第九十話
週末の碧玉の森での狩りは順調だった。
二日目は三人姉妹の案内で初日よりも森の奥に入って白胡桃の実を三十個ほど採ることができた。
なかなか白胡桃を見つけることができなかったけど、久しぶりに風の隼のヴェネットが現れて、遠くに現れた白い姿の方に行くと白胡桃が落ちていた。
白胡桃は香梅猪の好物で落ちてるとすぐに食べられてしまうと言ってたから、風の隼がわざと落としてくれたんだと思う。
午後には藍背熊も倒した。
背中の藍色の毛は頑丈で剣を弾くという噂だったけど長い爪に注意して首を攻撃すると簡単に倒せた。
その背中の肉を煮込むと柔らかくて美味しい料理になるらしいけど、残念ながら食べられなかった。
ギルドに買い取ってもらうとすぐに帰って来たからだ。
今度の週末にでもクロムウェルを連れて行って食べられたらいいと思う。
上級学院に戻って来てからはランニングの負荷を増やしながら魔法のことばかり考えてた。
ランニングが終わって訓練場に来たので、練習したいけど何から始めればいいだろう?
現状では日本刀を創り出し、登録試験ではその刀を短くすることができた。
原生樫の杖の先端に鉄の玉を出すことができた。
……鉄剣を繋ぎ合わせるのは魔法になるのか?
一応カウントしとくか。
鉄剣を繋ぎ合わせることができる。
そう言えば、水を出すこともできたな。
鉄の表面に水を凝結させるヤツだ。
鉄があればその表面に水を作り出せる。
火魔法みたいに飛ぶヤツはちょっと想像できないので、お嬢様と一緒にいるパスリムの土の槍みたいな魔法が近いかな。
「なぁハク、私たちはこの木の杖は借りてていいのか?」
「うん?」
「いや、コレ結構貴重なアイテムじゃないのか?」
クロムウェルが原生樫の杖を握り締めて深刻そうに聞いてくる。
横にいるネグロスは全然気にしてなさそうだが……。
「いいよ。他にもあるしプレゼントするよ。
魔法を使えるようになったらコツとかを僕にも教えてくれたら助かるし」
「いいのか?」
「ひゃっほー」
クロムウェルの真剣な声にネグロスの軽いノリが被る。
「全然気にしなくていいよ。
僕もこの杖の使い方が分からないから、一緒に試してよ」
「そうか、それならありがたく使わせてもらう」
お嬢様たちも木の杖を使っているから、多分木の杖で練習した方が発動させやすいはずなんだよな〜。
礼をしたクロムウェルが真剣な表情で杖の先端を睨んでるのを見ながら、何かヒントがないか考えるけど思いつかない……。
仕方ない。習うより慣れよ、でいくか。
頭で理解するより行動だ。
地面に胡座をかいたまま原生樫の杖を右手で真っ直ぐ持ち、魔力を流す。
パスリムがやったように鉄の槍を地面から突き出す。
ドン!
……できた。
槍じゃなくて小さな方尖碑が出た。
高さは僕の身長ぐらい。
根元は二十センチメートル四方の四角形で、先端に片手拳ぐらいの四角錐が載っている。
表面は鏡のようにツルツルで光沢がある。
「「おぉぉ!」」
「メイクーン、面白いものを作ったな」
あちこちで生徒に声をかけてアドバイスをしてた担任のジュビアーノが目敏く気づいてやって来る。
「はい。なんか変なのができました」
「コレは鉄か?
一体何なんだ?」
「一応、鉄の槍のつもりだったんですが……」
「ふ〜ん。かなり丈夫そうだな」
「どうですかね?」
触ってみると冷たい。
ツルツルなので綺麗な芸術作品と言われても納得の出来だ。
かなり重いみたいでビクともしない。
「……壊せそうにないですね」
「ちょっと試してみてもいいかな?」
「え、ええ」
ジュビアーノの言葉の意味が分からないまま戸惑いながら頷くと、彼女は胸元から木の杖を出した。
「粒水噴流」
見たことのない木だと思ってたら、構えた杖の先から水の筋が方尖碑に向かって一直線に伸びた。
シュワァッ! と水の筋が鉄の方尖碑の表面に傷をつけていく。
シュワァッ……。
方尖碑の表面に斜めに傷をつけてジュビアーノの粒水噴流は終わった。
近付いて見ると。
方尖碑の表面にはちょうど人差し指が入るほど幅で深さが十センチメートルの溝ができている。
方尖碑を切断するほどの威力は無かったようだ。
「ほぉ、なかなか硬いね。
メイクーンはコレを斬れるかい?」
「これを、ですか?」
「そうだ。アピールのときに鉄剣を斬ったじゃないか。あれをこのミニ方尖碑でできるかい?」
僕の金魔法とその後のジュビアーノの水魔法が派手だったのでクラスの皆んなが方尖碑の周りに集まってき始める。
視線を集めてる状態で改めて方尖碑を見る。
根元は二十センチメートル四方、上の四角錐の方で十センチメートル四方の鉄の塔だ。
うーん。
どうだろう?
斬れるかどうか分からない。
あ、そうか。
魔鉄亜人形の腕だと思うと斬れそうな気がする。
問題は武器の方か。
蒼光銀の長剣ならいけると思うけど魔法鞄のときより更に目立ってしまう。
とりあえず日本刀でやってみてから考えるか。
「それじゃあ、試してみます」
日本刀を抜いて、刃先が触れるぐらいの位置で方尖碑に正対して構える。
ジュビアーノが右からの袈裟斬りのように筋を掘ったので、僕は左から袈裟斬りするとしよう。
「せいっ!」
キンッ。
日本刀に一気に魔力を纏わせてゴリ押しで日本刀を振り切った。
日本刀を見ると折れてない。
方尖碑を見ると、斬った面で滑るようにして崩れ落ちた。
ズンっ。
斬った先の方尖碑の塊が落ちると、やはり鉄の塊だと思わせる重量感があった。
「「「うわぁ!」」」
「凄え」
「何であれが斬れるんだ?」
「ジュビアーノ先生でも無理だったのに」
「今のは何か特別な技とか?」
クラスメイトの歓声が凄い。
「斬れましたね」
「そうみたいだね。
その剣は特殊な剣なのか?」
「いえ、先日この訓練場で作った刀です」
「そうか。
鉄は魔力が散ると聞いていたのに、鉄の剣でこのミニ方尖碑を斬れるのは凄いよ」
ジュビアーノは不思議そうにしつつも褒めてくれた。
「そうだな。
メイクーン、このミニ方尖碑をあと十個ほど作ってくれないか。
距離を離して別々に。
皆んなに魔法の練習台にしてもらおう」
ぐぇ。
初めて作ったからまだ作り方をマスターした訳じゃないのに。
……不安に思いながら訓練場のあちこちにミニ方尖碑を立てていく。
予想外だけど、案外イメージ通りに同じようモノを簡単に作ることができる。
「さぁ、皆んなはこのミニ方尖碑を魔法で崩す練習だ。
斬ったり、穴を開けたり、崩したり。溶かすのでも何でもいい。このミニ方尖碑を倒す方法を考えて挑戦してみよう。
新しい気づきがあるかも知れないよ」
僕がミニ方尖碑を立ててるとジュビアーノが他の生徒に案内をしていく。
……この中で魔法が使えるのは十名ほどしかいないのに、こんなので練習になるのか?
「メイクーンも剣で斬るだけじゃなくて、魔法でミニ方尖碑を倒す方法を考えなよ。
剣では無理でも魔法ならできることも多いんだから」
ふ〜む。
無理そうなことをどうやって実現するのか考えろってことか?
何となく、できそうなことを少しの工夫で実現するよりも、全然できなさそうなところに魔法のヒントがある気がした。
一度足を止めて、皆んなの取り組み状況を確認して見ると、お嬢様筆頭のセラドブランがミニ方尖碑を一つ独占して火魔法で燃やし続けてる。
火魔法だと火力を上げるか、さっきのジュビアーノみたいに一点集中するか?
僕の場合はミニ方尖碑の形を変えたり、鉄を土に戻すとか。
精錬のイメージで表面に浮いてくるクズ鉄と鋼を上手く分離させてみるとか。
鋼を通り越して純度を上げて軟鉄にするのもありだ。
塩水で錆びさせるとかもできるかも知れない。
なるほど、色々考えて可能性の幅を広くすることが必要なんだろう。




