第九十七話
「さぁな。
左手に冒険者!
クロムから危険だって伝えてくれ。
俺は村に急ぐ」
「くっ、分かった。
また、後で」
ネグロスが風のように森の中を走って行く。
今までは私に合わせてたんだな。
チリリと悔しい思いが胸を焼く。
違う。今はそれどころじゃない。
ネグロスが言った左方向の冒険者を探す。
彼が見つけたんだからいるはずだ。
いた!
「お〜い。待ってくれ。
今の森は危険だ。一度村に戻って欲しい」
げっ!
「あれ? スノウレパードさん?」
「本当だ。スノウレパードさんだ」
「……何でこの森に?」
何でお嬢様トリオがこの森にいるんだ?
目の前にセラドブラン・サーバリュー、ノアスポット・シャルトリ、パスリム・ペルシアの三人がいる。
演習場で見た派手な装備でこちらを見ている。
「えっと、こんにちは。
私たちは、……ハク・メイクーンとネグロス・コーニーと私の三名はこの森で狩りをしてて。
それで、……この先で魔物が溢れ出す危険性があるので、冒険者の方たちに村に戻って防衛するように声をかけてるところです」
「それは本当ですか?」
私のただならない雰囲気を感じたのか、パスリムが一歩前に出て真偽を質してくる。
「本当です。
この先では小動物が逃げ出してます。
しばらくするともう少し大きな動物や魔物が暴れ出すでしょう。
今は村に帰り集中して防衛線を作りたい。
協力してもらえないだろうか?」
ノアスポットとパスリムが振り返ってセラドブランの顔を見る。
三人の中ではセラドブランの判断が一番優先されるようだ。
「分かりました。
私たちは昨日来たばかりで、まだこの森に詳しくありません。
先導をお願いできますか?」
「はい。準備は宜しいですか?
できれば、重い装備は外して魔法鞄に入れて頂いた方がいいと思います」
一瞬、パスリムが凄い形相で睨んできたけど、今は相手にしてられない。
「重い装備で体力を消費するよりも、軽い装備で少しでも早く村に戻るべきだと思うので、検討して欲しい」
「しかし、それでは危険では?」
「森の中ならば、囲まれることは少ないと思う。
装備よりも動きやすさを優先した方がいい」
「分かりました。
ノアスポットとパスリムもマントなど動きを阻害する装備を外しましょう」
「ありがとう。
それでは走ります。
村の防衛線を確認して、防衛隊に参加します。
無理はしないでください」
そう言って走り出す。
三人も無言でついて来る。
確か三人は私よりもランニングの成績が良かったはずだ。
「皆さんの方が私よりも早いはずです。
これから状況を説明するので、他の冒険者を見つけた場合は別れて情報を伝えることに協力して欲しい」
顔を見る限り、パスリムもノアスポットもセラドブランの側を離れることは無さそうだが、そのまま説明を続ける。
「私たち三人は昨日からこの森に入っている。
昨日は森の奥で銀角犀と狂暴犀を立て続けに倒した」
「まさか? 狂暴犀はBランクの魔物だぞ?」
ノアスポットは魔物について詳しいようだ。狂暴犀に反応して反論してくる。
「ランクは知らんがハクが一人で倒した。
私は銀角犀ですら歯が立たなかった」
「ハク・メイクーンか」
セラドブランがハクの名前を言うとノアスポットも黙ったので、話しを続ける。
「狂暴犀を倒したことで私たちは結構な取り調べを受けたんだが、その警戒感を心配したハクが再度、森の奥を調査しようって言ったんだ。
もし、他にも危険な魔物がいたら倒すために」
「いや、メイクーンでも危険だろう」
他の二人は私の言葉を理解しようと考えてるけど、ノアスポットは反射的に言葉が出るみたいだ。
ツッコミのように言葉が飛んでくる。
「そうなんだけど、ハクにも考えがあったみたいだ。
それで、森の奥に行ったら、何にも無くて静まり返ってた」
「それじゃ、さっきの話しと違うじゃないか?」
「続きがある。
足跡をずっと辿って行って休憩をしてると、ザワッと樹々が揺れて、更に奥の方から鼠や栗鼠たちが駆け出して来た。
私たち三人を無視して私たちの横を駆け抜けて行くんだ。
そこでハクが『すぐに村へ!』って指示して私とネグロスが村に向かってる途中で君たち三人に会ったんだよ」
「それで本当に魔物が出て来るのか?」
「出て来る。
ハクは『集団暴走かも知れない』って言ったからな」
「さっきからハクは、ハクは、って一体何なんだよ?」
「ん〜。森の中でハクが一番強いからハクの言うことを信じてる」
「何でだよ?」
「私じゃ分からないからな。
今、何が起こってるのか?
どうしたらいいのか?
まだまだ経験も実力も足りないから、ハクの判断に従う」
「う〜ん。メイクーンの強さを知らないから私では分からないな」
「充分だ。
私たちは協力するぞ。
ノアスポットも今回はメイクーンの判断に従うこと。いいな」
「……はい」
ノアスポットがぐずぐず言ってたけど、セラドブランが決断すると彼女も大人しくなった。
「私からもいいですか?」
改めてセラドブランが私に聞いてくる。
ノアスポットと違い、少し構えてしまうのは彼女の持つ独特の雰囲気のせいか。
「はい。もちろんです」
「恐らくメイクーンさんとコーニーさんは上級学院に来てから冒険者ギルドのライセンスを取られたと思うのですが、それ以上に魔物について詳しいようです。
何か特別なことがあるのでしょうか?」
「それは分かりません。
二人とも辺境の出身で地元ではかなり狩りをしていたようです。
その影響かと思います。
実際、二人とも強くなるためにライセンスを取ってこの森にやって来ています」
「そうですか」
「ちなみに先週、大公都の冒険者ギルドで登録試験を受けた新入生は三十人いて、受かったのはハクとネグロスの二人だけと聞いた」
「えっ? そうなのですか?」
セラドブランが驚いた。
ノアスポットとパスリムも合格率は知らなかったようだ。
多分私と同じように自領で登録試験を受けずに登録したのだろう。
「ネグロスはFランクでハクはDランクで合格した。
Fランクのネグロスは見習い扱いなので単独行動できないって言ってた。
ハクはDランクで冒険者だと経験二、三年目の新人卒業レベルだそうだ」
「メイクーンさんは登録試験をDランクで合格し、碧玉の森でBランク魔物の狂暴犀を一人で倒した、と言うことですね」
「あぁそうだ。
私が信じる根拠として分かってもらえただろうか?」
「はい。とても良く分かりました。
メイクーンさんは知らない魔法を使うだけではなく、同級生の中では圧倒的に強いと言うことです」
「う〜ん。
何か歪んでる気がするけど……」
「そろそろ村に着きますよ。
次はどうしますか?」
「はい。
う〜ん。西門はネグロスが冒険者を集めてると思うので、北門に行きましょう」
「なるほど。北門なら味方への影響を考えずに思い切り魔法を使えますね」
「いや、あれ?」
ハクの強さを伝えたら急に三人とも交戦的になった気がするのは気のせいか?
「あっ!」
違うルートから来たのだろう、視界の先に二十頭ほどの香梅猪や藍背熊が鼠たちと走っている。
向かう先は碧玉の村。
間に合わなかったか?
「火の神ヴェスタリアム、我が言霊に応えよ。
我が差し出すは我が力。
我が願うは汝の力。
永遠に燃える炎の海。
視界全てを焼き尽くせ。
火炎地獄〜!」
ゴウッ!
セラドブランが魔法を唱えると魔物たちの足元に大きな魔法陣が輝き視界一面を炎が包む。
とてつもない炎だ。
さっきの魔物たちはこの炎で骨すら残らないだろう。
「こちらから回り込みます。
ノアスポット、パスリム、炎を越えたら村の手前で防衛します。
いいですね」
「「はいっ!」」
「クロムウェルさんも周辺の冒険者を集めてください。
私たちが魔物を止めます」
あれ?
セラドブランってこんな凄い魔法使えたの?




