第七十話
ふふふ、懐かしい。
いや、また出たか。
四十一階層に踏み入ったオレの前に多頭邪龍が現れた。
下の階層よりもかなり広くなった通路。それでも大通りほどは広くない。
行手を阻むようにしてその通路を塞いでいる多頭邪龍。
森の奥で発生した集団暴走で暴れまわった獣や魔物たち。
その中でもこの多頭邪龍はよく覚えている。森の奥で突然九つの首を持った多頭邪龍が現れ、毒素を撒き散らした災害だ。
猫宮の記憶とか、溢れ出る力を実感したのがこいつとの戦いだ。
そいつが目の前で吠えている。
冥界の塔で会えるとは思わなかった。
今のオレは昔のオレとは違う。
全ての首を落としてやる。
と言っても目の前にいる多頭邪龍は四本首。体も少し小さい。
オレは一気に多頭邪龍の首元に飛び込み、四本の首を纏めて叩き斬った。
四本の首が飛び、図体がドシンと倒れる。
これぐらいじゃ勝負にならない。
出現魔物のサンプルとして死体を腰鞄に入れると、サッサと先を急いだ。
四十一階層が普通の階層だった。
……ということは、次の階層主が五十階層にいて、迷宮主はその先だろう。
まだ先が長いなら急がないと食料がなくなる。
迷宮に潜ってばかりだし、ミユの前で大量の食べ物を腰鞄に入れるのも嫌だったから、そこまで大量の食料を持っている訳じゃない。
今のところ困らないけど、往復を考えると余裕は作っておくべきだ。
力を出し惜しみする必要も無いし、サクサクと進む。
神授工芸品も貴重なモノはオレの前に出てくるはずだ。
そうじゃ無いと限定特典とは言えない。
敵を倒して進めば、ほぼ確実に手に入るはずだ。
そう信じて先に進んだ。
楽しくなってきた。
弓とか投擲とか面倒なことは考えない。
剣を振って飛び込む。
それが一番だ。
神授工芸品も通路の真ん中に勝手に落ちてるし、魔物を倒せば魔水薬と魔法巻物が出てくる。
腰鞄の容量も大丈夫だ。
溢れたところで収納庫がある。
見つけたアイテムを適当に拾いながら進む。
出てくる魔物は蟷螂野牛や鱗梟、甲羅牡牛などだ。
気持ち悪いくらいグロテスクな容貌をしてる。
適当な呼び名だが奴等交雑種にはそれで充分。
四本脚で立って、肩から蟷螂の鎌が生えてる牛なんて蟷螂野牛ぐらいの名前しか思いつかない。
この迷宮は生き物の生命で遊ぶのが好きなようだ。
それか迷宮主の趣味か。
どっちにしろあまりいい趣味じゃない。
最奥にいるのが狂科学者かどうか確かめてやろう。
冥界の塔、四十九階層。
鎧袖一触とはこのことだな。
魔物どもを斬り散らしながら上がって来た。
途中で蒼光銀の長剣を二刀にして戦い始めた。
どうせ斬るなら一刀よりも二刀の方が楽だ。
ちょっと重くなるかと思ったが、思いのほか簡単に扱えている。
前より力がついたらしい。
目の前に上り階段が現れる。
どうせなら万全の態勢で階層主と戦おうと、緑の魔水薬を呷る。
確かに疲れが飛ぶ。
これなら際限なくで戦える。
五十階層への階段を上がると一切の建物が無い。
ただただ広い空間だ。
端の方が霞んでいる。
どこに壁があるか分からない。
薄暗い迷宮でここまでの広さは初めてだ。
銀の蜥蜴の迷宮、階層主の闘技場よりも大きい。
デカイ奴が出てくるか。
ガッツリ一対一だ。
両手に蒼光銀の長剣を持ってとりあえず歩く。
端が見えないので、これまでの探索と方向感覚で中央だと思われる方向に進む。
階層主の姿が無い。
……どう言うことだ?
不思議に思ったら、上空から火炎弾が降り注いで来た!
上空か!
火炎弾をかわすため、前に跳ぶと前転して受け身をとって立ち上がる。
上空を見ると黒いローブが浮いている。
その数はザッと二十。
ここに来て魔術師、しかも団体様だ。
空を飛び、遠距離から魔法を撃ってくる。
このだだっ広い場所では隠れる場所がないし逃げようがないが、立て続けに火炎弾を放ってくるのでひたすら前に走る。
畜生!
これは、合成瘴雑種戦の再来か。
火炎弾を主体として、こちらの攻撃の届かない位置から攻めてきやがる。
自分の距離で戦う奴等は強い。
まずはこの距離を何とかしないと戦いにならない。
走りながら蒼光銀の長剣を収納庫に仕舞い、魔紅骸骨の剣を取り出す。
火炎弾をかわすと、上に高くジャンプした。
三メートルぐらいはジャンプしたけど、黒ローブには届かない。
そこから鉄剣を投擲する。
ポワン。
黒ローブに当たる前に勢いがなくなり、地に落ちた。
恐らく防御魔法だ。
物理的な結界という訳ではなく、風魔法のようなもので接近するのもの勢いを抑えた。
そのため投げた剣が届かない。
……火炎弾だけじゃなく、あんな防御魔法を使うのか。
投擲は効かなさそうだ。
鞭よりは弓か。
銀の短弓を取り出し、火炎弾をかわすと再び高くジャンプして弓を撃つ。
長い滞空時間を活かして六連射した弓が黒ローブに吸い込まれる。
……本当に吸い込まれた。
音も無く吸い込まれた。
弓はダメだ。
魔法を吸収する? 弾くのではなく吸い込まれた。
次は鞭か。
しかし距離は大丈夫か?
少しは伸びたはずだが。
躊躇っていても状況は変わらない。
短弓を収納庫に入れて、代わりに緑の鞭と蒼光銀の長剣を取り出した。
左手に鞭を持って、右手には長剣。
再び我流二刀流だ。
火炎弾を避けて、高くジャンプする。
二十体もいるくせに同じことを繰り返す黒ローブは自分の戦法に絶対の自信でもあるのか? ふと不思議に思った。
空中で鞭を振り黒ローブに伸ばすと鞭が絡みつく。
捕まえた!
すぐさま電撃を流したが、反応が無い。
……電撃が光の矢のように無効化された?
力任せに引っ張り、黒ローブを引き寄せると軽くこちらに飛んで来る。
黒ローブが近づいて来て初めて気づいた。
こいつには実態が無い。
だが、そのまま黒ローブの首を斬った。
黒ローブを斬り裂いたけど、斬れた黒ローブは未だに何かを包んでいる。
首の斬れた黒ローブの中に何かがある。
黒ローブは膨らみを帯びたまま宙に浮いている。
緑の鞭越しに暴れる手応えはを感じる。
……こいつは何だ?
幽霊、怨霊。
実態のない靄のような魔物を倒してきた。でもアイツらとは違う。
黒ローブを斬ったとき、しっかりとした手応えがあった。それでも斬れない。
クソッ。
顔を見せろ。
思いとは裏腹に黒ローブの下から黒い靄がオレの方に伸びてくる。
緑の鞭を伝って黒い靄がオレの方に来る。
ヤバイッ!
緑の鞭に魔力を流して電撃を作るが、黒い靄は一瞬縮んだだけでそのままこちらに伸びて来る。
来るな!
焦ったオレは、白熱した蒼光銀の長剣を黒ローブのポッカリ開いた頭の部分に突き刺した。




