第四十五話
一日休んで、再度冥界の塔に向かう。
……一日と言っても昼間休んで夕方に迷宮に向かってるだけで、丸々一日眠っていた訳じゃない。
どうせ迷宮の中にいたら時間感覚がズレるので、朝から入っても、夕方から入ってもそんなに違いはないと思っただけだ。
冒険者ギルドからの帰り道に色々と食べ物を買い込んで迷宮での長期滞在対策を行ったし、魔法腰鞄に入れておけば、大量に持ち運びしてもおかしくない。
空腹を抱えて戦い続けるのは苛々するので嫌だからな。
金の麦館に戻ると女将のノマリアが心配して声をかけてきたけど、それもゆっくり探索してたから時間がかかったと言って誤魔化したし、どうせ夜中に一人で暇になるくらいならさっさと迷宮に入った方がいい。
迷宮前の詰所には朝と違う衛士がいた。
二交代、いや三交代かな。
ライセンスの確認と何かあったときの初動対応。
集団暴走はないだろうけど、瀕死の冒険者が戻ってきたり危険なアイテムを拾って来ることもあるだろう。
そんな風に考えると岩壁の前に立つのも仕事だけど、詰所の中で待機してるのも仕事なんだろうな。
「坊主、こんな時間から入るのか?」
「これぐらいからの方が空いてるかな、と思ってさ」
「確かにそうだが、気をつけろよ」
「ありがとう」
この衛士も僕のことを心配してくれる。
いい街だな。レドリオンは。
冥界の塔に入ると、今回は手近な穴にすぐに入った。
最終的にかなり歩く可能性もあるけど前回の探索だと前に進めば階段に出たので、一番奥まで行かなくても、とにかく上に登った方が早い。
十字交差点を中心にして大通りに区切られた四つのブロックがあるけど、どのブロックからでも上に行ける気がする。
その確認のためにもすぐに穴に入って通路を進んだ。
五階層までは腐死体の数も少ないし、囲まれることもないだろう。
腐死体を全部避けていった方が早いはずだ。
多分、アイテムも全然無いだろう。
……ボロンゴたちも手ぶらっぽかったし。
投擲用の石球や石製のナイフを作りながらサクサクと進む。
腐死体ならある程度大きさのある石球で頭を飛ばした方が簡単に倒せるし、音波蝙蝠や吸血蜻蛉だとナイフの方が仕留めやすそうだ。
全てかわしてくつもりだったけど、通路が狭いのでちょこちょこと投擲して腐死体を倒しながら進んでいる。
手近なところから登り始めたけど、無事に五階層に着いた。
このまま大通りに出なくても上に行けそうな気がしたので、一応、大通りがあることを確認してから同じブロックの階段を登り続ける。
加熱板や冷却板は五階層ぐらいからポツポツと落ちている。
魔晶石交換筒と五対五ぐらいの比率だ。
ギャレットの言ってた魔水薬とか魔法巻物を拾いたいけど、何階層で出るんだろう?
階層主の後、十一階層から影隼の出る十五階層までの間が狙い目か?
ナイフの投擲は屍肉喰鳥に対しても有効だった。
八階層に入るとすぐに鉢合わせたけど、ナイフを投げて羽根を傷つけれれば簡単だった。
五階層以降、空を飛ぶ魔物が多いので、ミユたちのように弓が使えれば危険は少ない。
……僕の場合は弓じゃなくて、石だけど。
そう言えば双頭番犬から手に入れた長弓があったな。
あれを使えたら結構楽かも知れないのに。
ただ、弓幹だけだったので弦や弓矢を揃えないと使えない。
これから神授工芸品で出てくるといいけど。今のままでは宝の持ち腐れだ。
結局、同じブロックだけを上がることで十階層まで来れた。
大通りに顔を出すと腐死体犬がウロチョロしてる。
黒妖犬がいなくても腐死体犬は出現することが分かった。
再生に一ヶ月かかるのは階層主だけで、取り巻きは関係ないみたいだ。
黒妖犬はいないので、倒す必要の無い腐死体犬は放置して上に行こう。
十一階層も同じブロックから上がった。
この調子でどこまで行けるか? ついでだから検証しておこう。
骸骨が三体出てきたので骸骨から奪った剣を取り出し、振り投げる。
一体は体勢を崩したところをすぐに刀で頭を割った。
二体目と三体目が特攻して来るので、頭だけを突き割って倒す。
骸骨は盾を持ってるのが面倒だ。
何か体勢を崩す技のようなものがあれば楽なのに……。
銀の黄金虫に落とし穴を作ってもらうか?
銀の黄金虫は嫌がらないと思うけど、これくらいで頼るのは癪に触る。
そんな風にして砕けた骸骨を見ていたら、端の方に小さな陶製の薬瓶が落ちていた。
これが魔水薬?
白くて艶々した薬瓶は掌に収まる程度の大きさだ。
思ったよりもかなり小さい。
この大きさだとこれまで見落としていた可能性がある。
釉薬がかかった瓶で綺麗な円筒形をしている。陶製の蓋があり緑色の紙で封がしてある。
このままじゃ効果も用途も分からないな。帰ったらリナに聞くしか無い。
魔水薬を腰鞄に突っ込んだ。
十五階層まで来た。
魔水薬とか魔法巻物は十一階層から出現した。
拳大の魔水薬とそれより少し大きい魔法巻物。二つとも筒よりも小さいし、骸骨を倒した後だと骨と間違えてしまう。
五つずつ拾ったので、一つの階層で一つずつぐらいの頻度だ。魔水薬は封の色が違ったし、魔法巻物は書いてある図形が違ったけど中身が何かは分からない。
買取り金額も分からないけど骸骨の群れを倒せないと無理だろう。タイミングによっては囲まれてしまう。
ボロンゴたちだと十階層より上はダメだな。
そう考えるとギャレットが言った通りなかなか稼ぎにくそうだ。
ギャレットたちはもう少し浅い階層で加熱板や冷却板を拾う方がいい。
運良く照光板か静音板が拾えたら無理をする必要もない。
十五階層も大通りを確認すると、同じブロックを上がり続けた。
十九階層。
幽霊戦だ。
こいつは気合いを入れて退治する。
通路は広くなってきたが大通りほどの幅はない。
骸骨に紛れてやって来るので、今回は片っ端から殲滅していく。
ここまで上がって来るのに然程体力を使わなかったので、そろそろギアを上げるためにも日本刀から蒼光銀の長剣に変え、銀糸のマントも身につけた。
火球の攻撃に対してはマント一枚あるだけでかなり防御力が上がるはずだ。
何と言っても火柱で骸骨を消すぐらい威力がある。
あれの直撃は避けないとヤバい。
あ?
かなり注意力を上げてたのに無造作に幽霊が単独で現れた。
……一度、火球を打たせてみるか?
せっかくのチャンスなので蒼光銀で斬れないか? マントで防げないか? できるかどうか試してみようと気を抜いた。
気を抜いた、……つい気を緩めてしまった。
その瞬間、目の前に火球が現れた。




