第七十三話
二十パーティ、百名の冒険者が冥界の塔に入って行った。
冥界の塔は大通りで十字に区切られているので、階層を四分割したどこかのエリアを上がって行くことになる。
今回の作戦では、Bランクパーティを中心にしたチームを五つ作り、四つのエリアを同時に攻略して行く。
五つ目のチームは五階層ごとにある大通りで待機する。
上に追い込めばどこかで遭遇することになるし、偶然とは言え、二十階層より上には行けない。
十階層も二十階層も階層主がいない。
対人戦で追い込むにはいい条件だ。
咱夫藍が率いるチームは四パーティの二十三人。
咱夫藍のリーダー、フランシスが各パーティのメンバーを前にして今回の作戦について説明している。
「今回の目的は新人狩りを行っている奴を捕まえることだ。
人数は三人と思われるが、増えるかも知れない。
ソロで行動してる可能性も高いので、ちょっとした物陰でも気を抜くな。
拘束して背景を問い詰めたいところだが、生死は問わない。
相手は魔法を使う。気を抜くなよ」
フランシスは少しふっくらとした女性のセルカークレックス種だが、喋る口調はまるで男性のものだ。
黒い巻き毛の彼女の外見に見惚れる者がいても、その口調で彼女が魔術師として荒くれ者どもと対等にやり合ってきたことを知るのだった。
「フランシスさん、カッコいいよね」
そして、彼女の実力を知り、行動力を知る者はその口調に彼女の生き方を重ねた。
「私たちのチームの進め方だが、私たち咱夫藍が先頭を進むので経験の浅い者は少しでも見て学んで欲しい。
殿は光輝角に任せる。
パーティリーダーはマティルダ。
マティルダ、手を挙げてもらっていいか?」
「はい。私が光輝角のマティルダです」
「彼女が殿だ。
彼女たち以外の者が背後から寄ってきたらすぐに声を出して呼んでくれ。
普段の探索とは違い、時間をかけてしっかりと漏れなく調査して進むので、声を掛け合って進む。
では、一度深呼吸して、この場にいるメンバーの顔を覚えてくれ」
そう言ってフランシスは笑った。
緊張していたみんなの空気が柔らかくなった。
「碧落の微風のみんなも今のうちに一言だけでもいいから、挨拶しておいで。
他のパーティは経験も長いので、多少は顔に覚えがある。
あなたたちはこういうの初めてでしょう。
緊張しなくていいよ。先輩たちはみんな慣れてるから」
フランシスの一言を受けて、ボロンゴたちは改めて先輩パーティたちのところに挨拶に行った。
マユとミユにボロンゴの挨拶を弄られながらも各パーティに会いに行くと、これから合同作戦を行うという一体感ができてきた。
挨拶が終わると咱夫藍が先頭になって迷宮に入る。
咱夫藍のチームが担当するのは入口から見て右手前のエリアだ。各パーティにとって出入口から近いので比較的通い慣れた道が多い。
奥の方になると若干冒険者の量が減るので、場合によっては知らない通路も出てくるが、手前のエリアならそんな戸惑いも少ない。
……各チームのパーティ構成を考えたときにジェシーがこっそりと調整したのがこの分担エリアの違いだった。
「腐死体は動きが遅いので、遅れを取ることはないと思う。
それでも一撃で倒すなら頭か首を狙う。
囲まれたときは足を狙って動きを止めるようにするといい」
フランシスが説明しながら、咱夫藍の前衛二人が腐死体を倒していく。
戦士のクリックが豪快に頭を斬り飛ばし、軽戦士のナースカが足を斬りつけてから危なげなく腐死体を倒す。
碧落の微風の四人にとって新鮮な刺激で、興奮してクリックとナースカの動きに見惚れた。
マユとミユは咱夫藍の弓士チズルスの動きから視線を外さない。
前衛の二人が戦っているときの動きにも学ぶものが多い。次の攻撃のための一手やリスクに備えたフォローが詰まっている。
「あのタイミングで右に寄ったのは射線を確保するためよね」
「そうだよね。
……今までそんなの考えたこともなかった」
咱夫藍が順調に通路を進み、たまに小部屋にいる腐死体を他のパーティが殲滅しながら進む。
咱夫藍による冒険者スクールのようだ。
五階層に入ると吸血蜻蛉や音波蝙蝠といった空を飛ぶ魔物が出始める。
近接系の戦闘種のみだと攻略が厳しくなるが、咱夫藍には魔法を使うフランシスと弓士のチズルスがいる。
「一雫の雨、碧水の揺れ。
九十九の流れ、水鏡の静寂。
千尋の滝、永遠に穿つ岩床の果て。
万里の孤海、満たすは蒼夜の新月。
我が願いに力を。
水月斬」
フランシスが水魔法を詠唱すると、直径一メートルほどの水のリングが吸血蜻蛉に向かって飛んだ。
水月斬は一瞬で吸血蜻蛉を捉えると正面から真っ二つに斬り裂いた。
隣ではチズルスが弓を連射して音波蝙蝠を撃ち落としている。
「水魔法初めて見た」
冒険者の中にも魔術師はいる。
己の才能で一攫千金を目指そうとするものは剣士であれ、魔術師であれ似たようなものだ。
それでもやはり、魔術師は絶対数が少ない。
魔法を見る機会が少ないのも当然だ。
そして、視覚的に分かりやすい火魔法を見たことはあっても、他の属性魔法はなかなか見る機会がない。
マユやミユも水魔法を見たのは初めてだった。
十階層に入ると他のチームを待って休憩する
今、十字交差点には咱夫藍チームと昇竜チームの二チームが集まっている。
二つとも手前側のエリアを担当したチームだ。
「ハヤテさん、どんな感じですか?」
フランシスが尾の長い三毛猫のハヤテに問いかけると、彼は笑顔で振り向いた。
「こっちは順調です。
フランシスさんの方は?」
「うちも順調。
大勢で迷宮に潜ることがないから新鮮だよ」
「確かにそうですね。
新人狩りはどの辺りにいますかね?」
「十五階層前後じゃない?
どうかした?」
「いや、大勢のメンバーのことを考えるとそんなに無理もできないので……」
「あぁ、相変わらず真面目だねぇ」
「浅い階層で出てくれた方が危険が少ないじゃないですか、新人狩りの方に集中できるし」
「そうだけど……、だから浅い階層じゃなくて深い階層で、逃げやすい階層に隠れて襲って来るんだろうし、できることをするしかないだろう」
「そうですね。ちょっと大勢いるので深刻に考えすぎてたようです。
できるだけいつものようにした方がいいですね」
「そうだよ。
ハヤテさんが無理して怪我したら、助けられるメンバーも助けられなくなるよ」
慣れない討伐隊の運営のため、Bランク冒険者のハヤテも少し疲れているようだ。
三チーム目の紅玉眼が上がって来たみたいだ。
明るい黄色のマングースが見えたので、フランシスはそちらに挨拶に向かった。
休憩を取ると、再度チームに分かれてエリア別に調査を再開する。
咱夫藍のメンバーにとって骸骨や腐死体熊は危険な魔物ではない。
近接職と遠距離攻撃職のバランスがいいし、斥候のシャラルボが素早く敵の種類と数を伝えてくれるので常に先手を取って余裕のある戦いをする。
ごくたまに背後から魔物が襲って来ることもあったが、殿を守っている光輝角がすぐに気付いて対応していた。
マユとミユは後衛職というのもあり、隊列の後ろの方を歩いている。
殿を務める光輝角のリーダー、マティルダはオリエンタルショートヘア種でグレイの短毛だった。
ロシアンブルー種でグレイの毛色のマユとミユから見て親近感があったし、マティルダから見ても親近感があったようで自然と仲良くなっている。
碧落の微風のメンバーにとって、十一階層から上の階層は入るのも初めてでどんな魔物が出るかも知らない。
それでも安心して隊列について行ってるのは光輝角の存在も大きかった。




