第六十三話
冒険者ギルドを出た後は、モンテリ商会に寄って昨日預けた分の買取りをしてもらった。
……金貨六百四十枚。
隣で聞いてたミユが目を丸くしてたけど、今更だな。
夜も今まで行ったことのないお洒落な店で食事をした。
ミユも駆け出しの冒険者だと思うけど街のことをよく知ってる。
夕食も二人で美味しいものを楽しんで、明日もあるからと別れて帰って来た。
今日はオフなので、一晩ゆっくりと休んで明日から再度迷宮探索しようと思った。
しかし、どうしても気になる。
今日ずっとついてきてた気配があった。
今も宿の外から見張っているようだ。
これが何者か確認しないと、休みこともままならない。
僕の部屋を出て一階に降りてから、裏口に回るとこっそりと外に出た。
金の麦館は庭木で囲われている。その影に紛れて移動する。
僕を追って来た気配は、僕の部屋のすぐ外にいる。
こっちは気配を殺して裏から回る。
僕の部屋の見える位置にある庭木、その枝の中に獣人が一人隠れている。
細身の黒猫。耳も細くて長い。尻尾は腰に巻いてるようでシルエットでは判断できない。
誰だ?
レドリオン公爵の手の者か。
それとも別口か?
……気味悪い、面倒だなぁ。
このまま迷宮に行くことにしよう。
結局、碌に休憩もせず迷宮に入ることにしてしまった。
夜から入っても、どうせ中は一日中同じだから大差ないんだけど、自分で決めた訳じゃなくて尾行されてて変えたっていう点が腹が立つ。
そう言えば、今日一日腕時計を確認しようと思って忘れてた。
腕時計が使えれば計画的に休憩するけど、今のままだと取り敢えずは二十階層まではノンストップだな。
五行あるうちの他の四行についても一切見当がつかないので、本当はちょくちょく魔力を流して数字を記録した方がいいんだろう。
……仕方ない。どうせ一人で話し相手もいない迷宮の中だ。数値をメモしながら進むか。
冥界の塔の入口で、いつもと違う衛士に挨拶して迷宮に入った。
注意するのは十九階層の幽霊からだ。
それまではこのままの格好で鉄の日本刀で行く。
それなら他の冒険者と会っても目立たないしな。
どうせなら、この格好でできることはないかな?
左手に魔力を集めながら迷宮の階段を上がった。
迷宮の十階層。
階層主の黒妖犬はいない。
それでも珍しいアイテムが出ないかと腐死体犬を殲滅した。
鉄の日本刀に魔力を纏えないかと魔力を流し続けて戦ってみた。
結論から言うと少しは纏える。
ただ、魔力を纏っているのと、魔力が溢れ出てる違いがよく分からない。
ちょっと刀の威力が上がったように感じた程度だ。
もう少し凝縮した方がいいのか?
新しい種類の板を見つけたのでそれを腰鞄に入れて上に上がった。
迷宮の十五階層。
この階層には影隼が出現する。
コイツはしっかりと倒して死体を手に入れておきたい。
イチャモンつけられた最初が影隼だから、証拠を突きつけてやる。
通路を抜けて大通りに出ると、結構な量の魔物が集まってる。
おや?
今日の昼間は誰もこの階層に来なかったのか?
それとも骸骨と腐死体熊程度ならすぐに発生してくるのか?
まぁいい。
影隼と戦う前の腕慣らしだ。
さっき考えた新しい技も試したいし。
日本刀を握り締めると、魔力を流す。
普通に魔力を纏うのはできなかった。
それなら、精錬レベルならどうだ?
銀の黄金虫の作り出した鉄剣を精錬して鉄の純度を上げた。
鉄の純度を上げることで、鉄剣の硬度を上げた。
更に鉄剣の温度を上げてから急冷して焼入れした後、焼戻しして粘りのある鉄剣に加工した。
その力を応用できないか?
上手く使えば鉄剣に魔力を纏えるんじゃないか?
鉄剣を変質させたり、溶かしたら意味がない。
魔力で新しく刀身を創り出し、精錬しながら魔力を纏う。
それなら鉄剣に魔力を纏って戦える。
では、答え合わせをしようか骸骨。
僕が創った日本刀を自分の魔力で刃先を精錬しながら骸骨に斬りかかった。
一太刀目は想像以上の威力だった。
骸骨に当たった刀が音も無くその骨を斬り裂いた。
あまりにも手応えが無くて空振りしたかと思ったぐらいだ。
しかし、二刀目で刀が折れてしまった。
刀の精錬が中途半端だったためか。
魔力だけで刀の方が保たなかった。
すぐに刀を造るのは難しい。
とりあえず蒼光銀の長剣で骸骨を片っ端から倒していった。
じきに影隼が襲ってくるはずだ。
アイツだけは綺麗に倒したい。
空に目をやるが影隼はいない。
残った骸骨も倒して、空を警戒する。
来た!
影隼が急降下して来る。
斬!
翼を広げて爪を突き出して来る、そのタイミングで首を落として仕留めた。
迷宮に吸われる前に素早く腰鞄に入れて持ち帰りを確定する。
時間をかけずに順調に階層を進んでいる。
まだ日付は変わっていないだろう。
腕時計に魔力を流すと九万四千三百三十二。
一番上に数字の九が並びつつある。
一日が九が五つ並んで九九九九九で終わりそうだ。
十万で二十四時間。五万で十二時間。四千ちょいで一時間。
感覚的になかなか難しいけど、午前午後が分かるだけでも迷宮にいると助かる。
迷宮の二十階層。
十九階層で幽霊に一回しか合わなかったので、予定よりも早く二十階層に着くことができた。
今晩はこの階層で休憩する。
流石に大通りのど真ん中で休むような図太い神経はしていないので、大通りからちょっと入ったところの小部屋で休むことにする。
食事は腰鞄から肉串焼きとスープを出して、パンをかじって済ませる。
腰鞄の中は時間がかなり遅く流れてるようなので、昨日の夜に買った食料だけどほんのり温度を感じる。
……魔物の死体を素材のために入れて長期間経つとどうなるのか恐ろしくなってくる。
出し忘れないようにしないと、ミイラになるのか腐るのか……。
食事を済ませてから、今日壊してしまった日本刀を再度、作り出すことを考える。
僕の力で生み出した日本刀。
強化するためには、早く作れるようにするか、少しでも蒼光銀を混ぜて作れないか。
早く作れるようになれば、壊れても直ぐに新しく作り直して戦い続けられる。
蒼光銀を混ぜて作れたら、魔力の通りが良くなって実戦で使いやすくなるかもしれない。
蒼光銀で丸々一本作り出すのは無理だったけど、少しでも蒼光銀の含有率を上げて使いやすくしたいところだ。
両手を地面につくと目を閉じて、魔力を集めて作りたい刀をイメージした。
鋼の日本刀。
鉄を高温で純度を上げる。
焼入れ、焼き戻しでしなやかで強い刀身にする。
刃の部分に蒼光銀が集まり蒼い刃文が浮かぶ刀身。
軽く反った日本刀。
日本刀をイメージしながら土の中で魔力を捏ねて刀を作り出す。
刀のシルエットができたら、それを魔力で覆って磨き上げながら、冴え渡る刃を想像する。
土の中から一本の刀が浮かび上がるように念じると、掌に冷たい感触がきた!
ゆっくりと魔力の塊になっている日本刀を持ち上げて、目を開く。
目の前に前の刀と同じシルエットの日本刀が出来上がった。
重さは前の日本刀より少し重い。
刃文はイメージ通り、少し蒼みの入った直刃で刃に沿って真っ直ぐなラインになっている。
少しでも蒼光銀が入るように蒼いイメージを大事にしたけど、狙い通りにいっただろうか?
外見上は思い描いた通りだ。
心持ち緊張して魔力を流すと、鉄剣と蒼光銀の間ぐらいの拡散具合を感じる。
蒼光銀の長剣ほど魔力を纏うことはできないけど、鉄剣のすぐに魔力が散ってしまう感じとも違う。
朧げに魔力を留めている感触が少し心地良い。
腰鞄から前の日本刀で使っていた鞘を出すと、新しい日本刀を仕舞ってみると、スムーズに納まった。
合わなければ鉄の鞘を銀の黄金虫にお願いしようと思ったけど、このまま使えそうだ。
二代目の日本刀を鞘に納め、腰に提げると仮眠をとることにした。




