第六十七話
三十六階層以降、魔物の出方がより混沌としてきた。
棘蔦の生い茂る通路で骸骨猩々と魔紅骸骨の混成部隊がたむろしているし、忘れた頃に噛砕土竜が飛びかかって来る。
通路を塞ぐように蟻喰栗鼠が寝ていたかと思うと、天井から百足蜘蛛が襲って来る。
百足蜘蛛は百足と蜘蛛の交雑種。
二メートル近い百足の頭に抱えるほどの大きさの蜘蛛が付いている。
何本脚があるんだよと思いたくなる姿だ。
長い胴体で通路の壁や天井を蠢いて、突然白い糸を吐いてくる。
糸自体は少し粘着性があり、伸びる。
魔力を纏わないと斬れないから二匹出るとプチパニックになる。
魔力を纏わせ、収束させて蒼光銀の長剣を常に赤熱させて戦っている。
調子の乗ると長剣の芯を白く発光させることができるようになったが、熱しすぎると蒼光銀の剣が溶けそうで怖い。
丁度いいラインを見極めたいが、なかなか難しいみたいだ。
百足蜘蛛は近接戦になる前に短弓で仕留めるのが一番楽だけど、魔紅骸骨や蟻喰栗鼠との戦闘中に近寄って来るので、思ったようにいかない。
百足の長い胴体の方は硬い甲殻で覆われているので弓が効かないし、胴体を斬っても残った胴体で頭の方が糸を吐く。
骸骨猩々が石や骨を投げつけてくるし、乱戦化して消耗してしまう。
三十八階層からは狩猟山猫が増えた。
野犬みたいな大きさで素早く身軽な動きをする山猫だ。
コイツらが斥候部隊のように先行して足止めして来た後、魔紅骸骨がゾロゾロとやって来る。
狩猟山猫は一、二本の矢はスルリと避けるので、三体駆け寄って来てこちらが三連射してると、その間に近くの小部屋から出て来る魔紅骸骨への対応が遅れてしまう。
そうなると一旦距離を取るなどして敵の数を確認しなければならない。
そのため三十五階層を超えてからは一階層を攻略する時間が激増した。
冥界の塔、四十階層。
ここまで来た。
やっと辿り着いた四十階層だが、雰囲気はこれまでと変わりない。
しかし、十字交差点にいる階層主が楽しみでつい笑ってしまった。
魔紅骸骨の物量攻撃は得るものが少ないしストレスが溜まる。
階層主にはストレス発散に付き合ってもらう。
大通りに出ると通りの真ん中を十字交差点に向かう。
十階層の黒妖犬、二十階層は牛の番犬双頭番犬、三十階層には地獄の番犬三頭冥犬がいた。
今度は何だ!
交差点の中央には灰色の獅子がいる。
赤獅子の迷宮に灰色の獅子とは洒落か?
いや、違った。
灰色のライオン頭に長い鬣。
長い脚の黒い胴体。馬、ではなく山羊のようだ。
そのせいで体高が高い。
尻尾が銀色の太い蛇。尻尾の先に蛇の顔がある。
……合成瘴雑種。
冥界の番犬シリーズが続いたと思ったら、階層主まで交雑種だ。
屍体と骸骨を眷族にする冥界の番犬の次は交雑種を眷族にした最凶の交雑種。
いいじゃないか。
倒し甲斐がある。
合成瘴雑種は三頭冥犬より一回り小さく見える。
しかし太い脚は大きな体を支えてなお力がありそうだ。
オレは蒼光銀の長剣に魔力を纏い近づいて行く。
合成瘴雑種はカツッカツッと前脚を踏み鳴らしている。
こっちが一歩踏み出した瞬間に、合成瘴雑種の口から火炎が吹き出しす。
すぐに真横に飛ぶと、さっきオレのいた場所が火の玉で抉れた。
一直線に吹き出すブレスではなく、口から球形の火炎を吐いた。その火の玉もオレの体を丸々包む大きさだ。
合成瘴雑種という種の技なのか、魔法なのか……。
魔法なら蒼光銀の長剣で斬ることもできるだろうが、ただの炎だと無理だろう。
対応が変わるので早めに見極めたい。
しかし合成瘴雑種はオレにそんな余裕を与えてくれない。
連続して大きな火の玉を吐き続けるので、かわすので精一杯だ。
横に飛んでかわすオレを追いかけるように地面が抉れ、壁が吹き飛ぶ。
火の玉をかわしながら右から回り込んで合成瘴雑種に近づこうとするけど、先に距離を取られてオレの間合いにならない。
仕方ない、強引にでも踏み込む。
火の玉が途切れたタイミングで合成瘴雑種の懐に飛び込むと、目の前でライオンの口が開いた。
マズい!
噛まれないように身体を捻ったけど、合成瘴雑種の狙いはそっちじゃなかった。
口の中から紅蓮の炎が螺旋を描いて吹き付ける。
火の玉じゃない!
口から火炎の竜巻が放射状に広がる。
火の玉が途切れたのはこのブレスの予備動作だった。
捻った体にマントを巻きつけて竜巻から逃れる。
クソッ!
ふざけた予備動作に引っかかった。
舐めた真似をしてくれる。
マントのおかげで無傷だが、気分が悪い。
ブレスが途切れたところで近づこうとするが、向こうの方が早い。壁を蹴って移動するし、尻尾に蛇がいるので背後に回る前に牽制される。
中距離の火の玉とブレスで防戦一方だ。
どうする?
火の玉をかわすのじゃなく、火の玉に突っ込むか?
ほかには弓で脚を止めるか?
鉄球や槍を投げるのもありだ。
まだ色々とやってないことがある。
ストレスが溜まるがしばらくの辛抱だ。
じっくりと動きを止めてやろう。
……それじゃ鉄球からいくか。
合成瘴雑種の行動パターンは単純だから、物を投げつけるのは簡単だ。
火の玉をかわして、かわして、その間に腰鞄から鉄球を取り出す。鉄球を取り出したら、右手の長剣と鉄球を持ち替える。
近づくとブレスで焼き払おうとするので、一旦後ろに下がって横に回り込んで、そこから投擲。
ガン!
鉄球が体に当たって跳ね返った。
……鉄球ぐらいじゃダメか。
次は魔紅骸骨の剣にするか。
火の玉をかわして、かわして、投擲。
ガスッ。
身震いして振り退けられた。
一応、銀の短弓も試しとくか。
火の玉をかわして、かわして、三連射。
シュパパパパパッ。
合成瘴雑種の前脚周辺と顔に何発もの矢が直撃すると、合成瘴雑種が呻いて仰け反った。
どうした?
よく見ると前脚は問題なさそうだが、片目に矢が刺さったようだ。片目から血を流して首を振り回している。
片目を潰された合成瘴雑種が怒り狂っている。
まだだ、もうすこし待ってろ。
こんなもんじゃない。
何か投げる物ないか?
……箱なら腰鞄の中にあるんだが。
ちょっと勿体ない。
他に、……そういや緑の鞭があったな。
あれなら中距離で使えるか。
合成瘴雑種の攻撃をかわしながら腰鞄から緑の鞭を取り出した。
どう使っていいか分からんが……、火の玉をかわして、火の玉をかわして、切れ間で踏み込んで鞭を振る。




