第九十九話
碧玉の森にいくつもの防衛用土壕、鶴翼鉄壕を作って様子を見に戻るとお嬢様トリオがいた。
「えっと、枯木巨人を倒してくれてありがとう」
セラドブラン、ノアスポット、パスリムの三人が突然現れたことに驚きながらも、頭を下げて礼をする。
「私の魔法ならこれぐらい容易いですわ」
「私たちもいますし碧玉の村の守りは万全です」
セラドブランの後ろに控えてるパスリムも魔法を連発してたようだ。
……クロムウェルだけが泣きそうな顔をしてる。
「クロムウェルも無事で良かった。
本当にここは万全のようだね」
「あぁ、サーバリュー様たちが強大な魔法を連発して魔物を寄せ付けないからな」
若干肩を竦ませながらクロムウェルが教えてくれる。
確かに上級学院では見たことのない魔法だった。
「お〜い。
こっちは大丈夫か〜?」
村の方から獣人が走って来る。
と思ったらネグロスだ。
「ネグロスも無事か?」
「あれ? ハク? 何か装備が違くない?
それに、あれ? お嬢様?
あれ? あれ?」
ネグロスもかなり混乱してる。
さっきの僕もこんな感じだったんだろうな……。
クロムウェルたちの記憶を消したい。
「それよりもネグロス、西門の様子は?」
「あぁ、あっちは大丈夫だ。
冒険者と領軍が二百名以上集まって守りを固めてる。
こっちが心配になって走って来たんだ」
「馬鹿な。
こちらは私たちがいれば十分だ。
むしろ西門が危ないのではないか?」
セラドブランが言い張っているけど、とりあえずどちらも大丈夫そうなのでスルーだ。
「この後、一角獣や天馬、それから鷲獅子なんかも現れる可能性があるからちょっとだけ土壕を作っておくよ」
「なな、そんな魔物は」
「鶴翼鉄壕」
ドンッ、ズガガガガガッ!
「それじゃ、また後で。
射出機」
ドンッ!
「「「あっ」」」
「待ちなさい! メイクーン」
土壕を展開したら、さっき使った神速射出機の威力を弱くした射出機で森に向かって飛び出した。
着地は風の隼のヴェネットが風を作って調整してくれるし、一気に移動できるので便利だ。
最後にセラドブランの声が響き渡ったけど、もう少し落ち着いてから話しをしよう。
碧玉の村の無事も確認できたし、鶴翼鉄壕を追加で設置して、もう少し強そうな魔物を間引けば大きな被害は出ないだろう。
走りながら鶴翼鉄壕を追加で設置して碧玉の森を奥に進む。
今回の集団暴走の原因は何だ?
鷲獅子のような強い魔物が暴れたからか?
それともメイクーン領のようにどこかに迷宮ができたからか?
それぐらいは調べないと後が不安だ。
たまに見かける一角獣や藍背熊を倒しながら進むと、急に稲妻が落ちる。
バァーン!
……危なかった。
ギリギリ、マントで防げた。
僕の周りだけ地面が黒焦げになっている。
どこだ?
誰がやった?
ピリッ。
空気が震えた瞬間に前に飛ぶと、直後に雷撃が落ちる。
雷は上空から落ちるのではなく、低い位置から落ちてるようだ。
見えない狙撃手。
質が悪い。
僕を見てるのは確かだ。
さっきから雷撃をかわして移動してるのに、確実に僕だけを狙ってくる。
樹々が多いので飛ぶ方向も限られるし、重心によっては強引なかわし方も必要になる。
ビッ、ドンッ!
雷撃をかわしながら、黒幕を見つけないと戦いにならない。
雷撃をかわす方じゃなくて、狙撃手を見つける方に注力しないとダメだな。
魔法なら発動前に魔力の動きがあるはずだよな。
ドンッ!
くっ!
どうしても雷撃をかわす方に意識がいくし、それじゃないとかわせない。
どうする?
「ミネラ、鉄礫だ」
ジャラ。
右手の蒼光銀の長剣を仕舞い、代わりに地面にできた鉄礫を一山握る。
ピリッ!
鉄礫を投げて雷撃を逸らす。
背後を振り返るとこちらを見る二つの眼。
こっちか!
黒く細長い顔、長い首、引き締まった体。
黒い馬で額に角が二本。
二角獣!
臆病だと聞いていたが、こんな戦い方とは。
小癪な真似を。
左手で蒼光銀の剣を振るけど届かない。
逃すかっ。
「突鉄槍」
身を捻り走り出す二角獣の首を地面から突き出した突鉄槍が突き上げる。
突鉄槍は効かないけれど、その衝撃で動きを止めている間に蒼光銀の長剣で首を落とした。
その死体を見てると二本の黄色い角がいい素材に見える。
今回は全然魔物の死体を回収してないことに気づき、今日始めて魔物を回収した。
鶴翼鉄壕を設置して魔物の動きを制限しながら更に奥に進む。
既に周囲には動物も魔物もいない。
原因の所在がこの方向で合っているかどうかも分からない。
それでも答えを探して歩き続ける。
それ、は唐突に現れた。
迷宮。
石を積み上げて作った奇妙な遺跡の隙間に入口がある。
入口から見える洞窟の奥は薄明るい。
あれはただの洞窟じゃない。
どうする?
入るか、入らないか?
そして入る場合、一人で入るか、パーティで入るか?
……一人で入って確認するのが無難だな。
ネグロスたちだと危険だし、お嬢様トリオまでついてきたらどうなるか分からない。
多分、この迷宮が集団暴走の原因だ。
今ならまだ三十階層ぐらいまでだろうし、階層主を倒せば当分は僕以外は先に進めなくなる。
意を決して迷宮に足を踏み入れる。
中は薄明るい。
冥界の塔のときは赤みかがった明るさだったけど、この迷宮は普通だ。白、という訳でもないけど太陽光に近い。
月明かりの中を歩いてる感じ。
洞窟や通路とは違い梁の多い広間のようだ。
天井は高め、五メートルぐらいで直径二メートルほどの柱が乱立してるので視界は悪い。
とても見通しの悪い広間になってるので、方向を見失うと入口が分からなくなるだろう。
でも、階層のど真ん中に入口がある訳じゃなくて、入口から先が見通せないタイプなので、最悪壁伝いに歩けば入口に戻れる。
外縁に沿って歩くか、中央に向かうか悩んだけど真っ直ぐ中央に進んで行く。
あちこちに木のような土のような柱が地面から伸びて天井に続いてるので、真っ直ぐに歩こうとしても左右に蛇行しなければならない。
そんなときにその柱にくっついている大きな蛞蝓に気づいた、
魔物?
腰に提げている蒼光銀の長剣で斬ると、ズルリと地面に落ちる。
しばらく見ていると地面に溶けるようにして消えた。
……魔物だった。
粘性捕食体のようなものだろうか?
毒とか持ってると厄介だし、見た目もあまり触りたくないから基本は回避だな。
ただし囲まれるのは避けたいからそのときは斬って進もう。
蛞蝓を回避しながらガンガン進む。
ノロマな魔物なので全く問題ない。
柱の合間を走り抜けてサクサク進むと突き当たりに下に下る通路がある。
一階層目はこれで終わりらしい。
?
神授工芸品が無かった?
坂道を下りながら一階層目を振り返る。
ただの広い広間で無数の柱が乱立してた。
入口から下り坂まで走り抜けたので半刻ほどで端までやって来た。
でも、神授工芸品は無かったはずだ。
……見落としたか?
これまでは分かりやすいところに落ちてたし、僕は階層のど真ん中を突っ切って来た。
……何も無かった。
それとも、誰か他に入ったか?
いや、今もこの迷宮に誰か入ってるかも知れない。
少し注意した方がいいかな。
次の階層に神授工芸品があればそんな心配も無用になる。
引き返す訳には行かなくなった。




