第九話
十階層の一本道。
その先に現れた石の扉。
二匹の蜥蜴が彫られた扉の向こうに階層主がいる。
「この先に階層主がいると思われます。
この先で得られる神授工芸品の可能性と、この先で全滅するリスク。
ここで皆には引き返してもらいます。
一番可能性の高い僕が一人で挑戦します。
一刻の間ここで待機して、僕が戻らなければ街へ戻って下さい。
その場合、他領の力を借りて迷宮の破壊を優先して下さい。
それでは、行ってきます」
「「えっ??」」
僕が扉を押して中に入る。
サラティ姉さんとシルヴィア姉さんが一緒に付いて来ようとするけど、衛士隊の三人が扉の前に立ち塞がり押し留めた。
「ちょっと、ハク!」
「待って!」
衛士隊に準備させてて良かった。
そうでなければ、姉さんたちが一緒に入って来てただろう。
今朝から階層主との戦いで、逃げられなくなる可能性を考えていた。
十階層に階層主がいることはほぼ確定している。その上で、今避けなければいけないのは全滅。
逃げ道があるようなら全員で戦おうと思っていたが、扉で閉ざされていた。
閉じ込められる可能性があるので全員での戦闘は諦めた。
しかし、どんな魔物か確認もせずに帰るのは惜しい。
だから、僕一人で戦う決断をした。
サラティ姉さん、シルヴィア姉さん、どちらも危険に晒す訳にはいかない。
予め衛士隊の三人には、途中の階層や階層主戦で危ないときは姉さんたちを守って街へ戻るように指示してある。
今回はその指示通りにしただけだ。
扉の向こうは直径二百メートルはありそうな闘技場になっていた。
すり鉢状に落ち窪んだ斜面の先にバスケットコートが四面は広げられそうな円形の平らなスペースが広がり、中央に体格の良い魔鉄亜人形が三体、直立して待っている。
斜面を降りていくと、扉がゆっくりと閉まる。
やはり、簡単には逃してくれないようだ。
魔鉄亜人形は魔石亜人形よりも体格が良く、身長は三メートルはある。
近付くにつれ、もの凄い重量感を感じる。
ちゃんとした姿勢で立っているので、速さは分からないが直立二足歩行をするのだろう。
斜面のを降りきったところで魔鉄亜人形が動き出した。
これまでの魔石亜人形とは動きの速さ、精度が違う。
滑らかに速く動く。
三体は横に広がり僕を包囲しようとした。
先手必勝!
包囲されないように左の一体に向かって駆け出すと大きくジャンプしてその頭を蒼光銀の長剣で叩き割った。
頭を割られた魔鉄亜人形が前に向かってつんのめると、そのまま転んで動かなくなる。
魔石亜人形と同じように頭が弱点みたいだ。
魔石亜人形と同じで助かった。
三メートルもある鉄の巨人とやり合ったら体力がどれだけあっても足りない。
でも、頭が弱点ならやりようがある。
倒れた魔鉄亜人形の側で残りの二体が近付いて来るのを待つと、軽くリズムを取った。
中央の一体が寄って来たら助走をつけて、倒れた魔鉄亜人形を踏み台にして高く飛んだ。
助走と踏み台があれば魔鉄亜人形の頭ぐらいは簡単に狙える。
動きが速くなったとは言え、亜人形と獣人では速さが違う。アッサリと頭を潰した。
囲まれて、動きを止められるなければ問題ない。
最後の一体を時間をかけずに頭を割って勝負を決めた。
……さて、これからどうなる?
次の敵が現れるか、どこかの扉が開くか?
周囲の様子に注意を払っていると、闘技場の中央に光る球が現れた。
光の球はしばらく光った後、光を弱くしながらゆっくりと地に落ちる。
落ちた場所には宝箱が残された。
おっ! これは凄い?
宝箱に近寄ると、一瞬躊躇ったけど注意して丁寧に箱を開けた。
罠を解除するスキルがないので今のところ、全力で躱すしか方法がない。
幸いなことに罠はなかった。
宝箱の中には一冊の古ぼけた本が入っている。
本をパラパラとめくって見たけど、中は真っ白で何も書いてない。
……何の本なんだ?
それか、読むのに特別な何かが必要なのか?
もう一度最初のページから本を見直してると、再び光の球が現れた。
僕の身体の前、五メートルほど先に光の球が現れたので本を左手に持ち、右手で蒼光銀の長剣を構えた。
光が収まると、空中に銀色の蜥蜴が浮いている。
何だ?
「これは珍しい客だ。
白虎か。まだまだ幼いが……」
蜥蜴が喋った。
掌に乗るような蜥蜴が空中に浮いて喋っている。
「うん? 貴方は何なんだ?
訳の分からないことを。
僕は白虎じゃない。猫人だ」
「ほぅ。猫人か、それなら先祖返りかな。まだまだ力が弱いから分からないだけだよ。
鍛えれば判る」
空中で宙返りをしながら銀色の蜥蜴が言う。
「ん? 力が弱い?」
「おっ、良い腕輪をしてるね。それに魔導書も。
……の割には使ってないのか?」
蜥蜴がスーッと寄って来て僕の周りをクルクルと回った。
「腕輪は着けてるし、魔導書ってこれのことか?
これは今さっき手に入れたばかりだ」
「ふーん。そうなの?」
それまでのほほんとしてた蜥蜴が動きを止めた。
ちょっとした雰囲気の変化に戸惑いつつ、その違和感から剣を握る手に力を入れた。
直後、蜥蜴が光を放った。
咄嗟に右に避けて、即座に蒼光銀の長剣を振った。
ガキッ!
蜥蜴が空中で剣を受けて無傷のまま浮いている。
蒼光銀の長剣でも傷つけられないし、殴り飛ばすこともできない。
「うーん。まだまだだね」
「どう言うことだ」
力を入れても押すことも引くこともできない。
完全に押さえ込まれている。
怒りを抑えて蜥蜴に尋ねた。
「まだ僕には勝てないよ。
でも、初めての十階層踏破者だから、特別にプレゼントをあげるよ」
「……」
「別にそんなに難しく考えなくてもいいよ。
せっかくだから、この迷宮で手に入れたアイテムの使い方を教えてあげるだけだよ」
急に先ほどの殺気が消えて、蜥蜴が剣を外すと肩から力が抜けた。
「どう言うことだ?」
釈然としないから、同じことを呟くしかできなかった。
「まずは腕輪の使い方だけど、ただ腕に着けるだけじゃもったいないんだ。
そこに魔力を流すと収納庫の魔導具として使えるよ。
例えば、足元に落ちてる石を拾ってから魔導具を起動してごらん」
意味が分からないけど、魔導具の効果なんて試して見ないと分からない。
ライトノベルだと色々あるし、試してみれば判るか。
蒼光銀の長剣を鞘にしまうと、右手に石を持ち、左手の腕輪を突き出した。
「収納庫」
右手の石が消えた。
左手の腕輪に魔力を流すと、腕輪の中に石が入ってるのが分かった。
見えないのに、こんな小さな腕輪の中に入ってる。
この魔導具凄い。
「できたようだね。
せっかくの収納庫だから有効に使ってよ。
次は魔導書。
魔導書には契約を書き込むんだ。
まだ契約相手がいないみたいだから、特別に僕が用意してあげるよ。
出てきて銀の黄金虫」
どこからか淡い光を放つ小さな虫が飛んで来た。
僕が右手を差し出すとその上に留まった。
銀色の黄金虫。他には何も変わりない。
「精霊にも色んな種類がいるし姿も様々だ。
今日は特別に君に取って相性の良い精霊、銀の黄金虫を呼んだから魔導書を出して、契約してごらん」
今度も具体的な説明なしにやってごらん、かよ。
僕はさっきの収納庫と同じように左手に魔導書を持ってそのまま声に出した。
「魔導書」
魔導書のページがパラパラとめくれ、真っ白なページが開いた。
そこで意識を銀の黄金虫に向けると、一瞬黄金虫と目が合って魔導書に何かが書き込まれた。
読めるような文字じゃない。記号のような魔法陣のような何かだ。
「無事、契約できたようだね。
ちなみに、お互いの承諾がないと契約できないからね。
それじゃ、銀の黄金虫の力を使ってみようか?
契約は終わってるから、銀の黄金虫に魔力を渡して力を使ってもらうんだ。
人によっては自分の魔法に妖精の力を貸してもらうとか色々あるみたいだけど、まずは銀の黄金虫にお願いしてみたらその力が判るよ」