第四十七話
冥界の塔十九階層。
一人で出てきた幽霊に対して油断したオレは、一瞬で現れた火球がこちらに飛んで来ることへの対応が遅れた。
ヤバい!
咄嗟に両手を顔の前でクロスさせて火球を防ごうとすると、目の前に銀色の壁が広がった。
ドン。
火球が銀色の壁にぶつかり消える。
壁の方は何ともないようだ。
壁がスルスルと薄くなり最後にはカーテンが開くようにして左右のマントの肩に吸い込まれていった。
マント!?
マントについている菱形の肩当てから壁が伸びたのか?
マントの裾を持ってサラサラな生地を撫でてると、また火球が生まれる。
そうだった。
戦闘中だった。
火球に向かって走り蒼光銀の剣で斬り裂くと、火球が消えた。
蒼光銀の長剣だと火球まで斬れる。
そのまま幽霊に走り寄って斬り倒すと、改めてマントを見た。
銀糸の綺麗なマントだと思っていたけど……。
試しに魔力を流してみる。
マントがうねる。風になびくマントのようだ。
……風のようなものは一切無いのに。
魔力で動かせるようだ。
ただ、自分の思い通りに動かせる訳じゃない。
できるのは右や左にはためかせる程度。さっきのようにマントをカーテンのように閉じて壁にできてもいいんだけど、ちょっと無理そうだ。
そう言えば銀の蜥蜴がかなり貴重な神授工芸品だと言ってた。
きっともっとできることがあるに違いない。
くそっ。
銀の蜥蜴にもっと聞いておくべきだった。
ま、放っておいて色々教えてくれるヤツじゃないからな。自力で使いこなしてやる。
動かし方と強度の確認。
まずは自在に動かせるようにしてやる。
十九階層をマントを揺らしながら進む。
強度に関してはさっき火球を防げたから、結構丈夫なはずだ。
オレが自在に動かせれば、丸盾程度の役割はこなせるだろう。
骸骨を蹴散らしながら進むと二十階層への階段が見つかった。
二十階層に上がってもいつもと同じ通路の横に穴が並んでる。
確か、十字交差点で真っ黒な双頭番犬を倒した。
二十一階層への階段探しをしなけりゃな。
普通に考えると、開放型の階層主とは言え倒さずに上には進めないはずだ。
だから倒さないと階段が出ない、或いは階段の部屋に入れない。
…となると怪しいのは大通りの突き当たりか。
大通りのど真ん中で戦ってたのに、階段や扉が出た記憶は無い。
大通りの突き当たりに階段部屋があって、その扉が開くに違いない。
双頭番犬は単独だった。
今の二十階層は階層主のいない無人の階層。
その大通りを歩いて行くと、迷宮の入口側の突き当たりに石の扉がある。
当たり。
……と言うか大通りの突き当たりなら全方向にあるんじゃないかと思ってしまうぐらい拍子抜けだ。
石の扉には何かよく分からない塔が彫ってある。
冥界の塔だから塔なのか?
この塔は天を目指してでもいるのか?
扉に彫ってあるんだから、銀の蜥蜴みたいに迷宮主と関係があるだろうし、気になる。
扉を開けると小さな部屋の真ん中に上に続く螺旋階段がある。
正解で安堵すると共に、二十一階層を考える。
また同じ構造が続くのか? それとも変わるのか?
あと、階層主を倒したから上に進めるのは当たり前だけど、限定特典と初回特典が発生するのかも気になるところだ。
特典でもらえる神授工芸品は特別だからな。
二十一階層からは腐死体の動きが速くなった。三体いると回避して進むのが難しい。
進路を塞ぎつつ回り込もうとして来る。
もはや腐死体とは別の魔物だ。蘇生屍体と呼んでもいいと思う。
腐った死体腐死体が蘇り、より丈夫な体と知能を取り戻した姿だ。そして骸骨のように、武器や防具を装備している。
蘇生屍体になってくると生前の姿が多少は癖として出てくるようだ。
猫人の蘇生屍体は動きが柔軟で素早い。
犬人の蘇生屍体は直線的な動きで力が強い。
その他に亜人がいる。
亜人は細い体で弓を使ってくることが多い。
たった三体の魔物でも難易度が違う。
銀糸のマントで亜人からの弓を弾きながら、速攻で猫人、犬人を葬る。
亜人は距離をとって近寄って来ないので、石製のナイフを投げて怪我をさせて動きを止めてから仕留める。
小さな部屋で一対三の戦闘を終えると、部屋の角に魔水薬と銀色の箱があった。
魔水薬は下の階層と同じようだが、緑色の紙で封がされてるほかに陶器に浮き彫りの紋様が入っている。下の階層ではこんな紋様はなかった。多分、効能が違うのだろう。
鉄の箱は一辺が一メートルの巨大なサイコロ型で、面の一つが扉になっている。
開いてみると中は空だった。
これは、板、筒と来て箱か。
多分、箱の中を暖かくしたり冷たくしたりできるんだろう。
便利そうなアイテムだ。
オレが使うかどうかは分からないが、ヘンリーが凄く喜びそうな品物だ。
二十二階層、二十三階層は二十一階層とほとんど同じようなものだった。
出てくる魔物は蘇生屍体ばかり、たまには二十体ほどの団体に遭遇することもあったが、三種の蘇生屍体に遅れを取ることはない。
剣や盾、弓を落としてくれるので結構武器が貯まってきた。
石で投擲用の球や短剣を作らなくてもいいぐらいに増えていくのは楽しい。
やっぱり、魔物を倒す都度、何かしらの素材やアイテムが手に入るのはモチベーションが上がる。
二十四階層に入ると、少し迷宮の雰囲気が変わった。
内壁の一部に木の根が這っている。
最初は見間違いかと思って、近づいて確認したが本当に木の根のようだ。
冥界の塔の入口からは分からないけど、塔の中腹には壁面に木が生えているのかも知れない。
実際に見ることはないだろうが、塔の側面から生えて一体化してる木はさぞかし禍々しいだろう。
そう思っていたら、塔の中でも禍々しい植物が現れた。
酸放鳳仙花。
赤い小さな花が弾けて酸を吹き出す魔物の一種だ。
急に通路のあちこちに見られるようになった。
今更、引き戻すのも手間なので当然花から飛び散る酸をかわして進むのだが、至るところに酸溜まりができてる。
そんな中でも蘇生屍体は酸をもろともせずに攻撃してくる。
痛みに対して感覚がないのだろう。
囲まれると面倒なので蘇生屍体を見つけると駆け出して倒して行く。
マントがあって良かった。
あちこちで弾ける酸をかわして戦闘をするのは不可能に近いが、銀糸のマントで防ぐことができる。
魔法を防げるだけでなく酸も防げるとは、今日まで知らなかったけどハイスペックなマントだ。




