第九十一話
魔法練習が終わると演習場で武闘訓練だったけど、僕は鉄の棒を何本も立てる羽目になった。
ジュビアーノが剣を真っ直ぐに振る練習のために真っ直ぐな棒をできるだけ狭い幅で立ててくれ、と言ってきたからだ。
僕が立てた二本の鉄の剣の間を、剣が触れないように振り切る練習をする。そうすることで刃を立てて、真っ直ぐな剣筋で振れるようになる、……らしい。
これが難しかった。
剣を真っ直ぐに振るのは簡単だ。
ただ、指二本分ほどの隙間になると、剣を振ったときにシャンと言う音が出て剣が鉄の棒に掠ったのが分かる。
この音が出ないように剣を振る。
ゆっくり振ればいいというものでもないので、一気に振り切る。
ジュビアーノは魔術師だから剣技には疎いと思っていたけど、上級学院の先生ともなると何でもできるらしい。
……ちなみにこの武闘訓練が始まってから、僕は居残りして鉄剣の修復係りになった。
鉄の棒に対して剣筋がしっかりとしてないと刃こぼれしたり歪んだりする。
五十名のクラスメイトが一斉に剣を振るので傷つく鉄剣が山ほど出るのだ。個人持ちの剣ではなく学院の演習場に備えてある鉄剣を使うのだけど、壊れたら当然直す。ということで鍛冶屋に回すよりも直すのが早い僕の担当になった。
演習用なので、刃を綺麗に研ぐところまではしない。
歪んだ刀身を真っ直ぐにする程度ならさほど時間もかからない。
……必要だったら指先に魔力を集中して研ぐこともできるけど。
魔力操作の訓練だと思って黙々とこなす。
ときには申し訳なさそうに持ってくるクラスメイトもいるので、誰がどんな風に剣を使ってるのかも少し分かるようになった。
刃こぼれの多い獣人、歪みの多い獣人。その位置。
気づいたときには『剣先に刃こぼれが多いようだね』なんて話をすると、『構えの位置? いや、踏み込みがバラついてる?』なんて一緒に考えることもあった。
僕は剣先が刃こぼれしてるっていう結果しか見てない。その後で剣を振ってる姿を見てプロセスを確認すると踏み込みの際に足先がブレているなど、意外と知らなかったことに気づくことができた。
お嬢様トリオの剣士、ノアスポットが剣先から二十センチメートルほど下の部分の左側にだけ傷をつけているのでそれを告げると、何故か感心された。
剣技の先生から剣を振り終えた後の残心が乱れていると指摘されたことがあるらしい。
先生の指摘と僕のコメントで何かに気づけたようだ。
週末になるとネグロスと僕にクロムウェルを加えて碧玉の村にやって来た。
当然、目的は碧玉の森での狩り。
寮で食事してるときにクロムウェルに確認すると乗り気だったので連れて来た。
クロムウェルは自領の冒険者ギルドでライセンス証を取ったそうで、既に銀板のカードを持っていた。
ただしライセンスを取っただけで依頼を受けたことは無いらしい。
「それにしてもクロムウェルは学院で乗馬を借りられるってどこで聞いたんだ?」
三人で馬を並べて走らせてるとネグロスが聞いた。
先週は大公都で馬を借りたのだけど、今回は上級学院で借りた馬だ。
それも遠出をするなら上級学院で馬が借りられるぞ、とクロムウェルが教えてくれたからだ。
「私も週末ただ寮にいたわけじゃないよ。
演習場を走ってたらクラスメイトのチルトレックスが『気分転換に馬でも乗ったらどうだ?』って教えて教えてくれたんだ」
「おかげで助かったよ。
大公都まで出なくて済んだし、お金もかからないし」
「それにしても休みの日に狩りに行くなんてよく思いついたな」
「そうかな?
俺たち以外にも大勢ライセンスを取りに来てたぜ」
「うん。ネグロスの言う通り三十人ぐらいいた」
「そんなにいたのか?」
「まぁ、その中で登録試験に受かったのは俺とハクだけだけどな」
「えっ? 二人だけ?」
クロムウェルが驚いてこっちを見た。
疑問に答えるように頷いて見せると、今度は少し考え込んでしまった。
「結構厳しい試験官だったんだよ」
「……少し調子に乗り過ぎてたけどね」
「いや、私はその試験とやらを受けて無いから少し心配になっただけだ」
「俺はライセンスが取れなくても狩りをするけどね」
「そうだね。ライセンスを持ってないと入れない迷宮もあるけど、ライセンスが無かったら他のところで鍛えるから一緒だよ」
「二人は強いな」
「俺たちは地元で狩りをするのが当たり前だからなぁ。
戦って獲物を捕まえる。
危ない奴からは逃げる。
それが鉄則だぜ」
「戦えば戦っただけ強くなるよ」
何の問題も無く碧玉の村に着いた。
碧玉の村に着くと前回と同じ安宿を確保して森に入る。
狐人の薬師、三人姉妹には挨拶を済ませて、今回は欲しい素材を聞いてきた。彼女たちは一緒に森に入らないけど、素材を持ち帰れば買取ってくれる。
冒険者ギルドを通してないけど素材収集依頼みたいなもんだ。
「先週はハクが香梅猪や藍背熊を倒して金貨を稼いだんだ」
「凄いな。
森の奥の方へ行ったのか?」
「そんなに奥には行ってない。
それでも色んな素材が取れるし、魔物も出るんだよ」
「そんなところに私が混ざって大丈夫か?」
「今回は薬師から依頼を受けてるから魔物狩りよりも素材採取だし、今日は慣らし運転だな」
ネグロスが僕にも確認してくる。
クロムウェルの山歩きもどこまで伸びたか分からないし、ネグロスの言う通り今日は慣らし運転だな。
「今日は様子を見ながらこの前のポイントに行こうか?
森に着いたのも早いし時間的には余裕があるからゆっくりと素材を探そう」
僕とネグロスが前を歩いてクロムウェルのために露払いをして、かなり緊張している彼には後ろを歩いてもらい雰囲気に慣れてもらう。
クロムウェルは僕とネグロスが軽装にするように言ったこともあって、厚手のシャツを着るだけで胸当てなどはしていない。
上級学院でのランニングのときよりも身軽な服装にしてるので、足取りが軽い。
早速ネグロスが杏子兎を見つけた。
「あそこの木の影に杏子兎がいるのが分かる?」
ネグロスが右手の先、五十メートルほど向こうの木を指差してクロムウェルに聞く。
「二本並んでる木の根本か?」
「そうだよ。クロムウェルも目がいいね」
「教えてもらったからだよ。
それでどうするんだ?」
「俺とハクで左右から追い込む。
見ててくれればいいけど、万が一、こっちに来たら頑張って斬ってくれ」
ネグロスがニヤっと笑ってすぐに音も無く右へ走り出す。驚いて焦ってるクロムウェルにウィンクして僕も左へ走り出した。
残されたクロムウェルがゆっくりと剣を抜いて構える。
二本の木に挟まれた位置に杏子兎がいるので、微妙に位置取りが難しい。
悩んだ結果ネグロスに遅れてしまい、杏子兎を追い込むルートが少し緩んだ。
それでもネグロスが一人で一気に飛び込んで杏子兎に細剣を突き刺し仕留める。
「おめでとう」
少し遅れて二本の木の下に着くと、杏子兎を持ち上げて自慢げなネグロスに声をかける。
「これぐらいは余裕だね」
「二人とも凄いね。
細剣の使い方のお手本みたいだった」
クロムウェルも寄って来てネグロスの技を褒めた。
次はもう少し大物が見つけられるかな?
僕も動きたいし、早くクロムウェルの戦い方を見てみたい。
腰鞄に杏子兎を入れながら周りを確認すると、少し離れたところで風の隼のヴェネットがクルクルと宙を舞っている。
何かいい素材があったかな?
前回、かなり活躍してくれたので今回も期待して近づいていくとそこには大物がいた。




