第七十八話
暑い夏が終わり、僕の上級学院への入校の日が来た。
バスティタ上級学院は西大公都バスティタにある。
旧四国でできているセルリアンス共和国には皇都エレファンティスがあるが、旧エレファンティス以外の国には大公都として西大公都バスティタ、東大公都アヌビシェ、南大公都ホゥルスがある。
これらは旧四国時代の各国の王都であり、今は大公爵となった旧王家が治める自治領だ。
三大公都は皇都に次ぐ規模の街で、西大公都バスティタの獣人口は百万人を超える。
バスティタ上級学院は西大公都から徒歩で一時間ほど離れたところにあった。
レドリオン公爵領からメイクーン領に戻った僕は父さんたちとメイクーン領の今後について検討した。
銀の蜥蜴の迷宮をどう抑えるか、どう収益を上げるか。
しかし、現状ではメイクーン領軍で定期的に探索をすることのみにした。
結局、どんな神授工芸品が出るか分からないので自由化できないのだ。
どんな魔物が出るかは一通り分かるけど、僕が蒼光銀の武器を得た後、たまに出るのは金属の塊で持ち帰るのも一苦労する。
今のところ階層主を倒せるのは僕だけだし、徐々に人員と装備を増やすしかなかった。
……サラティ姉さんなら魔鉄亜人形を倒せそうだけど、何かあったら困るので父さんが禁止した。
神授工芸品がどれぐらいの頻度で出現するのか確認したくて、毎月のように階層主を倒したけど、十階層の魔鉄亜人形は一割、二十階層の蒼光銀粘性捕食体で二割、三十階層の蒼光銀亜人形で三割ほどの確率だった。
出現したのは全て蒼光銀の武器。
七ヶ月で五本の剣や槍を手に入れた。
僕が初めて倒したときは貴重な神授工芸品が出たし、限定特典で五十本ほどの武器を手に入れた。
レゾンド・レオパードやテンペス・クーガーに武器を渡したけどそれでもまだ山ほど残っている。
……それでも使いこなせる獣人がいない。
父さんに蒼光銀の武器の大半を預けてあるけど、武器だけでは二十階層までの魔物と戦うのが限界だ。
蒼光銀粘性捕食体には歯が立たないし、金属の鎌を持つ蟷螂や硬い金属の毛皮をしている熊とは戦えない。
すぐに解決できない課題を残したまま、僕は西大公都バスティタにやって来た。
上級学院に入校すると僕は学生寮で生活する。
大公都バスティタに屋敷がある者や、学院の側に屋敷を持つ者はその屋敷から学院に通う。
自領から離れ屋敷のない者は学生寮に入る。
それが決まりだ。
今回は自分の馬を使わずに、商人の馬車に同乗させてもらったりしてバティスタにやって来た。
バスティタからは幌馬車で三十分。
だだっ広い平野に延々と続く高い石壁だけが見えた。
幌馬車はその敷地の門の前で止まる。
幅二十メートルはある大きな門の前に降りると一直線に伸びる石畳の道が続いている。
入口の門から十分歩くと学生寮がある。
そこで案内を頼むと入学の儀までは校舎に入れないことが分かり、三日間の軟禁生活が確定した。
三階の自室に案内されて荷物を置いたら、することが無い。
暇なので寮内を探索しようとして部屋を出ると、真っ黒な獣人と鉢合わせる。
「おぉ〜、新入生だよね。
俺はネグロス・コーニー。北西のコーニー領出身。
君は?」
細身で真っ黒な身体。眼も黒い。
背は僕より少し小さいけど、姿勢と動きからからかなり鍛えてると分かる。
領地の名前が個人名に入っているので、領主の家系だ。
「僕はハク・メイクーン。西のメイクーン領から来ました。
あなたも新入生ですか?」
「あぁ。昨日到着した。
入校の儀に遅れる訳にはいかないから早めに来たんだ。
そしたらこの仕打ちだよ。
食事は食べれるし問題ないんだけど、とにかく暇でさ。
この寮を案内するからしばらく付き合ってくれよ」
ネグロスに引っ張られて寮を案内してもらうことになった。早速一階の食堂に連れて行かれると、奥に進み並べてあるコップに自分でサイダーを注ぐ。
「この食堂はいつでも食べ放題で休憩とかもできるんだ。食事時間以外は自分で奥のコーナーから好きなものを飲んだり食べたりしてもいいから、君も何か好きなものを選ぶといいよ」
ネグロスに勧められるのに従い、僕もサイダーを注ぐ。
「こっちの陽当たりのいい席にしようぜ」
さっさと座ったネグロスの向かいに座ると、食堂を見渡した。
奥のキッチンに獣人の気配がするけど誰もいない。
全部で二百席ほどある。
一階の食堂とかを除いて、一階層で三十部屋が五階層。百五十人ぐらいがこの寮で生活できそうだ。
「前日には入寮する奴らがほとんど揃うみたいだけど、みんなまだ来ないんだよ。
大公都で観光でもしてるのかな?」
「観光ならいつでもできそうだけど……」
「いや、どうかな?
ここの訓練は結構厳しいと聞いてる」
「あれ? そうなの?」
「別名、戦闘学院だからな……」
「戦闘学院?」
「お前、知らないのか?
下級貴族に必要なのは領地を魔物から守るための戦闘力だろ。他にも力自慢の奴が貴族に取り立ててもらおうとして集まるし。
上級貴族はエレファンティスの貴族学院に行くから、立身出世を狙う奴はこの学院で強さを磨くんだろ」
「そうなの?」
「さては、お前長男か?
領地を継ぐ奴はそこまで必死じゃないかも知れないけど、三男より下になるとここで腕を磨いて上級貴族に仕えるのを目標にしてここに集まってくる。
学院側もまずは強さって言う教育方針だぞ」
「なるほど。確かに、強さが必要だからそれでいいのか……」
「そうだ。
自分が強くなくちゃ領地を守れないだろ」
「そうだな。
僕が強くならないと」
サイダーを飲みながら、気持ちを改めた。
メイクーン領では迷宮のことばかり考えてた。
どうやって魔物を倒すか、どんな神授工芸品が出るか。
まずは僕が強くなる必要がある。
二度と集団暴走による犠牲を出さないために。
「それでお前はどっちなんだ?」
「どっち?」
「騎士コースと魔術師コースだよ。
一応、魔術師コースは魔法が使えないと入れないらしいけど鑑定の儀次第では入れるらしいぜ」
「へぇ」
「騎士コースだと今年は基礎で、来年から武器や志望する職種によって専門が分かれるらしいし」
「ふぅ〜ん。
でも魔術師って、なろうと思ってなれるものなの?」
「知らねぇ。
でも、魔法が使えたらカッコいいじゃねぇか」
「確かにカッコいいけど、頑張っても使えないんじゃ仕方ないし」
「そこはほれ、鑑定の儀って言うぐらいだから魔法が使えるかどうか見極めてくれるんじゃないの?」
「どうやって?」
「そんなの知る訳無いじゃん」
「何だよそれ?」
「いや、魔導具ってそういうもんでしょ。
きっと、本を開いたら精霊が出てきて教えてくれる、とか派手な光が出たりすんだよ」
「……そうだといいな。
ネグロスの言うような魔導具もきっとあるよ」
ネグロスの言ったのは、そのまま魔導書じゃないか。
魔導書が魔法を使えるかどうか判断してくれるんだったら、魔導書を持ってる僕が魔法を使えてもいいと思うんだけど、どうなんだ。
精錬したり、鉄剣を作り出したりしてるから魔法を使ってるっちゃ使ってるけど、シルヴィア姉さんやレゾンド・レオパードの使ってた魔法とは全然違うもんな。
どうせなら僕も攻撃に使える魔法とか身につけたい。
そんな話しをしてると食堂にもう一人入って来た。
鼻筋の通った鋭い顔に金色の瞳。筋肉隆々の大きな身体は銀地の毛に黒鉄の豹柄模様をしている。
「すみません。新入生の方ですか?」
渋くて落ち着いた声。ネグロスとは違う品の良さを感じる。
「そうだよ。君は?」
「私はクロムウェル・スノウレパード。北西にあるスノウレパードから来ました。
もし良ければ、色々教えてもらってもいいですか?」
「えっ? スノウレパード?」
名前を聞いたネグロスが怪訝な顔をした。
「そう。スノウレパードだけど、どうかしましたか?」
「いや、スノウレパードっていったら名門の辺境伯じゃないか?」
「あはは。名門って言っても辺境貴族だからね。
貴族学院よりはこっちの方がためになると思ってね」
スノウレパード領はメイクーン領の北東にある。
伯爵の中でも辺境伯として大きな領地を管理していて、領内には重要な砦も抱えている。
クロムウェルの大柄な体格は雪豹種と言われれば納得できる。雪豹種は普通白地に黒い豹柄なので、彼の銀毛はかなり珍しい。
「ふぅ〜ん。
君も力で仕官を目指すタイプ?」
さっきから理由は分からないけどネグロスがクロムウェルに絡み口調だ。
「ん? 何の話だ?
私は家を継ぐし、そのためにこの学院に来たけど」
「……って言うことは君も嫡男か。
それならいいんだ。
俺はネグロス・コーニー。仲良くやろうぜ」
「僕はハク・メイクーン。
僕も西の辺境出身だから、仲良くしてくれると嬉しい」
「あぁ、こちらこそ宜しく頼む」
入校の儀を前にして辺境の嫡子トリオが誕生した。
そして僕たちは三日後に鑑定の儀を受ける。
第三章突入です。
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