第五十九話
「シルバー君、おはよ」
おわっ!
碧落の微風の四人と一緒に食事をした翌日、泊まっている金の麦館の部屋の扉を開けた瞬間、目の前にミユが現れた。
「おはようございます。ミユさん」
慌てて返事をして左右を確認しても、他には誰もいない。
一人で僕が出てくるのを待ってたらしい。
何か変な気配も感じたけど、気のせいだったみたいだ。
「おはよ、一緒にご飯食べようと思って早く来ちゃった」
「そうですか。
お待たせしてすみません。一瞬、時間を間違えたかと焦りました」
「ゴメンね。びっくりさせようと思って。
ね、どうせなら朝も外のお店で食べようよ」
そう言って少し首を傾げるとまん丸の瞳で僕の顔を見つめた。
今日のミユは水色のワンピース姿で可愛い町娘スタイルだ。
服装からも年齢からもとても冒険者をやってるとは思えない。
「それもいいですね。もし良ければ早速行きましょうか?」
「大丈夫かな? 準備とか荷物とか?」
「あぁ、それなら大丈夫です。
腰鞄があるので」
金の麦館は安全な宿ってことでヘンリーに紹介してもらったけど、いつも収納庫に荷物を入れてるし、拾ったアイテムなどは腰鞄に入れてる。
少し首を伸ばして部屋の中を覗き込んでるミユにも部屋の様子を見せると納得してくれた。
「シルバー君って、几帳面な性格だね。
うちのメンバーなんて部屋の中はグチャグチャだよ。
それにしてもその鞄に入っちゃうって、荷物少な過ぎだよ」
そう言ってコロコロ笑うミユと一緒に金の麦館を出た。
あれ? この腰鞄が魔法鞄って言ってなかったかな……。
そろそろ街の獣人たちが働きだす時間帯みたいで、大通りが賑わい始めている。
そんな中、二人でこじんまりとした居心地のいいカフェに入って朝食を食べる。
お店の中から改めて大通りを見ると人口一万人のメイクーン領と五十万人のレドリオン領は全然違う。
メイクーン領にも屋台や食堂はあったけど、昨日の肉肉亭のようなお洒落な食事屋や今いるようなカフェは無い。
ヘンリーのような買取屋も無いし、さらに売ってる物の種類が少ない。
これだけ多くの物が多くの獣人により流通して商業都市と呼ばれる訳だ。
西の辺境、メイクーン領では麦を作って野菜など食料の流通がほとんどだ。
食料でも酒などの種類は少ないし、服も色使いが限られている。
馬車で十日、中央と辺境の違いは大きい。
双子迷宮もその一部だ。
迷宮から持ち込まれる神授工芸品が流通して富を生み出す。
麦を刈るのと同じように、魔物を狩って得た神授工芸品はその貴重さで遥かに高値で取引きされる。
ミユには悪いけど、そんなことを考えながら食事した。
のんびりとした朝食を終えて薬師のところへ向かう。
今日ミユに案内してもらう本命の目的地。
昨晩、話してて魔水薬について質問したときに薬師の存在を知った。
冒険者にとって怪我を治すことができる魔水薬は必需品だけど高い。
その高価な魔水薬を作るのが薬師。
薬師は薬草を煎じ、薬効を魔力で抽出して薬液にする。
薬草の知識、煎じて加工するスキルと魔力が必要な専門職のようだ。
「これから向かうワンシー工房はワンシーさんが一人でやってるの。
結構評判のいい薬師なんだよ」
「薬師に会うのは初めてだから楽しみです」
「それにしても、本当に今まで魔水薬使ったことないの?」
「えぇ、僕の育ったところは田舎なので魔水薬もありませんでしたし、薬師もいませんでした」
「ふ〜ん。
なんかちょっと意外〜。
シルバー君って品がいいから田舎育ちって言われてもイメージできない〜」
「そうですか?
今朝みたいなお洒落なお店は初めてですよ」
「それじゃ、シルバー君の初めてのデートは私?」
デートって?
まぁデートみたいなもんだけど、僕八歳だよ?
「そうですね。女性と出歩くことは無かったですし」
「キャー、どうしよ? うふ」
機嫌良く笑っているので、しばらくそっとしておこう。
商業地区に入ってから北に進む。
そこから西へ曲がって岩壁に近づいたところに工房があった。
お洒落な文字でワンシー工房って書いた看板が扉の上にかかっている。
思ったよりもお洒落、かつファンシーな雰囲気で一人だったら絶対に入ろうと思わない工房だ。
「どうしたの? 早く入ろ」
看板を見上げてしばらく無言でいると、ミユが僕の腕をとってお店の中に引き摺り込んだ。
うわ〜……。
お店の中も看板以上にファンシーだ。
パステル調の色使いの小物があちこちに並べられてるし、生花が飾られドライフラワーがぶら下げられてる。
薬師の工房ってこういうものなのか?
判断できずに途方に暮れながらも色々と観察していたら、奥の方から耳触りのいい声がした。
「いらっしゃいませ〜」
良く通る声だな、と思って待ち構えてたらアライグマが出て来た。
一瞬、狸かと思ったけど尻尾が太くフサフサしてて、手足が白く、耳にも白い縁取りがある。
黒い瞳がクリクリしてる。
ピンクでフリフリ、さらにレースだらけの服を着てるし、可愛いものが大好きでトータルコーディネートを大事にするタイプのようだ。
「ワンシーさん、こんにちわ」
「あっ、ミユちゃん、いらっしゃいませ。
今日は何をお探しですか?」
「あのね、シルバー君にワンシーさんの魔水薬を紹介したくて連れて来ちゃった」
ミユが横にいる僕の両肩に手を置いてワンシーに挨拶をしたので、僕も続けて挨拶をする。
「初めまして、シルバーです。
冒険者です。つい先日レドリオンに来ました」
「わぉ!
凄い綺麗な真っ白な毛並み。びっくりするほど綺麗。
顔も綺麗ね。特に瞳がいい!」
何だ、この誉め殺しは?
ワンシーが僕の周りをピョンピョン飛び跳ねながらたまに耳とか腕とか撫でてくる。
怒った方がいいのか?
「ワンシーさん、ダメです。
シルバー君も下がって」
ミユが間に入りワンシーを下がらせた。
……この辺は興奮したペットの犬を大人しくさせる要領と同じだ。
アライグマってこんなに人懐っこいのか?
「あぁあ、ゴメン、ゴメン。
つい、アガッてしまった。
私はワンシー・ラークン。薬師をやってる」
近い近い、顔が近いよ。
「まずは落ち着いて下さい。
今日はシルバー君に魔水薬のことを教えてあげて欲しいんです」
「もちろんOKだよ。
それなら、奥に行こう!」
ワンシーはすぐに扉に向かうと、OPENの掛け札をCLOSEに変えてレースのカーテンもかけた。
これでいいのか? と思ってる内に店の奥にある陽当たりのいいウッドデッキに連れていかれた。
「今日は気分がいいから、ここでお茶しながら話そうね」
ワンシーは手際良く紅茶を入れてクッキーまで用意してくれた。
丸テーブルに三人で座るとまずは一口紅茶を啜った。
……美味しいっていうか、薬師になるには色々とこだわりが必要なのか?
「それで魔水薬のことだっけ?
どんなことが知りたいの?」
「すみません。
できれば何も知らないので、一通り教えてもらえると助かります。
実はどんな効果があるのかも知らないんです」
そう言いながら腰鞄から四種類の魔水薬を出してテーブルに並べた。
「ん? 何か変な鞄だね?」
「あぁ、魔法鞄らしいです。
この前拾ったんです」
「「えぇっ?! 魔法鞄?」」
二人して両手で頬を押さえながら腰鞄を凝視してる。
ミユまで驚いてる。……やっぱり言ってなかったっぽい。
まぁスルーだ。話が長くなる。
「えぇ、買取屋さんはそう言ってました。
見た目以上のものが入るようです。便利です。
そして、この四本がこの前拾った魔水薬です。
どれがどんな効能か分からなくて、できればそれを知ってから売るかどうか決めたいと思って」
「へぇ、四本とも拾うなんて運がいいね。
説明するときにこの四本使ってもいい?」
「はい。いいですよ」
「おっと、ミユちゃん、この子凄いお金持ち?」
急にワンシーが怪訝な顔をしてミユに尋ねてる。
「お金持ち? 分かんない。
気にしたことないけど、でもそれ迷宮産の魔水薬だよね」
「そうです。でも、また拾えると思うので大丈夫です」
「ミユちゃん、ひょっとしてこの子、かなり強い?」
「う〜ん。強いですよ。私も助けてもらいましたし、でも、どのぐらいと言われても分からないです」
「いや、魔法鞄持ってて、迷宮産の魔水薬を簡単に使ってもいいって、普通言えないよ」
本当、レドリオンの獣人たちは色んなところで人を判断するなぁ。
たまにジェシーみたいな鈍い獣人もいるけど、そしてミユみたいな無警戒な獣人もいるけど……。




