第七話
迷宮での初戦を無事に快勝した僕たちはその後も順調に探索を続けた。
シルヴィア姉さんがまだまだ余裕があると言ったので、その後は戦闘の比率を上げ、半分を倒し半分はやり過ごすといった方法で先に進む。
三階層の後半で魔泥亜人形が出てきた。弱点も分からないので僕が力押しで長剣を突き刺して葬った。
魔泥亜人形と言っても泥でできた人形のなり損ないで、泥でできた粘性捕食体のようなものだ。
魔泥亜人形は粘性捕食体とは違いシルヴィア姉さんの火魔法が効き難くく、また剣が通り難いので衛士隊の三人ではなかなか剣を通すことができなかった。
三人では無理だったので、僕が力任せに長剣を突き刺して倒した。
四階層は魔泥亜人形の頻度が上がり、五階層に入ると魔石亜人形が出た。
魔泥亜人形よりも人型に近くなって立って歩く二メートルほどの石の巨人だ。
鉄の長剣では歯が立たなくなったが蒼光銀の長剣を使うとアッサリと倒すことができた。
ちなみに三階層で蒼光銀のレイピア、四階層で蒼光銀の小型の盾、五階層で蒼光銀の腕輪を手に入れた。
蒼光銀は貴重なはずだけど、全身蒼光銀で固められるのだはないかと驚くほどの成果だ。
そして、五階層で魔石亜人形を倒した僕たちは街に戻った。
迷宮から出ると夕焼け空で、探索にはかなり時間がかかったことに気付いた。
同時に昨日から気を張り続けていたことにも気付く。
昨日集団暴走が起きて走り回り、おまけに眠れなかった。
……それでも、まだ湧いてくる力がある。
集団暴走で何かが変わっている。
屋敷に戻るとすぐに報告のために父さんの寝室を訪れる。当然、母さんやサラティ姉さん、スファルル姉さんも同席する。
「ハク、シルヴィア、ご苦労だった」
順調に回復している父さんは声に力が張りが戻ってきた。
母さんも少しは休めたようで顔色が少し良くなった。
僕は手に入れた蒼光銀の長剣、レイピア、盾、腕輪を順に並べて迷宮の様子を報告した。
シルヴィア姉さんの魔法の威力を伝え、衛士隊のパックスたちの働きを褒めるとスファルル姉さんが妬ましそうな顔をした。
「蒼光銀の神授工芸品の件は限定特典と呼ばれる現象だな」
「限定特典ですか?」
「そうだ。迷宮の深層階、誰も到達したことのない階層に初めて到達した者が得られる特別なアイテムだ。
恐らくできたばかりの迷宮だから、ハクが最初の到達者として手に入れることができたんだろう」
「それは……、他の人が先に到達してると得られなくなるということですか?」
「そうだ。一定周期で発生するとも聞くが、詳しくは分からないな。
ただ少なくとも浅い階層でそんなに頻繁に貴重な神授工芸品が獲得できる訳ではないだろう」
「そうなんですね」
「それにしても粘性捕食体と亜人形とは厄介な組み合わせだな」
「はい。
粘性捕食体に対して剣などで戦い腐食させてしまうと魔泥亜人形や魔石亜人形で剣が折れるか曲がってしまいます。
魔術師を確保しないと先に進めません」
「なるほどな。
蒼光銀ではどうだ?」
「魔石亜人形に対してはかなり余裕がありました。
正直、鉄剣では魔石亜人形に太刀打ちできなかったので、蒼光銀じゃないと無理だと思います」
「粘性捕食体はどうだ?」
「すみません。試していないです。
何かあったらと思うと試せませんでした」
「そうか。まぁそれもそうだな。
では、再度迷宮に潜るには蒼光銀のレイピアも活用しなければならんな」
「はい。私が使っている長剣だけだと、五階層以降は苦しいと思います。
シルヴィア姉さんが魔法を使って、僕が亜人形と対峙するとそこまでです。亜人形が複数になると手が足りません」
「確かにそうだな」
「あの、お父様、宜しいですか?」
これまで黙って聞いていたサラティ姉さんが背筋を正して聞いてきた。
「ああ、分かった。サラティ、言いたいことを言ってみよ」
「私にレイピアを使わせて頂けませんか?」
「うん? どうした、急に?」
「いえ、私も蒼光銀の剣が羨ましくて……。
それに、レイピアの使い手が必要だとしても衛士隊の兵に蒼光銀のレイピアを下賜する訳には参りませんでしょう?」
「しかし、サラティは一の姫だ。
危険なことをさせる訳には……」
「それはシルヴィアも同じでしょう?」
「シルヴィアの場合は粘性捕食体に対して有効な手立てがシルヴィアの魔法しかないからだ。
魔法を使えるものがシルヴィアと教会のリリエッタしかおらん上にリリエッタは治癒魔法だからだ」
「それは亜人形に対しても同じではありませんか?
剣の使い手で蒼光銀のレイピアを渡しても良い者。仮にレイピアを壊しても責任を問わずに済む者でなければ蒼光銀のレイピアを使えませんわ」
「そうは言ってもなぁ……。
ハクよ、どう思う?」
何でそこで僕なんだ?
心の第一声はそれだったけど、この流れではサラティ姉さんを止められない。
「限定特典のためには仕方ないかと思います。
今日は他領から到着された方はおられませんが、明日には到着されるかも知れません。
既に近隣でこの街の様子を確認されているかも知れません。
もう少し強力な神授工芸品になる可能性もあります」
サラティ姉さんがやたらとニコニコしながらプレッシャーをかけてくる。
しかし、父さんも怖い顔で睨んでくるし……。
「……試しにサラティ姉さんにレイピアを少し振ってもらいませんか?」
一応、父さんの意向を反映して些細な抵抗をしてみることにした。
父さんが少し機嫌を良くする横でサラティ姉さんはもっと機嫌が良くなってる。
これは、かなり自信を持ってる。というか一度握ったら離さないんじゃないか?
「そうですわね。ひょっとして私に合わないかも知れませんし、或いは想像以上にしっかりと馴染むかも知れません」
そう言うと父さんの寝台の横に出してあるテーブルからレイピアを手にした。
寝台から離れると扉の側でレイピアを抜いた。
刀身は全体的に白銀に輝いている。長剣に見られる蒼白い感じとは違う。
柄元に重心があるのだろう。非常に軽やかに刀身を振って一瞬で伸びるような突きを放った。
おぉー。
明らかに父さんの負けだ。
あの突きを見て、他の誰かにレイピアを渡すとは言えない。
そうなると後は盾と腕輪か。
盾は小型の丸盾。腕輪は幅広で少し厚みがある。
サラティ姉さんには丸盾は重いかと思ったけど、持ってみると案外軽い。長時間になると負担が大きそうだから難しいかな。
腕輪は防具なのか、アクセサリーなのか?
幅広なので女性がしてるとゴテゴテして目立つかも知れない。細工が細かいけど装飾用とは思えないし何となく使う人を選びそうだ。
試しに着けてみると、軽くて違和感はない。
が……、外そうとしても外れない。
何だこれ?
軽い気持ちで着けたら外れなくなった。
サイズがピッタリ過ぎたみたいだ。
「……父さんすみません。外れなくなりました。
この蒼光銀の腕輪は僕がしててもいいですか?」
サラティ姉さんのレイピア捌きに言葉を失っていた父さんが僕の腕を見た。
「あ、あぁ。……分かった。
蒼光銀の長剣と腕輪はハクが使い、レイピアはサラティが使うこととする。
短剣はハクが持ち、状況により使い分けよ。
二人とも二刀で戦えるかどうかも分からぬし、場合によってはシルヴィアが持った方が良い場合もあるだろう。
明日も衛士隊を連れて迷宮の探索を頼む。良いな?」
「「「はい」」」
僕とサラティ姉さん、シルヴィア姉さんの声がシンクロした。
スファルル姉さんが少し拗ねてるけど、流石にスファルル姉さんまでは連れて行けない。
明日、何かいい神授工芸品が見つかるといいけど。