第六話
重大な使命を帯びて迷宮に潜ることになった。
とは言え、迷宮には物理攻撃に耐性のある粘性捕食体がたくさんいる。
粘性捕食体にやられないためにも魔術師の同行が必須だ。
しかし、メイクーンには魔術師は二人しかいない。
一人はシルヴィア姉さん、もう一人は聖光教の教会に務めるリリエッタさん。
魔術師の出生率は一万人に一人と言われているので、人口一万人の街に二人もいれば一般的な比率より多いのだけれど……。
悩んだ結果、シルヴィア姉さんに同行してもらうことにした。
リリエッタさんは領内で唯一の治癒魔法の使い手なので、怪我人が溢れてる状況で連れ出す訳にはいかない。
シルヴィア姉さんも普通であれば連れ出せないのだけれど、何故か僕の護衛扱いで同行してくれることになった。
後は、衛士隊から若手で体力のある男性が三名。衛士隊の訓練な参加したこともあるサラティ姉さんの指名で槍が得意なパックスとロッジ、アデスが選ばれた。
パックスは種族が秋田犬で、グレーの毛並みが力強い忠犬。ロッジは尻尾の短いブチ、アデスは尻尾の長い虎猫だ。
魔物を倒すためではなく、調査なので守りの固いメンバーにしたと言っていた。
「粘性捕食体は回避して先に進むよ。
戦闘すると剣が腐食してしまうし、動きが遅いから回避できると思う。
シルヴィア姉さんも囲まれない限り魔法は使わないで。できれば一階層目は素通りして下に進みたい」
迷宮に着くと簡単に方針を説明した。
陣形は先頭が僕。ロッジ、アデス、シルヴィア姉さんと続いて殿がパックス。
僕が道を切り拓いて何かあればシルヴィア姉さんが魔法で活路を開く。パックスたちはシルヴィア姉さんの護衛兼荷物持ちだ。
人数が少ないと運べる荷物が減るし、持って帰れるアイテムも減る。
かといって粘性捕食体相手に戦うのも分が悪いので、逃げる前提だと大勢は難しい。
そうして決まったメンバーなのだ。
一階層目は既に経験済みなので、粘性捕食体を避けまくって迷宮内を進む。
前回の短剣を拾った行き止まりの広間に行かないようにして分岐を選ぶと下り坂に出た。
とりあえずその下り坂までを一階層目、下り坂の先を二階層目とした。
父さんが聞いた話だと、迷宮は階層構造になっていて十階層ごとに階層主と呼ばれる強力な魔物がいるらしい。
階層を数えておくことで、魔物の強さを判断したり、階層主に備えることができる。
迷宮探索には必要なスキルらしい。
二階層。
歩くより少し遅いペースで迷宮を進む。
振り返ると一階層はただ勘で進んでいただけだけど、ほぼ最短距離を歩いたようだ。
それでも十数回粘性捕食体から逃げているし、他の魔物を警戒しているからこれぐらいのスピードが限界だ。
体感的には一時間ほど歩いて二階層に入ったので、距離にすると四キロメートルまではなくて、約三キロメートル程度だと思う。
二階層目も勘で進んで行くけど、一階層目に比べて明らかに広い空間が増えた。
一階層目は通路が主だったけど、二階層目は所々に大広間のような広いスペースで繋がっている。
そんなスペースに何体かの粘性捕食体がいるので、魔物を倒さずに進む僕たちには難易度が上がってきた。
「広い場所が続くと方向が分かりにくいね」
「そうですね。暗くはないですけど、明るくもありませんから距離感も掴み難いです」
ん?
広間の中央に何か立ってる。
二個目の広間に入って広間の様子を伺うと、何匹か粘性捕食体がいるのは変わらないけど中央に十字の棒が立っているのが見えた。
「少しここで待っててくれる?
中央の棒を見てくる」
そう言うと僕は粘性捕食体の間を駆けるようにして中央に向かった。
中央部分は少し盛り上がって周囲が少し明るくなっている。
剣?
そこに長剣が一本立っていた。
装飾を施された鞘に入って真っ直ぐに地面に立っている。いや、突き刺さっている。
長剣の側に近寄ると、一瞬躊躇ってから長剣を地面から抜いた。
……特に仕掛けはない。
長剣を鞘から抜く。
迷宮で拾った短剣と同じように蒼白い刃渡りをしてる。
蒼光銀の長剣。
一階層で短剣を拾ったときと同じように蒼光銀でできた長剣を眺めていると、シルヴィア姉さんたちが追いついて来た。
僕の様子を見ていて危険はないと判断したらしい。
「それは?」
「蒼光銀の長剣のようです。
一階層のときはもっと小さな場所で端の方に落ちていたのですが、今回は目立つところにありましたね」
「この迷宮に神授工芸品があるのは本当のようね」
「はい。有り難くもあり、困ったことでもあります」
「どうする? ここで引き返す?」
シルヴィア姉さんの質問に対して、少し考える。
ここまで順調に探索を進めて来た。神授工芸品を拾ったし充分な気もする。
しかし、まだ粘性捕食体以外の魔物には遭遇しておらず、この迷宮の危険度を判断しかねる。
「もう少し進みましょう。
何か他の魔物が現れるまでは危険は少ないと思います」
「分かった。私の魔法はまだ試していないけど、そろそろ試してみる?」
シルヴィア姉さんの声がちょっと上ずっている。
初めて見る粘性捕食体に魔法が効くか試したいのだろう。
「……うーん。もう少し様子を見ましょう。
魔力には限りがありますし、試すだけなら戻るときにリスクの少ない場所でも試せますから」
「そう……。そうね。分かった」
シルヴィア姉さんの顔は残念そうだけど、迷宮内で何が起こるか分からない。安全策を取ることにした。
街に残っている父さんたちはどうしてるだろう。
僕が街に残っていたら、これまでのこと、これからのことを色々考えてしまい答えのない問いを繰り返しているような気がする。
こんなことを考えるなんて、順調に進んでいて気が抜けたのだろうか?
今、未知の迷宮を進み身体を動かすことができて良かったと思う。
新しい刺激を受けて前に向いて歩くことができるから……。
腰に下げた新しく拾った長剣の重みを感じながらそんなことを考えていると下り坂に到達した。
三階層。
一階層と二階層は粘性捕食体しかいなかった。歩いた距離は共に三キロメートル程度。
未だに粘性捕食体しか出会ってないのだから、迷宮探索の序盤なのだろう。
しかし、こんな最初の階層でさえ蒼光銀のような貴重な神授工芸品が湧いている。
恐るべし迷宮。
資源の宝庫と言われても納得せざるを得ない。
三階層になってから色の違う粘性捕食体が現れ始めた。
一階層、二階層だと水色だけだったけど、薄い緑色や茶色の粘性捕食体をたまに見かける。
粘性や属性が違うと思うけど、戦うつもりはないので無視して進む。
三階層はより広い空間が続くようになった。
端の方まで見通せないので、どの方向に進めば道が続いてるのか分からない。広間の中央に何があるのか気になるけど、迷子になっては困るので右の壁に沿って先に進む。
「そろそろ休憩を考えたいので次の広間に入ったら周囲を確認して、粘性捕食体のいない場所を探しましょう」
先頭を歩きながら声をかけた。
と、目の前に丁度開けた場所が見えて通路部分から中を覗いた。
粘性捕食体が二匹いるだけの小さな空間。
「シルヴィア姉さん、魔法で粘性捕食体を倒せますか?
二匹なので、倒せたらここで休憩します」
「もちろんいけるわ」
通路の影で粘性捕食体の様子を伺いながら、杖を構えたシルヴィア姉さんが詠唱を始める。
「火の神ヴェスタよ、我が願いに応えよ。
我が力に汝の力を貸したまえ。
我が願うは炎の顕現。
我が敵を燃やし尽くしたまえ。
火炎槍!」
シルヴィア姉さんが杖を突き出すと、長さ三メートルほどの巨大な炎の槍が宙に現れ一匹の粘性捕食体に向かって豪速で打ち出された。
炎の槍が粘性捕食体の核に突き刺さり、粘性捕食体を燃え上がらせる。
僕は通路から中に入りシルヴィア姉さんを守って長剣を構える。
姉さんがすかさず次の詠唱を始めた。
粘性捕食体の動きは遅いまま。
ゆっくりとズルズルした動きで近づいてくる。
「……火炎槍!」
詠唱の部分がよく聞こえなかったけど、先ほどと同じように炎の槍が粘性捕食体の核を貫き燃え上がらせる。
長剣を構えたまま粘性捕食体に向き合いしばらくすると炎が消え、粘性捕食体の身体が地面に溶けていった。