第六十話
今日は迷宮探索はオフにしてミユに街を案内してもらっている。
魔水薬のことが知りたくてお勧めのワンシー工房にやって来て、店の奥のウッドデッキで工房主のワンシーに勝手に色々想像されてるところだ。
商業都市レドリオンならこうやって相手を見ていくのも仕事なのだろう。
こちらとしては信頼してもらえるように自然に振る舞うしかない。
そういえばヘンリーも初めて会ったときは勝手に色々と推測して、勝手に納得して僕との距離感を決めてた。
「ミユさんを助けたんなら変な獣人でもないか。
それじゃ早速レクチャー始めようか」
「「お願いします」」
「まずはこの魔水薬だけど、そうだね、青で金貨十枚、緑は金貨二十枚、黄色は三十枚、赤は四十枚がおおよその買取価格です。
迷宮産の魔水薬って何で高いと思う?」
「迷宮でしか取れないから」
「それもある。
他に何か思いつく?」
「効果が強い」
「他に?」
「使用期限が長い」
「うん。いいと思うよ。
魔水薬には迷宮産と薬師が作ったものがある。
迷宮産と通常品と言った方がいいかな。
迷宮産が特別なんだよ」
そう言いながらちょっとクッキーを取りに行くようにして新しい魔水薬を持って来た。
僕が出した魔水薬の隣にそれぞれ新しい魔水薬を並べていく。
「これは私の作った魔水薬。
見ただけじゃ分からないけど通常品も品質に差があってね、回復量とかが違うんだ」
「ワンシーさんの魔水薬は良く効くんだよ。それに長持ちするの」
「こんな風に評価してくれるお客さんもいる。
けど、それでも迷宮産とは全然違う。
噂では冒険者が持ち込んだ魔水薬が迷宮の魔力で強化されてる出てくるらしいよ」
「うげぇ」
ミユが舌を出して白眼剥いてる。
……可愛い顔が台無しになるぞ。
「ま、それは置いといて迷宮産の魔水薬は高価だからしまっといて。
そんな高価なものを使わなくてもウチの魔水薬を売ってあげるから」
結局、僕が迷宮で拾ってきた魔水薬は片付けてワンシーの作った魔水薬で講義が続く。
「魔水薬は同じように見えても種類と等級があるから、そのときの状況に応じて使い分けて欲しい。
青が体力回復、緑が魔力回復、黄色が解毒で赤が怪我の治癒。それぞれに下級、中級、上級がある。
ウチの場合、下級で体力回復薬が銀貨五枚、魔力回復薬は銀貨十枚、解毒薬で銀貨十五枚、治癒薬は銀貨二十枚。
これは使う薬草の値段や加工の難しさと冒険者からの需要で決まった価格だね。
単純に買う人がその効果に払う金額でもある。
……悔しいけど、私の作った魔水薬には迷宮産ほどの値段はつかない。
迷宮産の魔水薬は特級なんだよ」
ワンシーの声は最後はとても小さかった。魔水薬を綺麗に並べながら、真剣に眺めてる。
迷宮産の魔水薬に特別な思いがあるのかもしれない。
「ふ〜ん。
ちなみに等級ってどうやって見分けるんですか?」
「ラベルで分かるよ。
領軍にも収めるから基本のサイズ、効能はガイドラインがあって、それに決まったラベルを貼ってあるからね」
「他に効果を見分ける方法とかはないんですか?」
「それは魔力で何となく、かな。
作った日付もラベルに書き込むけど一年ほどで魔力が抜けて効果がなくなるから、そのときは廃棄して作り直してる」
「そうなんですか。
等級でどれくらい効果が違うんですか?」
「う〜ん。治癒の場合、下級で怪我、中級は大怪我、上級で致命傷が治る感じかな。
でも切り傷とか刺し傷には効くけど、腕を無くしたような怪我を治したりはできないよ」
「へぇ。
致命傷でも治るなんて凄いですね」
「まぁ、上級になればね。
でも上級なんてそんなに簡単に作れないよ。
材料揃えてちゃんとしたスキルがないと作れないから。
私でも作ったのは十回も無いよ」
「そうなんだ。
思ったよりも難しいんですね」
「そうね。
作り方も一応見てみる?」
「是非、お願いします」
「えっ? ワンシーさん、いいんですか?」
「今日は特別よ。
まぁ、見せるって言ってもカッコいいところだけね。
ついて来てよ」
ワンシーは僕たち二人を連れて地下室に入っていく。
個人工房だと思っていたけど想像より大きい。
多分、ワンシーのこだわり方だと裏庭で薬草の個人栽培とかしてそうだし、見た目と違って得体がしれない。
……年齢も読めない。
「念のためだけど、周りのものは触らないでね。
ものによっては変な効果が出るものもあるから」
「ワンシーさん、変な効果って何ですか?」
「そうね。
この鉱山紫蘇だと眠たくなったりするし、この紫柿の皮は肌が荒れるんだよ。
だからミユちゃんは絶対に触っちゃダメよ。
シルバー君が触ったらお姉さんがちゃんと治療してあげるから言ってね」
ウィンクしながら言ってるので冗談だと思うけど、何気に怖い。
そんな軽口を叩きながらサクサクと準備していく。
「これが調合用の大鍋ね。
まとめて調合した方が効率いいから」
部屋の真ん中に大鍋を持ってくると、その横の机に色々と乾燥した葉っぱとか、瓶に入った茶葉みたいなのを持ってくる。
それから奥の大甕から水を掬って、大鍋に注いだ。
「さぁ、始めるよ。
今回は魔力回復用の魔水薬。
その工程の中でもポイントになる薬効抽出やります」
キリッ。
ワンシーが決めポーズをしてから
大鍋に茶葉をドバドバと入れていって、大きな葉っぱを三枚、木の実を十個ほど入れた。
「ここは作る魔水薬の種類と等級によって素材が変わります。
今回は魔力回復の下級なので、碧清魔茶の茶葉を煎じたものをベースにしてヒノキカグラの葉っぱを三枚、白胡桃の実を十個用意しました。
これを十日間置いて空気に慣らした水に混ぜていきます。軽く混ぜて全体を浸したら、魔力を注いでいくと薬効が滲み出てくるの。
これからしばらくちょっと集中するけど、水の色の変化を一緒に見てくれるかな?」
そう言うとまたウィンクした。
両手を大きく開いて大鍋の上からかざすと、大きく深呼吸してゆっくり大きな呼吸を始める。
おぉっ?
ワンシーの掌に集まった魔力が大鍋に注がれる。
注いでるのか、散って周囲に飛んでるのか分からないけど、掌がボゥっと朧げに光っているのは分かる。
水の方はまだ全然変化は無い。
二分ぐらい経った頃、水に変化が現れた。
茶葉から青い汁が滲み出てる。
少しずつ水が青く染まっていく。
三分を経過したぐらいでワンシーがやめた。
「こんな感じかな。
この茶葉の汁が馴染むまで更に一刻ぐらい寝かせるんだ」
「あんな魔力の使い方があるんですね。
魔力を流さないと、茶葉から薬効が出てこないとか、ですか?」
「あ、分かってくれた?
人によって魔力の流し方は違うけど、うまくやらないと薬効が染み出してくれないんだ。
先輩には大鍋に抱きついて抽出する人もいたよ」
そう言ってイタズラっぽく笑った。
上手く抽出できて気分がいいようだ。
「これで魔水薬二十本分ほどですか?」
ミユも初めて見て興味が出てきたみたいで質問した。
「そうだね。大体二十本ぐらい。
手間がかかるけど、いい商売でしょ」
「いえ。でも水を汲んで置いたり、材料揃えたり大変ですね。何でわざわざ地下でやるんですか?」
「地下の方が温度が低くて一定だからね。
素材がダメになりにくいんだ。
それは水も一緒で井戸水を寝かせて落ち着かせてから調合するから地下の方が都合がいいんだ」
「そうなんですか〜」
「疲れたし戻ろうか?」
ワンシーを先頭にして元いたウッドデッキに戻る。
魔力を使って薬効の抽出作業を終えたワンシーは少し気怠げな雰囲気をしてる。
「凄い参考になりました。ありがとうございます」
改めてワンシーに頭を下げて礼をすると、ニッコリ笑ってくれた。
「気にしなくていいよ。
その代わりたまにはこのお店に来てくれると嬉しいな」
「はい。
それからワンシーさんの作った魔水薬を欲しいのですが、頂けますか?」
「もちろん、数はどうする?」
「できれば全種類、全等級を十本ほど頂きたいです」
「いや、あの、今ウチにあるのは中級までだから。
それに、そんなにまとめて買って大丈夫?」
「お金の方は大丈夫だと思います。
宜しくお願いします」
「それじゃ、分かった」
ワンシーが奥に入って魔水薬を大量に持ってくる。
色違いのラベルがテーブルの上に並べられる。
一人で全部やってるとすると、なかなか大変な仕事だ。
魔水薬を作って封入、梱包までしなければならない。
「本当にいいの?
中級は金額が十倍になるから、合計で金貨五十五枚だよ?」
「大丈夫です。
これが代金の金貨と、これがレクチャーのお礼です」
そう言ってテーブルの上に金貨を並べ、湧水筒を出した。
「これは何?」
ワンシーが湧水筒を持ってあちこち調べてる。
ミユは僕がお金を持ってたことと、知らないアイテムを出したことに驚いている。
「湧水筒です。
横にボタンがあるので、それを押すと水が出ます。
水をたくさん使うワンシーさんならきっと便利ですよ」
横から湧水筒のボタンを指し示すと、ワンシーさんが頷いて押した。
パシャ。
筒先から水が出て、ワンシーさんが慌ててボタンを止めた。
「こんな魔導具見たことないよ?」
「さっきの魔水薬と同じで拾ったんです。
僕はあまり使わないと思うので、使ってみてください」
「いや、これはもらえないよ」
「この魔導具の機能がよく分からないので、試してもらいたいんです。どれぐらい使うと魔力が切れる、とかどんな質の水が出るとか?
ひょっとしたら使い物にならないかもしれないのでそれを試して欲しいんです。
僕だとそんなに試せないので、是非使ってみてください」
「そういうことなら……」
「使えない魔導具だったらごめんなさい」
「ううん。ありがたく頂くね」
「それじゃ、ミユさん、行こう」
僕とミユさんは湧水筒を握り何か色々と新しいことを考えているらしいワンシーを残して工房を出た。




