第八十一話
翌日。
バスティタ上級学院の授業初日。
僕は昨日指定されたように、軽装に日本刀を下げて身嗜みを整えた。
一応、腰鞄をつけてその中に蒼光銀の長剣二本と銀糸のマントも入れてある。
あまり仰々しくしたくないけど、どんな授業か想像がつかないので念のための装備だ。
部屋を出てロビーで二人を待ってると、クロムウェルがやって来た。
クロムウェルは腕と胸に黒い皮当てを装備して黒地に銀の縁取りを施したマントを靡かせている。
腰に細剣を提げて、背中に両手剣を背負っている。
……これから戦争に行くつもりか?
「すまない、準備に時間がかかってしまった」
「いや、いいんだけど……。
凄いね。その装備」
「あぁ、父上が持たせてくれたので初日ぐらいはな」
クロムウェルが照れているとネグロスが降りて来た。
「お待たせ」
ネグロスもまた凄い格好だ。
忍者スタイル?
黒一色のタイトな服で腰の両側に細剣を下げている。
背中側には短剣も提げてるし、暗闇で会ったら絶対に逃げ出すよ。
「ネグロスも凄い服装だね」
「一応、戦闘服なんだよ。
今日の授業の内容が分からないからな」
……この調子だと、貴族のみんなは一族伝来の勝負服で授業を受けるのか?
初授業前に教室内が混沌としてる。
どこまでが本当の戦闘服か分からないけど、クロムウェルの上を行く服装をしてるヤツが十人はいる。
特にヤバいのが三人。
顔見知りなのだろう、三人で一塊になっている。
窓際の前の方。僕たち三人の席の前だ。
真ん中にいるのが全身真っ白な女性の白猫。
僕も真っ白と言われるけど、僕より白いんじゃないだろうか。長毛種なのも一緒。
だけど身につけてる装備が違う。
透ける白地に金糸銀糸で刺繍したローブ、僕が迷宮で見つけたような銀のアクセサリーをしているし、蒼光銀のレイピアだ。細剣よりも一回り細身だけど鋭い。
魔法鞄を後ろに回している。
横にいるのが大柄な女性。
茶色に黒い斑模様で、しっかりとした胸当て、籠手、脛当てを装備して蒼光銀の長剣と魔法鞄を持ってる。
後ろに控えてる女性も凄い。
真っ白な毛並みだけど、真っ黒なローブを着てる。
そして深淵黒檀の杖に黄色い宝石が嵌っている。
この女性も魔法鞄を持ってる。
……絶対に上級貴族の子女だ。
他の生徒の装備を品定めしてると担任のジュビアーノが入って来た。
彼女も紺色にローブに深淵黒檀の杖を持っている。
「それでは皆さんには今の実力を認識してもらいましょう。
これから、演習場に出ます。
皆さんは装備を持ってついて来てください」
演習場は昨日、山道を走ったスタート地点だった。
「それでは、今日は青のコースにしましょう。
昨日と同じように走ってもらいます。
先頭の人についていけばゴールできるので、頑張ってください。
それでは、スタートです」
考える暇も無く、授業が始まった。
ほとんどの生徒が問答無用でダッシュを始める。
一瞬躊躇った生徒が遅れてついてくる。
重い装備で固めた一部の生徒にとって厳しい授業だ。
そんな生徒を目の端で捉えながら僕も走り出す。
先頭集団にはネグロスがいる。
昨日はバラバラなスタートで順位が分からなかったけど、今日は同時スタートで気合が入ってる。
そのすぐ後ろに上級貴族の三人。
実力も凄いようだ。
僕が真ん中よりちょっと前。
真ん中から後ろは既にバラけてる。
クロムウェルは何とかついて来てるけど、更に後ろに泣きそうになってる三毛猫がいる。
コースの長さも分かってるし、少しペースを上げよう。
森の中に入ったら、若干周りのペースが落ちる。
慣れてなくて走りにくいのだろう。
可哀想だけどゴボウ抜きにして置いていく。
コースが下りになったあたりで上級貴族三人組を捉えた。
スタートからずっと三人揃って走ってる。
……関わらない方がいいな。
ペースを上げて一気に追い抜いた。
森の木々を抜けて平原に出ると、ゴールに大勢の獣人が見える。
何で?
ペースを維持して走りながらゴールを見ると、クロムウェルや三毛猫の女性がいる。
……半数ほどは途中で止められたらしい。
「八番」
ゴールすると順番を告げられた。
八番。
ゴールの先には板があり、今、僕の名前が書き込まれている。
上から三番目にネグロスの名前がある。
残念ながら勝てなかったようだ。
「九番、十番、十一番」
後ろを見ると上級貴族三人組がゴールしてる。
「お疲れ様」
ネグロスが声をかけてきた。隣ではクロムウェルが座り込んで休んでる。
「お疲れ様。
三位入賞おめでとう」
「ありがとう。って言っても一位、二位にはかなり離されちまった」
「最初に先頭争いをしてた二人?」
「そうそう、負けたよ。
一人はチーターの血が入ってるようなことを言ってたし、俺もまだまだだな」
「はぁはぁ、ネグロスたちはこんなに速かったんだな。
私は森の中に入らせてもらえなかった」
「それで、か。
やけに大勢がゴールしてると思って不思議だったんだ」
「装備とかもあるよね。
重装備で軽装の俺たちには勝てないよ」
結局、十九人がゴールしたところでランニングが終わった。
完走率が四十パーセントを切っている。
「次は訓練場だ。行くよ」
全員が揃うとジュビアーノが先導して訓練場に向かう。
誰もいない訓練場に入って行くと、ジュビアーノが生徒を一ヶ所にまとめて座らせた。
「今度はみんなの前で再度自分のアピールをしてもらう。
これから一緒に学ぶ仲間だ。自分のことを知ってもらうためにも頑張ってアピールするんだよ」
ジュビアーノはそう言うと、ランニング一番のベルトラン・チルトレックスを指名した。
ベルトランが緊張した雰囲気で前に出る。
武具置き場から木剣を二本取って来て準備をすると、合図をした。
「始めます」
ベルトランはそう言って木剣を一本前方に山なりに投げる。
眼でその木剣の軌跡を追ってると、ベルトランがダッシュをして前方に回り込むと、構えた木剣で迎え撃ち、叩き落とした。
自分一人で剣を投げて、その件の先に回り込んで叩き落とした素早さが凄い。
おおぉ〜。
他の生徒から歓声が沸き起こると、頭を下げてベルトランが下がった。
二番手はミケルソン・ラパーマー。
ベージュ地の毛色に明るいオレンジの縞模様が入ってる。
彼は背中に背負っていた短弓を構えると訓練場に端にある土塁の的を射た。
距離は百メートルほどあるだろう。これも凄い腕だ。
おおぉ〜。
またしても歓声が湧き上がった。
三番手はネグロス。
最初の二人がかなりのアピールだったけど、大丈夫かな。
ネグロスは前に出ると、腰に提げていた二本の細剣を抜いて演舞を行った。
素早い動きで剣を振り、三十秒ほどの舞を舞った。
キレのある二刀流の舞だった。
おおおぉ〜。
予想を裏切る出来だ。
マジか?
みんなのアピールが凄くて、今度は僕が不安になってくる。
順調に進んで僕の番がきた。
検定のときと同じように木剣と鉄剣を持って前に出る。
二度目で余裕があるから、木剣を選ぶときに魔力を流して感触の良い剣を選んだ。
しかし気分的には検定の時よりもハードルが高い。
鉄剣を地面に突き刺して立てると、木剣を構える。
深呼吸して木剣に魔力を纏うと、一気に鉄剣を斬った。
……成功。鉄剣が斬れて握りの部分が落ちた。
おおぉ〜。
みんなの声を聞きながら、鉄剣を拾うと精錬で結合させて引き抜いた。
……ん?
一瞬で歓声が消えた。
振り返ると全員が目を見開いて固まっている。
固まられても困るんですけど。
……微妙な雰囲気のまま、交代だ。
ゴメン。
九番目の獣人に心の中で謝った。
「次はセラドブラン・サーバリュー」
「はい」
そういえば九番手は上級貴族の三人だ。
前に出たのは真っ白なお嬢様。
みんなの視線が期待に変わる。
流石はお嬢様。
しっかりとした足取りで前に出ると魔法鞄から杖を出す。
永精木だと思うけど、残念ながらよく分からない。
「……、……」
何か詠唱をしてるようだ。
あ、魔法陣が出た。
ドン!
火炎陣だ。
大きな火柱が垂直に伸びる。
うわぁあぁ!
……歓声が悲鳴のようになってる。
フェンスでこの火柱に耐えられるのか?
ちょっと心配になったけどわざわざフェンスで囲ってるんだから、大丈夫だろう。
それこそ魔導具か何かで強化してるはずだ。
脱線してしまったけど、八歳でこの魔法は凄いな。
「次、ノアスポット・シャルトリ」
大柄な斑模様の女性だ。
彼女は中央に出ると蒼光銀の長剣を構えた。
ん?
魔力を流してるようだ。
長剣が淡く輝いている。
その状態で三十秒ほどの型を演じた。
うおぉぉ〜。
カッコいいなぁ。
正統派の流派だ。何て言うのか気になる。
「次はパスリム・ペルシア」
「はい」
今度は黒ローブの白猫だ。
「……、……」
深淵黒檀の杖を握り締めて前に進むと、何か詠唱してる。
ここまではセラドブランと同じだけど、どんな魔法が来るか?
来た! 魔法陣。
ズガン!
突土槍。
おおぉぉ。
土魔法、初めて見た。
皆んなに混ざって歓声を上げた。




