第八十六話
西大公都バスティタの南門を出て南進路を二人で馬を走らせる。
大通りで整地もされている南進路は安全だ。
ときたま荷馬車に乗る商人や農民とすれ違う程度で天気もいいし長閑な雰囲気を楽しんで移動する。
南進路でジャヘルの街に着くと、碧玉の村への道を確認して西の道に入る。
そうして着いた碧玉の村は大きな城を中心にした綺麗なこじんまりした街だった。
丘の高いところに青い屋根の白い城が見える。
外壁が垂直に切り上がって窓がいくつも並んでいる。
その城から丘を下ったところに小さな町がある。
こちらはオレンジの屋根に白塗り壁の家だ。
王家の狩場を管理するための街。
街に入るときに身分証を確認されたけど、二人して手に入れたばかりのライセンス証で通った。
「思ったよりも綺麗な街だな」
ネグロスがキョロキョロしながら言う。
通路の石畳も手入れがされていて歴史を感じさせないし、家屋の外壁も塗り直されて綺麗にされている。
「最初に宿を確保しておこう」
そう言って街の端の方の安宿を押さえた。
念のため宿の主人に冒険者ギルドの場所を聞くと、街の中心にあると言われ場所を確認することにする。
……冒険者ギルドは大きかった。
街の規模が小さいのにレドリオンの冒険者ギルド並みの大きさだ。
「何で街が小さいのに、ギルドがこんなに大きいんだよ?」
「街の存在価値が碧玉の森の管理だからかな。
安全な狩場を維持するための街だから、狩場に入る獣人を指導したり、場合によっては指示するために大きな力が必要なんじゃない?」
恐らく街の中央にあるのも同じ理由だろう。
王家がたくさんの金を出して碧玉の森を管理してた。
今も狩場を維持するために金が使われているのだろう。
「このまま西門から出ると碧玉の森に行けるみたいだ。
このまま行くけど、準備はいいかい?」
「もちろん」
ネグロスがウキウキした顔で笑った。
西門を出るとちょっとした平原の向こうにすぐ森が見える。
へぇ。いい感じだ。
碧玉の森を正面に見て右に行くと丘に向かう。左に行くと川に近づいて行く。
「どうする?」
「王様みたいに丘から見渡して、狙いを決めたらその方向に下ろうか?」
「いいね」
ネグロスの質問に対して右の丘を提案すると、受け入れてくれた。
二人でまだ樹々の少ない山道を歩く。
この山道も枝葉を打ち払って、根張りを削って手入れがされている。
本当に綺麗な散策路だ。
「ネグロスは領では森に入っていたの?」
「少しだけな。うちの領は岩山が多いから森はあまり無いんだ。
学院の山道みたいのはあまり無い」
「へぇ、意外だな。
僕のところはここよりも深い森ばかりだから、同じようなところだと思ってた」
「それで山道が得意なのか?
俺は岩場はいいんだけど、森は木が倒れてたり足場が滑ったりするだろ?
あれが苦手なんだよな」
「それで三位のヤツには言われたくないけど……」
「ま、走るのは得意だからな」
話してるうちに開けた場所に着いた。
ちょっとした丘の上から、眼下に広がる森を眺めることができる。
目の前には綺麗な森が広がっている。
奥の方は鬱蒼とした感じになるけど、それも自然でいい。
手前の方は樹々が間引かれて管理されているのだろう。視界を遮るほどの木々は無い。
それでいて豊かな恵みがある。
たくさんの葉、木の実、小動物、たまに大型の捕食動物。
怖い森とは違う豊かな森だ。
「無理しなければ問題なさそうだね。
ただし、ギルドで聞いた鳥兜黄蛇と壊腐家守には注意してね。毒があるらしいから。
それと赤い実を見つけたら採取して帰るから教えて。
主要なところでは洋紅胡桃、赤茄子茸、鈴蘭大蒜って言ってた」
「ハクの魔法鞄はどれぐらいのモノが入るんだ?」
「分からないけど余裕があるから、狩った獲物は持って帰るつもりだよ」
「分かった。なら勝負だな。どっちが大物を仕留めるか?」
「了解。負けた方が食事をご馳走しようか?」
「いいね」
今日のところは運良く見つけれても、兎か猪ぐらいだろう。
二人して腰の剣に手を当てて静かに森の中を走り出した。
……やっぱり速い。
ネグロスは森の中に慣れてないって言うけど、静かで速い。
気を抜くとすぐに置いていかれる。
森の中を走り続ける訳じゃなくて、ちょこちょこと足を止めて耳を澄ましたり、風向きを確認したりしてるので目に見えて遅れる感じではないけど、確実に差がある。
「兎がいたか?」
呟きながら足を止めたネグロスが一方向をじっと凝視してる。
ネグロスは目もいいな。確かに何か動いた気がする。
「何かいた気がする」
僕が答えるより先にネグロスは剣を抜いていた。
僕も石製の短剣を二本取り出すとネグロスが一瞬ビクッとしたけど、声を出さずに歩き出す。
ネグロスは左から、僕は右から回り込む。
途中で杏子兎が木の陰から顔を見せた。
オレンジ色の角を二本持つ特異な兎だ。
メイクーン領にもいるけど臆病ですぐに逃げ出すのため仕留めるのが難しい。
二本の角は加工すると透明感のある杏子色になるので装飾品の素材として珍重される。
仕留めたいけどネグロスはどうするつもりだろう。
俊敏な兎だから剣だと結構辛い。
弓でも使わないと攻撃が届かない。それでも逃げられるので罠を使って捕まえるのが主流だ。
僕は短剣を二本構えてゆっくりと距離を詰めていく。
ある程度近づくと足を止めてネグロスの様子を伺うと、彼は二刀を抜いた状態で杏子兎の左から更に背後に回り込んでいる。
ネグロスが近づいて行き彼の間合いまで後少しとなったとき、一瞬彼の姿がブレた。
次の瞬間には細剣の先が杏子兎の喉を突いている。
おぉ、凄い足捌きだ。
鋭い突きで仕留めたので、突きが良かったのも確かだけど、その突きに持っていくまでの足が凄い。
気配を殺して近づき、一気に間合いに踏み込んだ。
「凄いね。いい足だった」
「ふっ。荒れた岩山でも兎を狩っていたからね」
「杏子兎は預かるよ」
しばらく血を抜くために手に下げて持った杏子兎を腰鞄に入れると、ネグロスが羨ましそうに見てた。
「この調子でもう少し奥に進もうか」
「そうだな。せっかくだから小遣いぐらいは稼ぎたいし」
ネグロスもコーニー子爵家の嫡子だから生活に困ることはないだろうけど、機会があれば自分で稼ぎたいようだ。
僕も同じようなもんだし価値感が近いと助かる。
ネグロスが剣を納めると僕も短剣を仕舞って歩き出す。
どうせならもう少し大物を見つけたい。
まだ陽が高いのでそんな風に思いながら歩く。
しばらく歩くと、何か山道に違和感を感じる。
さっきまでと何か違うなぁ、と思って注意しながら歩いてると徐々に違和感が強くなる。
何だろうと思っているとネグロスも気づいたようだ。
「何か変だな……」
「うん。何か気持ち悪いね。
何だろう?」
二人して足を止め木陰に身を隠して周囲を観察する。
誰かに見張られてるとか、つけられてる訳では無いようだけどと悩みながら上を見ると、その正体に気づいた。
「木の葉や木の実が少ない。
この辺りは誰かが切り開いてるようだね」
「ん? あぁ、陽当たりが違うから変に感じたのか。
でも、何でそんなことするんだ?」
本当に何でわざわざそんなことをするのか?
碧玉の森は開拓しない森なのに。
……逆か。森が深くならないように適度に間引いてるのか。
ついでに樹種も選別してるようだ。
「意図的に木を選別してるみたいだ。
だから違和感があるんじゃない」
「なるほどね。王の狩場ともなると五年後、十年後を考えて森を育てるんだろうな」
雑多な樹種が混ざってる区画と、選別されてる区画では森の雰囲気がこんなにも違うとは思わなかった。
改めて森の様子を観察してると前方から獣人の声がする。
「ネグロス、この先に誰かいるようだ。
このまま進む、それとも避けて移動する?」
声をひそめてネグロスに聞いた。




