第八十五話
西大公都バスティタにある冒険者ギルド。
その訓練場で登録試験を受けている僕は試験官との一騎討ちで合格を勝ち取るために、日本刀を思い切り振った。
正眼に構えたところから刀を振り上げると一気に試験官に向かって飛び込んだ。
同時に振り下ろした刀に対して試験官の反応が遅れる。
このままだと僕の刀が試験官の頭を割ってしまう。
マズい。
そう思った瞬間、日本刀が短くなった。
短くなった日本刀が試験官の目の前に振り下ろされる。
僕の刀が試験官の前髪を何本か斬ってから、試験官の木刀が日本刀を防ごうとして空を斬った。
あっ。
日本刀を短くできた。
作ることができれば、消すこともできるということか?
そんなことを考えながら、左手で試験官の腹を殴り怒鳴りつけた。
「遅いぃぃ。死にたいのかっ!」
登録試験の受験生が試験官を殴り飛ばして怒鳴るなんて、僕は何てことしてるんだ。
……そんな風に客観的に見てる自分と、危うく試験官を殺しかけて感情を爆発させてる僕。
呆然とする試験官の前で短くなった日本刀を持ち上げると、確かに一メートルほどの刀身が二十センチメートルにまで短くなっている。
腹を押さえて蹲っていた試験官が、僕の日本刀を見て怪訝な顔をした。
僕の斬撃を防ぐことができずに前髪を斬られ、腹を殴られた上で短い日本刀を見せられる。
彼にはまだ理解できないようだ。
「咄嗟に僕の刀を短くしました。
こうしないと貴方を斬っていました。
次からは自分を過信しないことですね」
「あぁ?
どういうことだ?」
まだ理解できないみたいだ。
「まだ分かりませんか?
貴方は僕の刀をかわせなかったんですよ。
僕が自分の刀を短くしたから、前髪だけで済んだんです。
死にたくなかったら、受験生に剣や刀を持たせないことです。
まぁ木刀でも死ぬかも知れませんが……」
短くなった自分の日本刀を鞘に納めると、落ちてる木刀を拾って試験官に渡す前に確認する。
「こういう場合も合格でいいんですよね?」
「あぁ、合格だ。Dランクにしてやる」
「そうですか。ありがとうございます」
言質を取ってから試験官に木刀を返した。
冒険者ギルドの受付に戻ると、ギルド職員からもらった『合格。Dランク』と書かれた紙を受付嬢のケイトレンジに渡す。
「えっ? Dランクですか?」
「Dランクですね。そう書いてあるはずです」
丸い目を一層丸くしてるケイトレンジに向かって冷たく言ってしまった。
どうもさっきの試験で気が立っているみたいだ。
「分かりました。
それでは手続きを進めさせて頂きますので、こちらにお名前と得意な武器、魔法などをお書きください」
言われた通り紙にハク・メイクーンと書いていく。
二枚目のライセンス証なので慣れたものだ。
「依頼書以外に常に買い取っている魔物とか討伐を奨励してる魔物とかはいますか?」
冒険者ランクの説明なんかを聞き飛ばしながら自分の知りたいことを質問する。
ケイトレンジは真面目に対応してくれるので結構気に入ってきた。
「それですと南西に広がる碧玉の森ですね。
比較的手頃な採取エリアですし、魔物の多いエリアです。
ただし、森の奥は踏み込む獣人も限られているのでかなり高ランクの魔物がいる可能性もあります。近いからと言って完全に安全なエリアという訳ではありません」
「へぇ。
どんな魔物が出てくるんですか?」
「小さいものだと杏子兎、大きくなると香梅猪、藍背熊などです。
小さくても鳥兜黄蛇や壊腐家守のように毒を持った魔物もいますので解毒の魔水薬を持って行かれるといいと思います」
「なるほど。
ちなみに碧玉の森で採取できるアイテムは何がありますか?」
「洋紅胡桃や赤茄子茸、鈴蘭大蒜などでしょうか。
高級食材として取引されるようです」
「ふぅ〜ん。
ありがとうございます。冒険者ギルドで分類や解体はしてもらえますか?」
「はい。少し手数料がかかりますが最初はギルドを通された方が無難かと思います」
「分かりました。
では碧玉の森への行き方を教えてください」
「はい。馬車で南に二刻、西へ一刻ほどになりますので、南門を出てから南進路でジャヘルの街まで行って、碧玉の村に行くのが一番です」
こうして会話してると外見ののんびりした印象とは違ってケイトレンジは淡々と機械的に対応してくれる。
初対面なのに子供だと侮ることもないし。
ライセンス証に血を垂らして処理してもらうと正式な僕のカードができ上がった。
ライセンス証を受け取り、冒険者ギルドの中を見渡すとネグロスがいる。
待っててくれたみたいだ。
「やあ、お待たせ」
「いや、ハクも来たんだな。
合格して良かったな」
「うん。他に合格した獣人はいたのかな?」
「俺がここで見てた感じだといないね」
「ふ〜ん。
ネグロスはこれからどうするの?」
「冷たいなぁ。せっかく待ってたんだし一緒にどこか行こうぜ。
俺、Fランクだから一人じゃ依頼受けられないし」
「一泊になってもいいかい?」
「お〜、いいじゃん。
ずっと学院の中だったから遠出もいい、むしろそれがいい」
「馬に乗れる?」
「それぐらい大丈夫に決まってるだろう」
そう言って親指を立てるとニカっと笑う。
一人で行くより危険も少ない。
元々予定も無かったし一緒に行ってもらうとしよう。
「それじゃ一緒に行こうか。
目的地は南西にある碧玉の村。
そこから碧玉の森に入って狩りをして来よう」
「まだ荷物を揃えてないけど、どうする?」
「森に入ってちょっと狩りをするだけだったら武器があればいいよ。
魔水薬は僕がいくつか持ってるし。
危なそうなところには近付かない。
ネグロスの足なら逃げれるだろうし」
「どうした?
やけに逃げることを強調するな?」
「あ、ゴメン。
まださっきのを引きずってるみたいだ」
「ん? 何かあったのか?」
「いや、大したこと無いよ。
それよりも、屋台で腹ごしらえして馬を借りに行こう」
「そうだな。
朝イチで出てきたし、この後馬で走るなら軽く食べておきたい。
馬でどれぐらいかかるんだ?」
「馬車で三刻って言ってたし、馬で行っても少し早くなるぐらいじゃ無いかな?」
「そうか、それなら昼過ぎに着けるといいな」
僕たちは南門に向かって歩き出した。
途中で適当に買い食いしながら、多少保存できそうな食べ物も買って腰鞄に入れていく。
「なぁ、ハクのところはかなり裕福なのか?」
「どうして?」
「いや、魔法鞄って、かなり高額なはずだろ?」
「あ、これは僕が拾った神授工芸品だから。
魔水薬とかも拾ったから持ってるけど、地元じゃ買えないよ」
「何だ、そうなのか。
普通に使ってるからたまに魔法鞄ってのを忘れてて、急に大きなものが出てくると違和感が凄いんだよ」
「地元には冒険者ギルドも無いからね。
だから初っ端の休みにギルドに来たんだし」
「何だ、そこも一緒かよ。
うちの領もギルドが無いからライセンス証に憧れてたんだよな」
「クロムウェルのところならありそうだし、あらかじめライセンス証を持っててもおかしく無いんだけどね」
「せっかくライセンスを取ったんだし、ランク上げてぇな」
「そのうちに機会があるよ」
「そうだな。
知らないうちにランクを上げてクロムウェルを驚かしてやるぜ」




