第七十七話
領軍の査問用会議室で報告会が続く。
新人狩りの討伐については、賊が妖精人だったことが判明して終了した。
僕は無関係と判断されたようだ。
続けて冥界の塔の攻略報告だ。
さて、どこまで話すか?
太陽の方尖碑と契約するまでは全部話すつもりだったけど、今となっては全部話すのはデメリットがある。
恐らく四十一階層から上はBランク程度では入れても進めない。
三十五階層も難しい。
問題は僕がどこまで行けたことにするか。
惜しいけど、三十五階層にするか。
炎角箆鹿なら手頃な魔物だ。階層主では無いけど、見栄えはいい。
上の階層で手に入れた神授工芸品は隠しておくしか無い。
ひょっとしたら何か情報を得られるかも知れないけど、今まで到達してないのだから情報も無いだろう。
実際、二十階層の階層主、双頭番犬の情報すら持ってなかった。
「それでは冥界の塔の攻略報告をさせて頂きます。
結論から報告すると、三十五階層まで上がりました」
「「「おぉ〜」」」
「三十一階層から上は骸骨の強化種と思われる魔紅骸骨が群れで出現します。
たまに噛砕土竜や蟻喰栗鼠が出るので、難易度は桁違いに高くなりました。
三十五階層の中央には炎角箆鹿がいたため、探索はそこまでで帰って来ました」
「魔物の素材、もしくは神授工芸品は無いのか?」
「魔物のサンプルなら一応ありますが、神授工芸品の方は特にありません。
手に入れたのは魔水薬と魔法巻物ばかりで、それも私が大量に使用しました」
「それでは魔物の方を見せてもらいたいのだが?」
くっ、やはりきてしまった。
仕方ない、見せるか。
「それでは、場所を用意して頂けますか?
この会議室では少々狭いので……」
「分かった。
どれくらいの大きさが必要か?」
「その後のこともありますので、訓練場のような場所が空いてると助かります」
「分かった。
第二訓練場にしよう。ギャレットとジェシーでシルバーを案内してくれ。
私はレドリオン公爵に声をかけてくる。
メリクスはここで妖精人の死体について指示を頼む。第一検査室がいいと思う。
それでは一時解散とする。
第二訓練場で待っててくれ」
ツァルデ将軍が慌ただしく指示すると、それぞれ解散して移動を始めた。
……レドリオン公爵を呼びに行ったってことは、今度は顔を出すんだな。
今のうちに装備を替えておこう。移動中に目立つのも嫌だ。
腰鞄の中も整理したいけど、今は諦める。
ガンガン中に詰め込んできたので、改めて何が入っているかよく覚えていない。
知らないアイテムが増えて行くので、あまり記憶に残らないのも困りものだ。
素早く蒼光銀の長剣を自作の日本刀に替えて、銀糸のマントも腰鞄に仕舞う。
「どうした?
蒼光銀の長剣を見せてた方がいいんじゃないのか?」
「剣を目的にして絡まれるぐらいなら、剣を隠しますよ」
「そんな心配ないと思うがな」
「分かんないじゃないですか?」
「領軍にいて、真っ白な子供を知らない奴はいないよ。
お前がBランク以上の腕前っていう噂は街の方じゃ広がってないかも知れないが、領軍に籍を置いてる奴はみんな知ってるし、レドリオン公爵のお墨付きってことまで広まってるよ」
「うげぇ」
思わず変な声が出てしまった。
ギャレットから領軍の状況を聞いて驚いた。
……確かにレドリオン公爵の力からすると、すぐにツァルデ将軍から領軍に指示が出ててもおかしくない。
冒険者ギルドでも僕をBランクに上げるためにギルドマスターのギャレットがかなり頑張ったみたいだったし。
領軍でも同じことが起きたはずだ。
ということは、僕は多分要注意人物としてマークされてるのか……。
「それでも、武器や防具で色々詮索されるのも嫌です」
何とか取り繕って誤魔化したけど、この状況で、魔法鞄から訓練場に炎角箆鹿を出したら物凄い注目を集めそうだ。
訓練場に獣人がいないことを祈ったけど、それも大して効果が無かった。
第二訓練場って言ってたから小さいのかと思ったらかなりの広さだし、訓練中の隊が横の方で整列して待機してる。
ギャレットとジェシーに並んでレドリオン公爵を待ってると、ギャレットが話しかけてくる。
「妖精人についてどんな情報を知っている?」
「神話で聞いたぐらいです」
「なら、どうして取り返そうとした。なんて風に思ったんだ?」
「……さぁ? 冥界の塔に出る神授工芸品からの連想でしょうか?」
「神授工芸品?」
「えぇ、冥界の塔で階層主から得たのは、魔法鞄、深淵黒檀の黒弓、銀の短弓です。
魔導具の弓に妖精人ってなると、それを取りに来たって連想してもおかしくは無いと思いますが……」
「……そうか、ならいい。
神話ではなく、現実に妖精人を見たからか、ちょっと気になってな」
「はぁ……」
よく分からないけどギャレットの中でも妖精人と冥界の塔の関係が気になるようだ。
そのまま考え込んでいるとレドリオン公爵を連れてツァルデ将軍とメリクス団長がやって来た。
「久しぶりだな。シルバー」
レドリオン公爵が機嫌良さそうに話しかけてくる。
「はい」
「影を撒いて迷宮に入ったらしいじゃないか」
「……公爵の部下の方でしたか。
気味が悪かったのでこっそりと迷宮に入らせて頂きました」
「まぁいいさ。どんな戦いをするのか見たかったのに残念だ。
それで今回の獲物は?」
「炎角箆鹿です。
戦い始めると尖った角が急に発火しました。
角を斬り落とすと斬ったところから炎が噴き出して炎で焼こうとしてきました」
腰鞄から炎角箆鹿を出すと、どよめきが起こる。
続けて二本の尖角も地面に並べる。
こうして並べると角だけで二メートル弱ある。
横の本体は四メートルほどの黄色と黒の縞模様の大鹿。
首に刺し傷があるけど、全身は綺麗な死体だ。
「どこまで潜った?」
「三十五階層です」
「そうか。何か必要なモノはあるか?」
「いえ、私自身の鍛錬が必要なようです」
「武器の問題ではないのか?」
「いえ、今は刀を提げていますが蒼光銀の剣を持っています」
「蒼光銀の剣を持っているのか?」
「はい」
「見せてもらってもいいか?」
「はい」
渋々だけど、腰鞄から蒼光銀の長剣を出して手渡すと、レドリオン公爵が魔力を流した。
……淀みのないスムーズな動きで、蒼光銀の剣が明るく光る。
「いい剣だ。これほどの剣でも難しいか?」
ただ頷いた。
何て言っていいか分からない。
でも、ちょうどいい。
そろそろメイクーン領に戻った方がいいだろう。
「鍛えようと思います」
「そうか。
では、この獲物を買い取らせてもらおう。
対価はこれだ」
レドリオン公爵が懐から赤い拵えの短剣を取り出した。
鍔には赤獅子が彫られていて、鞘は波打つような炎が浮き上がっている。
「これは?」
「これで終わりではあるまい。
この短剣は褒美だ。
色々と使い道があるだろう。
代わりにたまに居所がオレに伝わるが、それぐらいの縁はいいだろう?」
「ありがとうございます」
深く礼をして短剣を受け取った。
レドリオン公爵から下賜された短剣を持っているとなれば、バスティタ自治領内、特に中央で困ることはないだろう。
強力過ぎて使いどころに困るけど、せっかく用意してくれた身分証だ。有効に使わせてもらおう。
……いつか、そのうちに。
レドリオン公爵との話が終わり、ツァルデ将軍やメリクス団長から追加の質疑に答えて報告会が終了した。




