第八十八話
碧玉の森を進むと三人の狐の獣人がいた。
狐人?
珍しい。
三人姉妹のようだ。三つ子かも知れない。三人とも同じような顔で同じような服装をしてる。
白い襟で臙脂色の厚手の服を着ている。
細い目でこちらを見ながら、ツンとした黄色い耳で周りの音を警戒している。
「初めまして。
今日は採取ですか?」
様子を見に行こうと言ったくせに狐人を見て固まったネグロスを放っておいて、僕は両手を広げながら声をかけた。
両手を広げたのは少しでも害意が無いと分かってもらうためだ。
「こんにちわ。
私たちは採取しに来たの。
この辺は危ないから早めに帰った方がいいわよ」
一番髪の長い狐人がつれない返事をした。
一番髪の長い彼女は胸元まで伸ばしている。
二番目は肩口ほどの長さで一番短い女性は襟足を少し刈り上げている。
「そうですか。
驚かせてすみませんでした。
それでは、また」
警戒した彼女たちを不安にさせないために、その場を後にすることにした。
彼女たちと別れてしばらく行くとネグロスが小さな声で話しかけてきた。
「狐人って初めて見たよ。
ハクは会ったことあったのか?」
「いや、僕も初めてだよ」
「その割には結構慣れてたな」
「まぁね。こう言う場合はお互いに警戒してるし。
それに僕たちみたいな子供は大抵早く帰れって言われるから」
「ふぅ〜ん。
どう対応するのがいいんだろうな?」
「色々教えてくれる獣人に会えるといいけど、その場合でも一方的に教えてもらうのは良くないからね。
獲物を狩って碧玉の村で聞いた方が確実だよ」
「そんなもんか?」
「そうだね。
子供には大抵教えてくれないから、ある程度の腕前があるところを見せないと難しいね」
「そりゃそうか。
変な感じだな」
「地元だと皆んなが僕たちのことを知ってるけど、外だと知られて無いからね」
「あはは、そりゃそうか。
一万人の地元と違って当たり前か」
「そうだね」
緊張していたネグロスが大分余裕を取り戻してくると、新しい気配を感じた。
「今度は何かな?」
剣を抜きながら警戒すると、午前の登録試験で短くなったままの日本刀に気づいた。
短い日本刀を腰鞄に放り込んで、以前お嬢様の前で作った新しい日本刀を取り出す。
「自分で武器が作れると便利だな」
その様子を見てたネグロスが感心したように言う。
「これまで作っては折ってを繰り返してきたから、予備を持つのも当たり前になったよ」
「お前は何と戦って来たんだよ?」
呆れたネグロスが肩を竦める。
その様子をスルーして周囲を見渡すと前方で樹が揺れた。大物がいるみたいだ。
先ほどと同じようにネグロスが左、僕が右に回り込むと猪が木の根を掘り起こしている。
普通の猪より四肢が太く毛が荒い。
ギルドの受付嬢ケイトレンジが言ってた香梅猪。
肉質が良いのでついた名前だけど、実物は力が強く体当たりを食らうと骨折コースだ。
顎の力もあるので、動きを止めてからも気が抜けない。
木の根本に木の実でもあるのだろう。
僕とネグロスには気づいていない。
僕は素早く腰鞄から石製の短剣を取り出すと香梅猪の首に投げつけた。
そして日本刀を持ち変えるとそのまま走り出す。
短剣が香梅猪の首元に刺さると、キヒィーと高い声を上げて香梅猪が倒れた。
次の瞬間には僕が日本刀で首を落としている。
ネグロスは一歩下がったところから周囲を警戒していて危なげがない。
「早技だな」
「まぁね」
血抜きできるように香梅猪の体を木に立てかけるようにしてると、慌てて三人姉妹の狐人が走って来た。
「「「大丈夫?」」」
三人ともかなり心配してくれたようだ。
「大丈夫です」
仕留めた香梅猪に視線を誘導するように右手で指し示すと三人が納得したように安堵した。
「子供だと思って心配したけど、首を落としてるってことはかなり強いんだね」
髪の長い狐人が僕たちに分かるように説明する。
「たまたまです」
「香梅猪の頭と首は硬いから偶然でも腕が無いと無理だよ」
僕が謙遜すると髪を肩口で揃えた狐人が笑いながら近づいて来て香梅猪の首の傷を確認している。
「二人は冒険者?」
「ええ、それで腕試しで碧玉の森に来ました」
「ランクは?」
「僕はDです」
「俺はF」
「D?」
「えぇ、Dです。
今朝ライセンスを取ったばかりですけど」
「ふ〜ん」
「僕はハクです。
もし良ければこの森について教えてもらえませんか?」
「俺はネグロス。
同じく冒険者になったばかりで知らないことが多いので教えてもらえると助かります」
二人して三人姉妹を見ると頭を下げた。
しばらく間が空いた後、髪の長い狐人が答えを出した。
「分かったわ。この森について教えて上げる代わりにこちらの護衛をお願いできるかしら?」
「えぇ、分かりました。
その内容でお願いします」
「私はディキシュー、よろしくね」
「私はレネット」
「私はバイプル」
三人姉妹が順に挨拶をする。
髪の長いのがディキシュー。まとめ役のようだ。
二番目が肩口までの長さのレネット。
僕に冒険人ランクを聞いてきた淡々たした少女。
三番目がショートカットのバイプル。
挨拶まで一言も喋ってなかった。
よく見ると三人ともかなり若い。流石に僕たちみたいな子供じゃないけど、スファルル姉さんよりも年下だろう。
十二、三歳ぐらいに見える。
「香梅猪を片付けたら出発できます」
慌てて香梅猪を腰鞄に入れて準備すると、逆に三人の方が慌て出す。
「ちょっと、それ魔法鞄じゃないの?!」
「貴方、何者?」
「……」
すぐに三人姉妹が警戒して距離を取る。
……僕とネグロスは顔を見合わせ笑った。
「コイツはちょっと珍しいんです。
あり得ないことですけど、気にしないでいいですよ」
「どこまでが本当?」
「全部本当ですよ。
冒険者ギルドは今日登録したばかりですし、この魔法鞄はたまたま以前拾ったものなので、特別お金持ちとかそんなのもないです」
「全部あり得ないんだけど……?」
「ギルド登録したばかりでDランクとか、そもそもまだ子供なのに……」
「魔法鞄を偶然拾うなんてことないし、売ったら幾らになると思ってるのよ……」
「バスティタ上級学院の生徒って言ったら分かってもらえますか?」
「あそこの学院ならあり得るかも知れないけど……」
あまりに不審がられるので、僕とネグロスはバスティタ上級学院の身分証を見せた。
「うぅ〜。しょうがないわね。
これ以上勘繰ってもどうしようもないし、一応は信じてあげるわ」
髪の長いディキシューが折れてくれた。
その一言でレネットとバイプルの二人もとりあえずは距離を戻してくれた。
「「ありがとうございます」」
「それで、碧玉の森の何が知りたいの?」
「どっちに行くと危ないかと、この森で獲れる洋紅胡桃、赤茄子茸、鈴蘭大蒜を知ってたら教えて欲しいんです」
「何だ、そんなことでいいの?」
「はい。この森は初めてなのでどの辺りに何が出て来るのか知らないんです。だから危険なエリアを知っておきたいです。
それから、さっきみたいな獲物も狩りますけど、ついでに採取できる素材を知っておきたくて」
三人姉妹が顔を見合わせてから微笑んだ。
今のはちょっと悪い笑みだ。
「それじゃあさ、今からさっき言った素材を採りに行くから二人で魔物を倒してよ。
そしたら教えてあげる」
「魔物のレベルはさっきの香梅猪ぐらいですか?」
「もう少し強い藍背熊もいるけど、その場合は様子を見て倒すかどうか決めていいよ。
私たちだけのときは無理しないから距離を取ったまま別のポイントに行くし」
「それなら行きましょう。
僕たちが敵わない魔物の場合は僕たちを放って逃げてください。
多分、僕とネグロスの方が逃げるのも上手いと思います。
危なそうなときは声を出すので、僕たちを無視してまず最初に逃げてもらえると僕たちも逃げやすくなるのでお願いします」
「はぁ、あんた本当に珍しいね」
「僕だけだったら、滅茶苦茶逃げ足速いですから」
「俺も逃げるのは得意です」
ディキシューに案内してもらって、碧玉の森を更に奥に向かって進み始めた。




