合流
「おーい、田中〜」
不吉な声だ。明るくて遠慮なしにズバズバ物事を言ってくるあの声音。
それにゲーム内であるにも関わらず、リアルの苗字を呼ぶその人物に俺はゲンナリしていた。
「エリザベス……先輩。ゲーム内で田中はやめてください……」
「ああ、ごめんごめん。ゼンくんね。ていうか、そっちこそ先輩って、ふふっ」
言われて気が付いたが、俺も平岩先輩のことを先輩付けでついよんでしまっていた。
その様子が余程おかしかったのか平岩先輩は腹を抱えて爆笑している。
「はぁ……取り敢えず、ゲーム内ではキャラ名で呼んでください。田中って言われると、流石にビビります」
「了解! じゃあ、ゼンくん」
「先輩に君付けで呼ばれるのは違和感です」
「もー、どうすればいいのよ」
困ったようなコメントをするものの、顔はニヤニヤしており、全く困惑した様子もない。
因みに先輩呼びを継続しているが、特に咎められないのでそのまま続ける。……先輩に向かってエリザベスさん、とか会社で弄られること間違いなしだし。
しっかし、先輩の作ったキャラは中々格好いい感じであった。
キャラは背が高く、リアルの先輩とのイメージとは違うが大きな瞳と柔らかい表情は平岩先輩そのものであるかのようであった。そのせいでからかわれているのがなんだが無性に恥ずかしく感じる。
「いや、普通にゼンって呼び捨てでいいんじゃないですか?」
「えー、面白くない!」
この人めんどくさいなぁ……。
「とにかく、先輩のお手伝いをすればいいんですよね。なら、さっさと終わらせちゃいましょう」
「なーんか、言い方が投げやり」
「先輩のこと手伝ったら、俺はゆっくり一人でプレイするので」
「悲しいのぉ……」
「ほっといてください」
先輩の小悪魔的な弄りを軽くあしらいつつ、俺はチュートリアル開始地点の街の郊外まで向かった。
平岩先輩はその後を嬉しそうな顔で付いてくる。……はぁ。
「そういえば、先輩はチュートリアルの内容とか知ってるんですか?」
俺より先に始めていたってことはちょっとだけ先行プレイしているのではないだろうか。そう思っていたが……。
「いや、一人だとつまんないし。ゼンくんのこと待ってたよ。それにモンスターとかと戦うとか初体験過ぎて、よく分かんないし」
「使えな……」
「あー、先輩に向かってその口の利き方はなくない? 傷ついたんですけど」
……そのわざとらしく怒っているような素振り。全然傷ついているようには見えないんですがね。
まあいいや。
「つまり先輩もまだチュートリアルの内容を知らないんですね」
「話を逸らしたわね。……まあ、そういうこと」
まっ、チュートリアルって言うんだから、大抵雑魚モンスターでも出現してきてそれを攻撃して、倒して終わりって感じだろう。
流石にそこまで難しくはないよな。
「ゲームですし気楽にやりましょうか」
「ええ、なんかよく分からないから。取り敢えずお手本よろしくねー」
「分かりました」
話しながら歩いていると、ふと目の前にチュートリアル開始の文字が浮かび上がる。
どうやら、この場所でチュートリアルクエストを受注することができるようだ。街の郊外であるし、目の前には怪しげな廃屋がずらりと並んでいて、いかにも何かが出てきそうな雰囲気である。
「ここっすよね」
「そうそう。なんか怖い感じだったから一人で行きたくなくって」
この人絶対やり方が分からないとか、そういうんじゃなくて単に怖かったからチュートリアルやらなかったんじゃないの?
まあ、いいけどさ。俺もちょっと怖いし。
「じゃあ、行きますか」
「うん。あっ、お化けとか出てきたら速攻で逃げるから」
「そんな宣言いらないです……」
「進め田中〜」
「だから、田中はやめてください!」
慌ただしくも、俺と先輩のチュートリアルクエストは始まりを迎えた。