第八話
ぐっすりと眠った僕は朝からパーティを組んで迷宮にやって来た。
今日のメンバーはレイピアを装備したサラティ姉さん、魔術師のシルヴィア姉さん、衛士隊からパックス、ロッジ、アデスの三人、そして僕だ。
「ハク、何かあれば私を頼っていいからね」
「サラティ姉さん、迷宮に入る前から何言ってるんですか?
私の魔法とハクの剣技があれば大丈夫ですから今日は大人しく私の後ろを付いて来て下さい」
「いや、私は騎士だ。ハクと共に前を歩いて魔物を排除するぞ」
「そうは言っても道順も知らないじゃないですか?
今日は昨日よりも深く潜るので余り寄り道はできないです」
「ぐぬぅ……」
サラティ姉さんとシルヴィア姉さん、二人の会話に割って入ったら逆に炎上してしまうので、聞こえないフリをして先頭を歩いてたけど、何とか治まったようだ。
「今日は最初に蒼光銀の短剣で粘性捕食体と戦ってみます。
腐食具合を確認して粘性捕食体との戦い方を検討します。
先頭は僕、次にロッジにアデス、サラティ姉さんとシルヴィア姉さんで、殿がパックスです。
サラティ姉さんは魔法を使うときのシルヴィア姉さんを守ってあげて下さい。
シルヴィア姉さんは道順についてサラティ姉さんをフォローして下さい」
昨日よりも緊張気味の衛士隊の三人が姉さんたちと隊列を組むと迷宮に入った。
衛士隊の三人からすると、サラティ姉さんは厳しい上司なので動きがぎこちない。
昨日は回避して探索を優先したけど、サラティ姉さんが見るからに戦う気満々なのも一因だろう。衛士隊としては気が抜けない。
早速粘性捕食体を見つけたので、蒼光銀の短剣で核を突いて倒す。
粘性捕食体がその形を崩して溶け、地面に消えた。
蒼光銀の短剣は一切傷ついていない。腐食の気配もない。
流石は蒼光銀と言うべきか。
鉄と蒼光銀の違いは驚くほどだ。
「蒼光銀なら大丈夫そうです。
やり過ごす場合は別として、粘性捕食体を倒すときは蒼光銀の剣も有効に使いましょう。
ということで、蒼光銀の短剣はシルヴィア姉さんにも渡しておきます。
危険なときには躊躇わずに使って下さい」
「えっ? いいの?」
「はい。僕が持っていても余り変わりません。
僕には蒼光銀の長剣がありますし、サラティ姉さんはレイピアを持ってますので、短剣はシルヴィア姉さんが使って下さい」
蒼光銀の短剣を渡すとシルヴィア姉さんがしみじみと握りしめてる。
蒼光銀の武器は少しでも有効に使おうと思っただけなんだけど、シルヴィア姉さんには何か思うところがあるみたいだ。
「ありがとう。
魔法が追いつかないときには短剣で戦う」
「はい。でも、あまり無理はしないで下さいね」
「もちろんよ。ふふふっ」
シルヴィア姉さんが短剣を腰に下げると微笑んだ。
それから一気に迷宮を突き進む。
シルヴィア姉さんの魔法と蒼光銀の武器があると粘性捕食体は敵じゃない。
回避できそうなときは回避し、難しいときはサクッと撃破して進んだ。
衛士隊の三人に荷物を持ってもらい、道は僕たちが切り開く。
道順も分かっているので昨日よりもかなり早く五階層に到着した。
昨日は迷宮の実態を調べ、今後の対応を考えるための調査だった。
今日は限定特典を手に入れるため。
メイクーン領をこれから復興させる必要がある。
昨日弔った五十人の兵士。崩れた家。荒れた畑。
僕たちが一階層進むことで宝が手に入るなら、一階層でも深くまで潜る。
今やらなければ、明日にでも近隣の援軍が迷宮に潜るだろう。そうなったら限定特典はその援軍の人たちのものになってしまう。
今日は、行けるところまで潜る。
それが僕たちの役割だ。
五階層に入り魔石亜人形が出て来たとき、サラティ姉さんが蒼光銀レイピアの一撃で倒した。
二メートルを超える魔石亜人形が頭を貫かれてそのまま真後ろに倒れる。
サラティ姉さんの剣技は僕よりもかなり上なので、僕が力任せに長剣で殴るよりもスマートで早い。
そのおかげで魔石亜人形の弱点が頭だと分かった。
魔泥亜人形は泥の粘性捕食体に近い感じだったので、ブスブスと長剣を突き刺して中にある核を壊してきた。
魔石亜人形は人間に近い体をしていて体をバラバラにして倒してきたけど、頭が弱点なら僕が頭を長剣で切り飛ばすのもありだ。
残念ながら少し身長が足りなくて長剣が届かないのを何とかしなければならないけど……。
サラティ姉さんがレイピアで戦うことで魔物との戦い方も変わっていく。
魔石亜人形の体は魔力の宿った石でできている。
スファルル姉さんへの手土産に腕の一部を砕いて衛士の忠犬パックスに持ってもらった。
慣れてくると危なげなく魔石亜人形を倒せるようになり、六階層に入った。
六階層の敵は五階層と同じだった。
粘性捕食体、魔泥亜人形、魔石亜人形。
かなり偏った魔物の編成だ。
集団暴走で溢れ出した魔物とも違うし、何か理由があるんだろうか?
蒼光銀の短槍を見つけたので、パックスに預けて更に先に進む。
本当に限定特典で蒼光銀の武具、防具が揃いそうだ。
七階層に入ると新しい魔物が出てきた。
これまでの魔物に追加して大型の黒い鼠、狂黒鼠が増えた。野生の黒鼠というか、大きくなってほとんど猪みたい鼠が凶暴化したものだ。毛皮が厚くなり刃が通りにくくなっている。
体長一メートル程の黒鼠が赤い眼をして噛み付いてくるのはあまり気持ちの良いものではない。
衛士隊のアデスが鉄剣で狂黒鼠に斬りかかったけど毛皮で弾かれ、体当たりで吹き飛ばされる。
カバーに入った僕が斬りつけると、蒼光銀の長剣はアッサリと狂黒鼠の首を落とした。
相変わらず鉄剣では刃が立たない。蒼光銀の武器を持っているから先に進める。
少し優越感を感じながらも、危機感を感じる。
この先、どこまで硬くなるのか?
蒼光銀でどこまで行けるのか?
不安を感じながらも八階層、九階層と進む。
鉄爪土竜、一刀兎、茜牙魔狼。
現れる魔物が徐々に、自然の生き物が魔力に侵された姿になって襲って来る。
更に深く潜ると、鹿や熊も現れそうだ。
「サラティ姉さん、疲れ具合はどうですか?」
「まだ大丈夫だけど、少し休憩できるといいかな」
「シルヴィア姉さんは?」
「私の方は大丈夫。今日は昨日ほど魔法を使ってないからね」
衛士隊の三人はあまり戦闘をしていないので、まだ余裕がありそうだ。
休憩場所を探してる内に十階層の階段が見えた。
これまでのところ漏れなく限定特典を手に入れている。
蒼光銀の戦棍、杖、戦斧。そして二本目の長剣。
見事に蒼光銀の武器が各種揃っていた。
パックスだけではなく、ロッジにも分担して持ってもらっていると、そろそろ戻る頃合いに思えてくる。
「十階層で神授工芸品を見つけたら戻りましょう。
ただし、十階層は区切りの階層なので一際強い階層主がいる可能性もあります。
その場合は生き延びることを最優先します」
そして、十階層に降りた。
十階層は真っ直ぐな一本道になっている。
結構長い。
真っ直ぐ進んだ先に両開きの大きな扉がある。
高さは三メートル、横幅は二メートルほどの石の扉。
何やらうねるような紋様が施してあり、右と左で二匹の蜥蜴が向かい合うように配置されている。
尻尾を上に上げて、下を向いた蜥蜴が舌を出している。
この奥に階層主がいるのは間違いないようだ。