第五十五話
今、二十階層には魔物がいない。
階層主の双頭番犬だけだったのを、僕が倒したからだ。
細い通路から大通りに出て、周りを見渡しても魔物の気配は無い。
「大通りはこっちですね」
僕が先導して歩くけど、ジェシーと兵士たちは半信半疑だ。
ここまで一緒に登って来たが、僕みたいな子供が階層主を倒したとは信じられないようで、ゆっくりと確認しながらついて来る。
「大通りに出ましたよ」
僕が先頭に立ち大通りに出ると、クルリと回ってみせる。
「あぁ、分かったよ。
お前の言う通りだ。
誰だか分からんが、階層主を倒したようだ。
これでいいか?」
「なんだか不服そうですね。
今なら二十階層で自由に休憩できますよ」
「そうだな。しかし新人狩りがもっと上に逃げていけるんだぞ、憂鬱にもなるだろう」
「ん〜と、ひょっとしたら上には行けないかも知れないですね」
「どう言うことだ?」
「まぁ、確認してみましょう。
こっちに来てください」
僕はジェシーたちを大通りの突き当たり、石の扉の前に連れて行く。
「この扉は何だ?」
ジェシーが聞いて来た。
当然だろう。十階層にはこんな階段部屋は無かった。
普通に大通りの脇に十一階層への階段があった。
答えを言いたいところだけど、外すと恥ずかしいのでしばらく我慢する。
「石の扉。開けてみてよ」
ジェシーが不満気に睨むけど、スルーして石の扉にチャレンジしてもらう。
ジェシーが軽く押して開かないから、身体全身を使って扉を押している。
……それでも開かない。
「おい、何なんだ? 開かないぞ。いい加減教えろよ」
「一応、他の人にも試してもらえるかな?」
ジェシーに言って、兵士の三人にも試してもらったけど、開かなかった。
これは僕が初回特典を得たと思っていいな。
「皆さんが証人ですよ」
そう言って僕が石の扉を押すと扉が開いた。
「ああ? どう言うことだ?」
ジェシーが怒鳴ってる。
理解できなくて腹立たしいんだろう。
「今のところ、僕しか二十一階層に上がれないってことです」
「だから何でそんなことになる?」
「僕が階層主を倒したからです。
初討伐者しか入れなくなるって聞いたことありませんか?」
「……そんな話知らねぇぞ」
あら?
知らないの?
僕の現場不在証明は?
石の扉を閉めて再度開かないことを確認しても分かってもらえない。
結局、僕の強さと二十階層の階層主がいないことは証明できたけど、石の扉について尋問を受けることになってしまった。
冥界の塔を降りるとジェシーに拉致られて馬車に乗せられた。
扱いは表向き丁寧だけど邪険だ。
ただ連れて行かれる。
力づくでは無いので頑張れば逃げ出せそうだけど、抵抗するとかなり面倒なことになりそうだ。
連れて行かれた先は貴族街。
レドリオンの街の中に大きな城壁がある、その内側。
重厚な門を潜って馬車が進んで行く。
「それで、どこ行くんですか?」
「領軍の会議室だ。
そこで迷宮で話したのと同じ話をしてもらう」
「それは楽しみですね」
「危険がなければすぐに解放されるし、問題があればしばらく拘束されるだけだ」
さて、ジェシーは僕に何をさせたいんだ?
いや、ギルドマスターのギャレットの考えか?
馬車を降りて連れて行かれたのは、石造りの建物の三階にある大きな会議室。
中央に小さなテーブルがあり、そのテーブルを囲むようにして長テーブルが何重にも並んでいる。
こんな部屋もあるんだ。
査問専用の会議室だ。
使用頻度がどのくらいか分からないけど、わざわざ査問用の会議室を作る程度には使われているみたいだ。
中央の小さなテーブルの後ろに立たされて、待たされる。
ジェシーや小隊長は横のテーブルに座っているので、もっと偉い獣人がやってくるのだろう。
手持ち無沙汰なまま待たされた後、三人の獣人が入って来た。
真ん中にジャガーの男。体格もでかいし、筋肉モリモリ。常に牙を剥き出し、どこからどう見ても獰猛って感じだ。毛並みもフサフサ。
四十歳ぐらいかな。身体が大きいから、長剣ではなく槍斧を持っている。
右にチーターの女。
細身だけど目が鋭くて恐い。
高価そうな白いローブの前をはだけているので、その下の黒色のレザーベストとタイトスカートが丸見えだ。
腰に青い石の嵌まった杖を提げてる。
左にギルドマスターのギャレット。
ちょっとかしこまった裾の長い軍服のような服を着てる。軍服は焦げ茶色をベースにして金色の紐がアクセントになっている。
こうして並ぶとギャレットが小さく見えた。
三人が前の席に座ると査問が始まった。
「早速だが冥界の塔の階層主を倒したという話だが、どんな魔物でどうやって倒したか?
そしてどんな神授工芸品が出たのか話してくれ」
真ん中のジャガーが渋い声で言った。
「どこからですか?」
「最初からだ。最初」
「分かりました。
では、十階層の階層主ですが黒妖犬でした。黒くて大きな犬ですね。
剣で切り倒しました。
出てきたのはこの魔法鞄です」
「仲間は?」
「仲間はいません。ずっと一人です」
「一人で黒妖犬を倒したとは剛毅だな。
それにしても、魔法鞄か……。
ギャレット、冥界の塔で魔法鞄って出るのか?」
「はい。昔の記録で黒妖犬を倒して手に入れた記録があります」
「階層主以外では?」
「階層主以外では分かりません。記録にありませんが出ないとも言えません」
「そうか。
ちなみに黒妖犬を倒すにはどれぐらいの力がいる?」
「四人以上のパーティであればCランク。三人以下の場合はBランク程度の力が必要だと思います」
「坊主、聞こえたか?
一人で黒妖犬を倒すにはBランクの力がいるそうだ。
それが分かったら、この先気をつけて喋るんだぞ。
それで?」
ジャガーが僕に先を促す。
何なんだ? 嘘を言ってると思ってるのか?
「二十階層の階層主は双頭番犬でした。
剣で斬り倒したら、この弓が出ました」
腰鞄から黒い木でできた長弓を出して、すぐ前にある小さなテーブルに乗せる。
「うん?」
ギャレットが小さく反応して黒弓を凝視してる。
ジャガーとチーターは興味が無いようで平然としてる。
「その弓は……。
ジェシー、弓を確認してくれ」
ギャレットがかすれた声でジェシーに指示をして弓を調べさせる。
ジェシーが横から回ってきて、一度僕を見てから弓を握った。
!!
「……深淵黒檀のようです」
「深淵黒檀!」
弓を握ったジェシーが一呼吸置いてから深淵黒檀の名を口にすると、ギャレットが声を裏返して大きな声を出した。
「何だ? ギャレット、どうした?」
「急にびっくりするじゃない」
ジャガーとチーターがその声に驚いてギャレットを問いただす。
「すみません。
深淵黒檀の弓は神授工芸品でも、かなり珍しいものです。
ジェシー、魔力を通してみろ」
「はい」
ギャレットの指示でジェシーが魔力を流すと、黒弓に弦が張り、手元に光る矢が生成された。
「……これは?」
驚いたジェシーがどうすれば良いか分からずに呟いた。
「魔力を消せば、弦と矢は消えます。
魔力の濃い迷宮で育った深淵黒檀に特別な加工をした弓です。
その威力も格別と聞きました」
ギャレットが問いを発したジャガーに向かって答える。
ジャガーの方は眉間に皺を寄せてジェシーの持ってる黒弓を見ながら話を続けた。
「二十階層の階層主から手に入れたのは妥当と言うことか?」
「は、はい。
いえ、二十階層からはまず出ないと思います。
深淵黒檀の素材ですら竜の洞窟の三十階層より奥に潜らないと無理です」
「どう言うことだ?」
「今まで冥界の塔で出たことがありませんし、竜の洞窟でも三十階層より下の階層で極僅かに記録に残っているだけです。
恐らくかなりの幸運でないと無理です」
「うん? 坊主、どうやって手に入れた?」
「階層主の双頭番犬を倒して手に入れました」
「嘘をつくんじゃないっ!」
僕がそのまま返すとジャガーが激昂して怒鳴った。




