相談
昼休み。
普段の俺であれば、近場の牛丼屋にでも赴いて食事を取るのだが、今日はそれができない。
何故なら、平岩先輩に話があると言われてしまったからだ。ゲームでも振り回され、リアルでも振り回され……心の休まる時間はないのだろうか。
「いらっしゃいませ!」
そんな訳で、俺一人では絶対にくることのないであろうお洒落なカフェに足を運んでいた。昼食を食べるには少し違う気もするが、今日くらい我慢しよう。
「二名様でよろしいでしょうか?」
「はい、二人です」
「ではお席にご案内致します」
店員に言われるがままに俺達は店内へと足を踏み入れていた。席にたどり着くまでも、平岩先輩はいつものにこやかな笑顔を浮かべ続けていた。
「ご注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンを押してお呼びください。ごゆっくりどうぞ」
平岩先輩と対面に座る。
なんかめっちゃ緊張するんだが……。
「ああ、もう楽にしていいよ。会社じゃないし」
平岩先輩はこちらの気持ちを察したのかそんなことを言う。
雰囲気的に仕事関係の話ではなさそうだ。
言われるがままに硬い表情をほぐして、いつものような顔へと居直る。そうすると、平岩先輩も満足したような息を吐いた。
「それで、話ってなんですか?」
一息置き、俺はそう尋ねる。
朝から俺を呼び止めておくほどだ、重要なことに違いない。
俺はそう思っていたのだが……。
「ん? もちゲームの話だけど」
は?
「えっと、じゃあわざわざゲームの話をするためにあんなことを」
「そうだけど、何か変?」
普通仕事始めのあのタイミングで話があるなんて言うくらいだから、もっと深刻な話だと思っていたのに、ゲームって……朝から部下にゲームの話をするために時間が欲しいなんて上司が普通いるか?
……いや、目の前にいるんだけどさ。
「はぁ……先輩はどうしようもないですね」
「いきなり酷い言われよう。……まあ、私も言った後から、どうかとは思ってたけどさ」
自覚があって良かった……。
「でもね。ゲーム関連ではあるんだけど、大事そうな話だったから」
冗談は抜きにしてと、平岩先輩は顔を正す。どうやら本当に真面目な話らしい。ゲーム関連の真面目な話って何かある?
だって、昨日の今日でゲームの話題といったら、クラウディア・オンラインしか有り得ない。それこそ、真面目な話題などこちらからは思いつかないのである。
「それで、その大事な話とはなんですか?」
平岩先輩は少し口籠るような仕草を取った後に話し始めた。
「……昨日、田中のキャラのステータスで変なことがあったじゃない」
「ステータスポイントの振り分けが運にしかできないってやつですね」
「そう。でね、田中はいいって言ってたけど、私気になっちゃって、田中とのゲームを終えた後に運営に連絡したの」
えぇ……そういう話。
でも、確かに俺のキャラに起こった不具合については少し気になるかもしれない。なんだかんだ、俺のことを思ってのことだから責めるに責められないし、先輩の話の続きを伺う。
「それで、運営はなんて?」
「えっと、その時に対応してくれたのが小池さんって人でね」
「はい」
「田中のキャラに発生した不具合のことを話したら……」
「……ええ」
「田中と直接話がしたいって……言ってきて」
んん⁉︎
なんで、そんな話になったの⁉︎
「あの、不具合の方は?」
肝心な部分を聞いていない。しかし、平岩先輩の反応は微妙なものであった。
「……不具合じゃないらしい。仕様だって」
ええ……。そんなこと言われたの?
いやでも、不具合でないのなら、何故運営の小池さんなる人は俺と会話がしたいなどと言い出したのだろうか?
「先輩、結局どういうことか分からないのですが……」
「私も分からないから、相談してるの」
まあ、先輩は当事者じゃないし困るのも無理ないか。俺のキャラに発生した謎のステータスアップが運オンリーという現象。
それは不具合ではなく仕様であると言っている運営が何故か俺とのコンタクトを求めている……。
こんな事態になって平岩先輩は困っているという訳だ。……なにそれ、俺も困る。
「ええっと、これはどう反応すればいいんすか?」
反応のしようがない。
「私も詳しくは分かってないんだけど、運営の方が田中と至急連絡が取りたいらしいの」
「理由……は、教えてもらえてないっぽいですね」
「うん、詳細は直接話すからって、うやむやにされちゃった」
これは、直接聞いた方が早いのか……。
俺の中で意見はまとまった。仕事終わり、俺から運営に連絡を入れることにしよう。
「その件については、了解しました。直接その運営の小池って人に問い合わせてみます」
「そっか。じゃあ、そういうことでよろしくね」
そういうことで、この話についてはひと段落がついた。肩の荷が降りたからか、平岩先輩は安心したような顔をする。
「それから、わざわざ連絡していただきありがとうございます」
「へ?」
俺がそうお礼を言うと、平岩先輩は予期していなかったのか、変な声を出す。なにこの人、可愛い。
「いや、俺のキャラの不具合なのに、先輩が気にしてくれてたことが……その、ありがたかったので」
実際、不具合ではないことが分かって安心した。これからゲームを進めていく上で、ありもしない不具合に気を使いながらプレイしていくのは長期的に見てもストレスが溜まるに決まっている。
だから、今回のことは素直にありがたいと感じたのだ。
「へー、お礼を言われるとは思わなかった。私が勝手にしたことだからさ」
「それでも、結果的にありがたいのは事実ですから」
そう俺が告げると、平岩先輩は満足そうに微笑む。
「そっかそっか。ならどう致しまして」
その後、上機嫌な平岩先輩とカフェでゆっくりしていたら、昼食を食べる時間がなくなってしまったのは、言うまでもない。