第五十八話
レドリオン公爵の勧誘から逃げるようにして領軍の会議室を出てきた。
武器庫を案内するとか、魔導具庫が見れるとか、食事会とか後ろ髪を引かれたけど諦めた。
せっかく動きやすくなったのに、自分から色々と背負い込むつもりはない。
放っておくと色んな人に合わせられて、色々知ることができても期待や要望まで増えてしまって動きづらくなる。
とっとと迷宮に入るに限る。
ただし、やはり魔水薬の効果ぐらいは確認しておかないと困るのでヘンリーのいるモンテリ商会に向かった。
夜のモンテリ商会。
お店が閉まってるようだけど、どうしよう?
まぁ、寄るだけ寄って無理そうなら明日にすればいいか。
敷地に踏み入ると屋敷の扉が向こうから開いた。
おや?
まだ営業してたようだ。
それなら問題ないかな。
……そう思った僕が愚かだった。
「シルバー君?」
目の前の扉からボロンゴやミユたち四人が笑顔で出てくる。ミユがすぐに僕を見つけたみたいで駆け寄ってきた。
「あ、こんばんわ」
「久しぶり〜。
いいところで会えた。これからこの前のお礼でお食事しよ」
メッチャ可愛い笑顔だ。
他の三人も、約一名、デクサントだけが渋い顔をしてるけどみんな余裕がある。
おそらくアイテムが高値で売れたんだろう。
「ありがとうございます。でも、これから買取をお願いしようと思ってて……」
「えぇ〜。……それなら待ってる」
う〜ん、困った。
待たせるのも嫌だし、かと言って今回は諦めてくれなさそうだし。
「あ、シルバーさん。
こんばんわ。どうぞ、中に入って下さい」
「すみません。
この後、ミユさんたちと食事に行きたいのですが、買取希望の品物だけでもお渡ししていいですか?」
今日はアイテムも多いし一度ヘンリーに渡してしまって、ミユたちと食事しよう。
街のことを全然知らないままだし、一人で食べるより案内してもらった方がいい。
「もちろんです。
碧落の微風の皆さんも中でお待ちになられますか?
お飲み物ぐらいなら用意できますよ」
ヘンリーが気を利かせてくれたので、別室に一部の板やら筒、箱と魔水薬を並べる。
杖とか魔晶石クラスターは見せるのをやめた。ギャレットたちには見せたけど反応が大げさだったから控えておく。
最初は喜んでいたヘンリーも途中で少し顔色が青くなってきたので、ちょっと補足した。
「多分値付けの難しいアイテムがあるから、買取できる分だけ買い取って欲しい。
残った分はギルドに回すから」
「いや、それはそれで勿体無いです。
こんな箱なんて見たこと無いですし、買取しないなんてあり得ません」
「そうかな?」
「そうです。
ちょっとお時間頂くので、明日の午後以降でもいいですか?」
「分かった。
ちょっと予定が分からないから、明日の午後以降、時間のできたときに寄らせてもらっていいかな?」
「もちろんです!
午後以降ならいつでも大歓迎です!」
「それじゃすまないけど、後は任せるね」
ヘンリーの言葉に甘えることにして、ボロンゴやミユたちと一緒にモンテリ商会を後にした。
モンテリ商会は西の商業地区の北寄りの裏通りにある。
そこから四人と連れ立って商業地区の中心に向かって歩く。
「お待たせしてすみませんでした。
皆さん今日は結構稼いだんですか?」
「昨日、今日と調子がいいな。……あ、シルバーと会ってからだな。
今日は十階層まで行ったんだ」
ボロンゴが代表して答えてくれて、……ミユが僕の隣にくっついてくる。
「十階層に行ったんですか?」
「いや、行ったって言っても戦わずに帰ってきたんだ。
パトリックさんから気をつけろよ、って言われてさ。
たまたま腐死体犬がいなかったから良かったんだ」
「良かったです。
腐死体犬は大通りですぐに周りを囲んでくるから……」
「「!」」
「……シルバー君も十階層に行ったんだ」
マユとデクサントが息を飲んで、ミユが思ったことを言葉にした。
腐死体犬について話したのは不用意だったか。
「そうだよね。シルバー君なら十階層も行けるね。
あれからどこまで行ったの?」
考えてなかった僕も悪いけど、何て答えようか?
「……、……、十五階層」
「凄い!
でも気をつけてね。十五階層には影が出るって言ってCランクの人たちも十四階層で止めてるんだよ」
こっちが気まずい思いをして伝えたけど、ミユには関係なかったみたいだ。目を輝かせて尊敬? 憧れ? の眼差しをしてる。
デクサントは露骨にショックを受けている。
ボロンゴとマユはそれほどでもないようだけど、元々あまり意識してないのかもしれない。
「そうですか。注意します」
「あそこに見える肉肉亭が美味しいんだよ」
五人で肉肉亭に入ると大きめの六人がけのテーブルに通された。
ボロンゴたちは十四、五歳の冒険者見習いのはずなのでどんなお店に行くのかと思ってたらカジュアルな食事屋だった。
お酒も飲めるようだけど、客層も若くて半数以上がお姉さんだ。普通の商人とか服の工房で働いているお姉さんたちみたいで、おじさんだらけのお店でなくて助かったけど、お洒落なので僕にはちょっとハードルが高い。
「シルバー君は軽めのサイダーでいいかな?
お肉は適当に頼んじゃうよ」
何故か僕が三対三に向かい合った席の真ん中に座り、その隣にミユ。向かい側の中央にボロンゴ、その両側にデクサントとマユが座る。
ミユとマユは端の席同士で向かいあってメニューを見ている。
ミユがみんなの希望を聞いてちゃっちゃと料理を決めてオーダーしていくので、いつもこんな感じなんだろう。
四人ともアルコールは飲まないようで、それよりも結構な量の料理を頼んでいる。
ほどなくして飲み物が揃いボロンゴが音頭を取った。
「シルバー君、先日はありがとう。
これから仲良くしてくれると嬉しい。
乾杯!」
「「「「乾杯」」」」
慣れない雰囲気だけど、こんな先輩もいいもんだな。
メイクーン領では絶対にないシチュエーションだけど、それが新鮮で楽しい。
メイクーン領では僕のことをみんなが子爵の子供と知っている。そもそも街の食事屋に行くことがない。
「皆さんはどんな繋がりなんですか?」
「えっとね〜、私とマユが姉妹でボロンゴとデクサントは幼馴染。
マユとは双子よ。どう? びっくりした?」
「似てると思いましたけど、双子だったんですね。
びっくりしました」
「どっちがお姉さんに見える?」
「お姉さんですか? ミユさんの方かな」
「残念でした。ハズレです。
マユがお姉さんで私が妹です」
「あら、そうなんですか?
僕の、……テキパキした感じがお姉さんっぽいと思ったんですけどハズレましたか」
……危なかった。ついついシルヴィア姉さんとスファルル姉さんのことを話すところだった。
せっかく偽名を使ってるのに余計な情報を伝えると身バレしてしまう。
それにしてもいつの間にかミユがベッタリなんだが、いいのか?
「私テキパキしてた?」
「はい。テキパキしててデキるお姉さんって感じです」
「うふ」
ミユが照れて嬉しそうにしたと思ったら、フォークに刺したお肉を僕の口に突っ込んできた。
照れ隠しか分からないけど、ちょっと危ない。
「パーティ名は何て言うんですか?」
「碧落の微風。
真っ青な空、遙か遠くのそよ風。
なんかそう言う新しい世界を目指したくてつけたの」
「カッコいいですね」
「まだ全然だし、これからだけど」
「僕は今日、人に聞かれて『迷宮を知りたい』って言いました。
神授工芸品とか金貨とかも欲しいですけど、もっと奥に行きたいんですよね」
「わぁ。それもカッコいい。
迷宮を知りたい。メモっとこ」
「今は、ですよ。
その内、壁にぶち当たって、また別のことを考えると思います」
「それも大事でしょ。無茶をするのと、無謀は違うから。
ま、無茶をしてシルバー君に助けてもらったんだけどね」
ミユはそう言うとテヘッと笑った。
ちょっと背伸びした真面目な会話の後に照れ隠しで愛嬌のある笑顔を見せられると、少しドキリとする。




