第七十九話
入校の儀当日。
僕とネグロス、クロムウェルの三人が大講堂に向かって歩いてると、途中の道に大きな板が貼られて『試験会場はこちら』と大きな矢印が書いてある。
続けて書いてある説明を読むと入校の儀を受けてから鑑定の儀だと思っていたら、逆だった。
僕たち貴族は入校が確定しているけど、平民の入校は鑑定の儀と検定の儀を行いその結果で決まるため、まだ入校が決まっていない。
だから鑑定と検定を先にやる。
なので、今日の午前中が試験で午後から入校の儀だ。
ちなみに鑑定でどれほどの能力を秘めているか見定めて、検定で一定基準の実力があるか判断するようだ。
矢印に従い進んで行くと、平民だけでなく僕たち貴族も混ざってただの平地に設営された大型テントの前に五百人の獣人が五列に並べられる。
そこに並ぶと順番にテントの中に呼ばれ、中に入って名前を確認してバッジを渡される。
「ハク・メイクーンです」
「はい。三十七番です。
この水晶に手を当てて下さい。
力を入れなくて結構です」
椅子に座り、テーブルに置かれた水晶に手を載せると水晶が白く光った。
テントの中には六人の獣人がいて目の前に座る女性が鑑定結果を告げる。
「白。
鑑定結果についてはみだりに話さないようにして下さい。能力に関することですので、ご自身の能力を開示することにも繋がります。
ご注意ください」
白と言われ、後ろに控える試験官らしき獣人が何かを記録してテントから吐き出される。
……これが鑑定の儀だった。
白。……僕の毛色じゃないよな。
他に何があるか分からないから検討がつかない。
魔法が使えるかどうかを見極めるんじゃなかったのか?
誰か、もっと情報をくれ!
白って何だ?
しばらくしてネグロスやクロムウェルも同じテントから出て来たけど、お互いに鑑定に関することは話さない。
話したい気持ちを抑えて静かに次の指示を待つ。
テントから出てきた獣人が溜まって来ると、試験官に次の場所に行くように指示された。
十分ほど歩くと今度も大きなテントが張ってある。
今度はバッジの順番で並ばされる。
次は検定か、何をするのだろう?
「次の方、中へ」
呼ばれてテントの中に入るとこのテントの中にも六人の獣人がいる。
「次は検定の儀です。
あちらの出口を使ってテントから出たら、赤の矢印に従って走って下さい。
できるだけ早く隣のテントに戻って来てください」
「距離はどれくらい?」
「申し訳ありません。質問にはお答えできません」
「あ、そう」
「出発の準備をしてください。私の合図で出発してください」
出口のそばの女性が手元の板を確認しながら天幕に手をかける。
「三、二、一、出発してください」
天幕が小さく開けられると、確かにポツリポツリと立板が見える。あの立板に従えばいいらしい。
……それにしてもなぜか受験生があちこちに分かれて走ってるし、グラウンドかと思ったらただの平原で端の方には森がある。
このまま矢印に従って森の中も走るのか?
受験生がバラバラに走ってる理由は一枚目の立て札で分かった。
赤の矢印が上、緑の矢印が左、青の矢印が右を向いて書いてある。二段目には黄色が上、黒が上、紫が上を向いてる。
色によってルートが違うらしいし、色も多い。
思ったよりも大変そうだ。
僕は赤だったから、更に真っ直ぐ走る。
二枚目の立て札は更に意地が悪い。
黄色が右、黒が左を向いているけど、他の色は書いてない。
さっきの立て札で赤が上を向いていたか不安になる。
そのまま真っ直ぐに走り、何回か立て札に従って曲がると次第に木々の間を走ることになってきた。
予想通り森の中も走ることになったけど大丈夫か?
途中で他の受験生を抜いたり、逆に抜かれたりしているけど、全体の距離がわからないからペース配分が難しい。
そんな中、森に入って道に迷ったら、転んで怪我をしたら、疲れて動けなくなったら……。
僕の体力に問題はない。
こんな森の中を少し走ったぐらいでバテるような鍛え方はしていない。
……しかし周りを走る受験生が心配になってくる。
明かに周りを走る獣人のペースが落ちている。
心配してると、三毛猫の猫人が倒れてた。
いや、こんなところで倒れるなよ。危ないぞ。
三毛猫の女性って珍しいな、と思いながら近づく。
疲れただけだけみたいだ。仰向けに寝転がって休んでる。
収納庫から短剣を取り出して、表面に水を凝結されると三毛猫の顔にかける。
「うん……」
薄く目を開いて、口を開ける。
「あんまり無理するなよ」
開けた口に再び水を垂らすと必死に舐めてる。
昔はポタリポタリと垂らすぐらいだった水量も今ではチロチロと垂れるぐらいなっている。
「頑張ってね」
一息ついたところで、声をかけると後は放っておいて走り出す。
森の中に入り、上り斜面に入ると立て札が減った。
何度も何度も獣人が通り出来上がった山道がある。
その道を走っていく。
立て札が無いと本当にこの道で合っているのか心配になるけど、振り返らない。
斜面を登り続けてると、僕一人だけ間違えたんじゃないかと思うぐらい獣人の気配が無い。
ここは学院内の敷地か、学院に隣接する森なのか、変なことを気にし始めたとき、山道の先に獣人が三人見えた。
『試験官』と書いた布を胸元につけている。
「お疲れさま。
名前と番号、それから色を教えて下さい」
スラリとした男性の猫人が声をかけてきた。
「ハク・メイクーン。三十七番。
赤色です」
「分かりました。
このまま進んでください」
……チェックポイントだった。
その後は山を下る道が続いてスタートの平原に戻って来た。
今の平原には獣人がまばらにしかいない。
五百人いた受験者はどこに行ったのだろう?
ゴールのテントに入ると名前を聞かれて答える。
「ハク・メイクーン。三十七番。
赤色です」
「お疲れ様です。
次はテントを出て左にずっと進むと訓練場があります。
そちらに行ってください」
「はい」
テントを出ると矢印の立て札があって、左を向いている。
山の中を一時間ぐらい走ったし結構疲れた。
まだ続くならちょっと休みたいところだ。
意図的にゆっくりと歩きながら深呼吸をして歩くと、呼吸が落ち着いた頃に訓練場が見えてくる。
フェンスで囲っただけの訓練場でかなり大きさだ。
ただの平原とフェンスで囲っただけの訓練場の違いがよく分からないが……。
フェンスにあるゲート開けて中に入る。
「お疲れ様です。
こちらに並んでください」
列に並んでるのは十人ほど。
五番目ぐらいにネグロスがいる。
他に並んでるのはどちらかと言うと細身で俊敏な種族が多い。
様子を見てると内容は今までと同じようだ。
名前と番号を伝えて、実技を行う。
実技は何でもいいみたいで、型みたいな素振りをしてる獣人が多い。
一人だけ虎模様の猫人が魔法を使ってた。
僕の順番が近づいてきて椅子に座り、机の上に書類を並べた試験官に呼ばれる。
「名前と番号、色を教えてください」
「ハク・メイクーン。三十七番。
赤色です」
「順番がきたらお呼びします。中央に進み、自分の力をアピールしてください。
的が必要でしたら、端にある土塁の的を使って頂いても結構です。
武具はそちらにある武具を自由に使って頂いて結構です」
急にアピールと言われても難しい。
自分の力で何かアピールできることがあっただろうか?
「次、三十七番、始めてください」
試験官が無感情に告げる。
僕は咄嗟に木剣と鉄剣を持って前に進んだ。
ギルドでも強さを調べるのに永精木を使ってたから、多分、この学院も同じだろう。
木剣を使いこなせば少なくとも冒険者としての力を認めてくれるはず。
鉄剣を地面に突き刺して垂直に立てる。
一歩下がって木剣を構えると魔力を流した。
綺麗に魔力が流れる。
当たったようだ。
永精木じゃなかったら、別の方法を考えなきゃいけなかった。
深呼吸をして、一気に鉄剣を袈裟斬りにした。
鉄剣が斬れて綺麗に落ちる。
木剣を納刀してから斬れた鉄剣の柄を拾い、刃の部分を抜こうとしたけど刀身しかないので持ちようがない。
仕方がないので地面に刺さったままの刀身に、拾った柄の部分の切断面を綺麗に合わせると、鉄剣を精錬して結合させた。
そして地面から引き抜くと一本の鉄剣として甦る。
審査官が木剣と鉄剣を睨んでるけど、そのまま元の武具置き場に戻した。
すぐに試験官の一人が木剣と鉄剣を取って確認している。
「お疲れ様でした。
鑑定の儀と、検定の儀の結果については順次大講堂の前に掲示します。
合格された場合は午後から入校の儀に参加してください。
残念ながら不合格の場合はこのままお帰りください」
「はい。分かりました」
丁寧にお辞儀をすると訓練場のフェンスから出た。




