぐると。
無為に過ぎていく時間に、焦燥を感じる。学生という免罪符はもうとうの昔になくなった。
結婚、就職、連載。
学生のころ、みんなでずっとゲームをしていた。時間を忘れて、いろんなゲームを。藤家と、堂ちゃんと。他にもゲーム仲間がいた。いつからか、みんなで徹夜でゲームをすることはなくなった。みんなには、明日がある。未来がある。
結婚、就職、連載。ぐるぐる回る。
俺だけが、取り残されていく。
ずっとゲームをしていたい。みんなと。
ゲームの中に入れたなら。『マーセナリー』のなかに。時間が止まって、ずっと。冗談半分でつけた『ジョブレスマン』というゲーム内での名前。もう冗談には聞こえない。
本当にゲームの中に入れたら、どんな感じかな?移動魔法は本当に使えるのだろうか?体が消えて、別の場所に移動する。実際にするとなると、かなり勇気がいりそうではある。魔法はどうやって出す?キャスターの魔法は、何種類もある。どう使い分けるのだろう?ゲームをするときのように、敵のレベルは表示されているのだろうか?味方の攻撃に当たっても、ダメージはくらわない?そもそも痛みはあるのだろうか。回復、復活系の魔法はーーー
なおは、はっとして手を止めた。鍋のなかで、じゃがいもが小さくなっている。
火を止め、ルーを入れると、ゆっくりと優しく鍋のなかを混ぜる。弱火にして、蓋をする。
窓から夕日が差している。
なおは、ソファーに体を預けると、目を瞑った。
結婚、たまねぎ、就職、にんじん、じゃがいも、豚肉、連載、ゲーム、結婚、にんじん、たまねぎ、就職、連載、就職、ゲーム。ぐるぐる回る。
ーーー時間が止まったら。ゲームのなかに、入れたら。
ぼんやりと、遠のく意識。
カレー、ゲーム、結婚、連載、企業、就職、就職、ゲーム、就職、ゲーム、就職、ゲーム。
ぐるぐる回る。なんでもいい。なんでもよくない。過ぎる時間が怖い。もう起きたくない。少し、眠ろう。お母さんが帰ってくるまで、時間がある。少し。