第五十七話
赤獅子公爵。
旧バスティタ国、国王の血を引き国王を支える公爵家の家長。
その外見から赤獅子とも言われ、領民からの人気も高い。
そもそもレドリオンとは赤獅子の治める領地としてレッドライオン領と呼ばれたのが始まりらしい。
代々、真っ赤な毛と燃えるような鬣を血統とする一族で、金色の毛を持つスフィナクル公爵家、際立つ虎模様のウィルティガー公爵家を三公としてバスティタ国の運営を行ってきた。
セルリアンス共和国となった今でも、バスティタ大公を支えてバスティタ自治領を統治している。
レドリオン公爵は深紅の豪華な直垂を着こなし艶やかで真っ赤な鬣をなびかせている。
通常の獣人のよりも二回りは大きな体格で威風堂々とした様はまさに百獣の王だ。
「シルバー、先ほどの階層主の話をもう一度頼む。
レドリオン公爵の前ゆえ、緊張するだろうが丁寧に話せば良い」
ジャガーの男の態度がさっきとは全然違う。
そりゃまぁそうか。
ジャガーは領軍のお偉いさんで、レドリオン公爵はその取りまとめだから当然のことだ。
「ツァルデもメリクスも畏まる必要は無い。
少年、名前は何と言う?」
ツァルデがジャガー、メリクスがチーターの名前かな?
男性か女性か判断し難い名前だ。
一瞬そんなことを考えたけど、急に名前を聞かれて戸惑いを感じながら答える。
「シルバーです」
「この見事な獲物は何だ?」
「はい。三頭冥犬です」
「三頭冥犬ということは三首の内の一つか。
このような頭が三つ、それをこの首と同じように落としたのだな。そこの前脚も同様か?」
「はい。綺麗に落とせた訳ではありませんが、動きを止めて仕留めました」
「一人でこれほどの魔物を倒せば栄華は思いのままだな」
「……身に余る光栄です。ありがとうございます」
「なんじゃ、出世や金に興味が無いのか?」
「いえ、そんな訳では……」
「では何のために迷宮に挑んだ?」
何のために……?
それは口にできないけど、迷宮を知るためだ。
そして迷宮のあるレドリオンを知るため。
この場ではどこまで口にすべきか?
「迷宮を知りたいからです」
「ほう、迷宮を知りたい……か。
知ってどうする?」
「別にどうもしません。
まずは迷宮の奥がどうなってるのか知りたいです」
「ふむ。
ならば儂がバックアップしてやろう」
「えっ?」
「装備や道具を準備するのも大変だろう。
それらをバックアップしてやる」
「それで、僕に何かさせるつもりですか?」
「何もそんなに警戒する必要は無い。
単純に応援だ。
少し手伝いする程度と思えば良い。別にそれで何か見返りを要求することも無い。
強いて言えば、双子迷宮の階層主や神授工芸品について教えてくれれば良い。
どうせ、攻略を続けるつもりなんだろ」
「そうですね」
「放っておいても勝手に攻略するだろうが、それでは縁にならんからな。
こちらから勝手に恩を押し付けさせてもらうだけだ。
どこかで返してくれればそれで良い」
「勝手ですね」
「そうだな。
例えば、今回の神授工芸品を売るだけでも大変な金額になる。
付き纏ってくる奴も出てくるだろう。
そんなときにオレの名前、レドリオン公爵のバックアップがある、と言って名前を使えると思えばいい関係じゃないか?」
「確かに、それは破格のお話ですね。
どうして、こんな子供に対してそこまでして頂けるのですか?」
「将来のSランク冒険者への投資だと思えば安いもんだ」
「えらく買い被りますね」
「そうでもないさ。
ギャレット、十階層、二十階層、三十階層の階層主をソロで倒すにはどれぐらいのランクが必要だ?」
「はい。あくまでソロで倒す場合ですが、
十階層、黒妖犬でBランク。
二十階層、双頭番犬でAランク。
三十階層の三頭冥犬だとSランク相当かと思います」
「ほらよ。
シルバー、お前さんの実力は既にSランク並みってことだ。階層主を倒すのは大変なんだ。しかもソロでなんて普通じゃねえ。
三十階層の階層主の死体なんてここ二十年見たことないからな。これまでの何百年て歴史の中でやっと三十八階層と十九階層なんだぜ。
ちなみに二十年前の強奪脚竜はズタボロの死体だった。
傷一つつかない化け物のような魔物を倒すときにはお互いにボロボロになってやっと倒すのが精一杯だ。
こんなに綺麗な倒し方ができるなら、少しぐらいのサポートじゃなくてもっとガッチリと囲い込みたいところだ。
ただ、今はお前さんが望むものが用意できないから、バックアップ程度しかしないんだ」
「……随分と高く評価されましたね」
「ま、妥当だと思うがな」
「新人狩りの方はいいんですか?」
「お前さんほどの実力があれば、新人を襲う必要がないだろう。
どんな目的があるか分からないが、わざわざ新人を襲う意味が無い。違うか?」
「僕は新人なのでそこは分かりませんが、嫌疑が晴れたことだけ確認したくて」
「それなら問題無い。
動機が無くて、現場不在証明がある。
流石に新人から貴重な神授工芸品を奪った、って言うのは無理があるし、新人狩りとグルだ、って言うのも見た目の派手さといいタイミングが良すぎて辻褄が合わないだろうな」
「ありがとうございます。
それなら僕の行動は特に制限されませんか?」
「そうだな。
むしろ堂々と冥界の塔に入って沢山神授工芸品を拾ってきてくれ。
そうすれば冒険者ランクも上がっていいこと尽くめだ。
ギャレット、一応確認だが、今日のこの査問でシルバーのランクはどこまで上げられる?」
急に振られたギルドマスターのギャレットが青い顔になった。
普通はギルドの依頼を処理して経験を積むんだったかな?
「ギリギリBランクまでです。
登録してからの日数が短すぎますし、確認できないような階層主を倒したいわく付きの実績です。
それでも今のEランクから三段階昇格です」
「それなら、Bランクまで上げてしまえ。
それぐらいやった方が変なイチャモンがつかないだろ」
「それは、……どうでしょう?
賛成しかねますが、公爵のバックアップ付きであれば何とかします」
「金の方は……、この首と前脚を買い取らせてもらおうか。剥製にして居城に飾ることにしよう。
その金で必要なものを買い揃えるといい。
武器と防具は、って既にいい武器使ってるのか」
「武器と防具はこのままで結構です。
お金の方も既に売ったアイテムがあるのでお任せします」
「何だよ、本当に欲がないな。
買取りはどこにしてもらってもいいが、できれば武器や防具は領軍に卸して欲しい。
ツァルデ、特に迷宮産の神授工芸品で欲しいものはあるのか?」
「それでしたら深淵黒檀の弓や捻転鉄刀木の杖があると助かります」
「ツァルデは領軍で将軍をしている。できれば買取屋には回さずに領軍に回してくれると助かる」
レドリオン公爵が軽く振ってきたけど、ツァルデことジャガーが将軍だったよ。
それにしてもいつの間にかレドリオン公爵に抱え込まれてる気がする。
何と言って金の麦館に帰るか、その方法を真剣に考えないとマズそうだ。




