第九十二話
三人で碧玉の森の探索を始めたばかり、とりあえず杏子兎を狩って今度はクロムウェルにも参戦してもらおうと思ったところで意外な大物に出会った。
銀角犀。
金属のような銀色に輝く角を持つ犀だ。
動きは遅いけど力が強く、鼻先と額にある角で岩を砕くと言われる。
二メートルを超える体高があり、大人の冒険者たちでも十人がかりで狩るような相手だ。
角だけではなくて外皮も硬いので槍で突いて弱らせてから倒す。
その相手が木の下で木の実を漁ってる。
ネグロスとクロムウェルに向けて静かに、と人差し指を立てて口に当てる。
「僕が正面で気を引くからネグロスは左、クロムウェルは右に回って挟み込んで欲しい」
「いいけど、大丈夫か?
直撃喰らうなよ」
「分かってる。
ちょっと試したいことがあるんだ」
ネグロスの忠告に秘策を告げると散開する。
左の木の裏にネグロス、右の木の影にクロムウェルが隠れている。
二人が準備につくと日本刀を抜いてゆっくりと木の影から出た。
日本刀を両手で握り、下段に構えるようにして剣先を下げたまま二、三歩進むと銀角犀が僕に気付く。
脅かさないようにそのままじっとして銀角犀の注意を引き留めていると、左右からネグロスとクロムウェルが飛び出して斬りかかる。
キキンッ、キンッ!
最初に足を狙ったネグロスの二刀が弾かれ、次はクロムウェルの首への一撃が弾かれた。
二人の攻撃を意に介さず銀角犀は僕に鼻先を向けると、その角を地面スレスレに下げてこちらに走り出した。
二人の攻撃が入ってないのでその動きにおかしなところは無い。
ドスドスと響く足音。
「突鉄槍」
日本刀の先を地面につけて魔力を流して地面から鉄の槍を生やす。
訓練場で何度もやったミニ方尖碑を作るときの要領だ。その後、演習場でも何本も鉄の棒を生やしたから目の前に出すだけなら問題ない。
攻撃に使うため狙いを五歩ほど遠くにした。
ズシュッ!
五メートルを超える鉄の槍が銀角犀の顎から脳天を突き通す。
直径二十センチメートルの巨大な槍がアッパーカットのように顎に直撃して銀角犀は動きを止めた。
「「おぉぉ〜」」
心なしか二人の声にも若干引いてるものを感じる。
「上手くいって良かった」
脳天串刺しの銀角犀の近づき、地面から生えた突鉄槍を消す。
……これも演習場で曲がった鉄の棒を直すために覚えた。
簡単に真っ直ぐになる場合もあれば、消した方が早いような曲げ方をする力任せのクラスメイトもいる。
「凄ぇな。
俺の剣じゃ外皮を傷つけることもできなかったのに、一撃かよ」
「あぁ、私の剣も刃こぼれしてしまった。
あんなに硬いとは思わなかったよ」
銀角犀の死体と二人の剣をよく見せてもらうと、ネグロスの方は銀角犀の外皮に窪んだような傷跡があり、二本の細剣も剣先が欠けている。
クロムウェルは銀角犀に切り傷を負わせたけど、剣も一部刃こぼれしてしまったらしい。
単純に一撃の力はクロムウェルの方が上だけど、剣を良くしないとクロムウェルの力に耐えられない。
次やったら剣が折れてしまうだろう。
ネグロスは剣先が欠けているので彼の刺突の威力が落ちてしまう。
「二人とも剣を借りてもいいかな。
ちょっと確かめたいことができた」
「ん? どうした?」
「あぁ、分かった」
二人の剣を銀角犀の死体の横に並べて調べる。
ネグロスが使っているのは普通の鉄の細剣。
刀身に対して十字の鍔が伸び、手を守るナックルガードが付いている。
丁寧に手入れされていて刃も綺麗だ。
よく見て同じものを金魔法で作る。
蒼い刀身をイメージしながら硬く硬く鍛錬する。
土から引き抜くとネグロス用の細剣が出てきた。
「「おぅ」」
二人が息を呑む。
この細剣を精錬する。
魔力で覆って、細剣の温度を上げ、更に酸化させて炭素を抜いて純度を上げる。
そこから焼入れ、焼き戻しで粘りのある硬い細剣を作る。
……形も歴史も違うけど、僕流の作り方で作り上げていく。
そこから魔力強化した指で不純物の膜を削り取り、磨き出していく。
うん。いい出来だ。
薄っすらと蒼い鏡面仕上げ。
「とりあえず一本目。
振り回してみてよ」
「おぉ、凄え〜。
試しに何か斬ってみてもいいか?」
「いいよ。使いにくかったら作り直すし」
「いや、マジで?」
ネグロスが調子に乗ってその辺の小枝を斬りだした。
スパスパと斬っていく。
「凄え〜! 凄え斬れる」
気に入ってもらえたようだ。
急いで二本目を作って渡す。
二本目を受け取ったネグロスは子供のようにはしゃいでる。
隣を見るとクロムウェルが熱い眼差しで僕を見てるし……。
作るよ、当然作るから、そんなに近くで睨まないで。
「クロムウェルはブロードソードだよね。
今使ってる剣は装飾もされてるし大事な剣だと思う。
その上で普段使いできるような別の剣を持っててもいいと思うんだ」
「私としてはとても助かる。
やはり今の剣を気に入ってるんだが、心のどこかで傷つけたくないって思いがあるから……。
今までは気にしてなかったけど、さっき刃こぼれさせてしまって少し不安だった」
「そうそう。
僕も思い切りやって剣を折ったことがあって、あれは結構不安になるよね。
大事な剣だったら、余計に躊躇いとか出ちゃうと思う」
「この剣は父から頂いた代々伝わる宝剣だから……」
よく見ると鍔やナックルガードの装飾だけじゃなくて、柄頭には豹の頭を象った大きな瑠璃が嵌め込まれている。
せっかくなので刀身に水魔法を連想させる波模様、鍔とナックルガードに豹の爪と顔を彫り込めないか考えながらブロードソードを生成する。
来い!
ネグロスに作った剣よりも一回り大きなブロードソードが出てきた。
その剣をさらに精錬し、焼入れ、焼き戻して、磨き直す。
……横にいるクロムウェルが自分が作ってるかのように真剣に見ている。
これは手を抜けないな。
しっかりと刀身を磨き上げてからクロムウェルに渡すと、彼は受け取ってからしばらくずっとその刀身を眺めていた。
「ありがとう。
ありがたく使わせてもらう」
「まだ早いよ。
今の剣とは違う使い方を試して欲しくて作ったんだから、色々と斬って斬れ味や使い心地を試してみてよ」
「分かった」
クロムウェルがネグロスを追いかけて小枝を斬り始める。
「おっ、できたんだ。
この剣、斬れ味がいいぜ。
剣の方には全然傷がつかないし、ハクの作った剣は凄えよ」
「そうか、私も試し切りさせてもらう」
二人で剣を振ってバランスを確認し、小枝を斬ってワイワイ話始める。
僕用にも何か一品作ってみるか。
銀角犀の死体を見ながら考えたからだろう。
銀色の二股槍を作った。
長さは四メートルほどで、先の方が二股に分かれている。槍の先は返しがついているので刺さった後、抜くのは大変だろう。
これなら両手で扱ってもいいし、投擲してもいい。
なかなかいいものができた。
刃こぼれした二人の武器を直して銀角犀と一緒に腰鞄に仕舞うとクロムウェルたちが帰って来る。
さて、本題の素材を探しに進もうか。




