第四十二話
冥界の塔を出ると朝だった。
中にいると時間感覚が無いので、知らない内に一晩経ってしまったみたいだ。何組かのパーティとすれ違って行く。
たまにこっちの服装をジロジロと見ていく獣人がいるので、タイミングを見て剣を変え、マントを外した。
あぁ、ちゃんと攻略してるパーティがいたんだ。
ボロンゴたちしか見てないから新鮮だ。
でも、少しばかり厳つい人が多いのであまりお近づきになりたくない……。
「おっ、坊主、無事だったか!
遅ぇから心配したぞ」
昨日と同じ二人の衛士だ。入るときは軽くあしらってしまったけど、心配させたなら悪かったな。
「すまなかった。中は時間が分からないから長居してしまった」
「無事ならいいんだ。
何か大勢入って行ったし、注意しろよ」
「はい」
衛士の話し振りだと、何組かのパーティが入って行ったのは珍しいみたいだ。
まぁ、中で会うことも無さそうだし気にするほどでもないか。
レドリオンの街に戻るとヘンリーのいるモンテリ商会を目指す。
天気も晴れてて、街の中は活気がある。
ちょうど街の皆が活動を始めたらしい。
生産地区では槌を振る音が聞こえるし、人の声も大きく賑やかだ。
モンテリ商会に着くと庭先でヘンリーが馬車の整備をしている。
「ヘンリーさん、おはようございます」
「あっ! シルバーさん。おはようございます。
宿はどうでした?
ギルドとか、受付してくれました?」
「うん。いい宿だし、ギルドの方もちゃんと対応してくれた」
「そうですか。それは良かったです。
それなら、これから迷宮ですか?」
「いや、迷宮から帰って来たところ。
もし良かったらアイテムを見てもらえないかな?」
「えっ?! あれ??」
「うん? どうした?」
「いや、一昨日会って宿屋に案内しましたよね?
昨日ギルドで手続きして、準備したり……?」
「一昨日は合ってるけど、昨日は午前中にギルドでライセンス証をもらって、午後から迷宮に行ってみたんだ」
「あ、それでですね。
分かりました。けど、昨日の午後に迷宮に入ったってことは、あれ?
もう何か拾ったんですか?
それよりも、一晩迷宮にいたんですか?」
「ヘンリー、買取りなら入ってもらいな」
ヘンリーがプチパニックを起こしてると、玄関の方から声がした。
見るとヘンリーよりも明るい色、部分によっては金色に近い色の狸だ。……リアル狸オヤジだ。
「シルバーさん、父です。
ここでは何ですので、中に行きましょう」
ヘンリーに案内されたのは玄関から少し入ったところの応接室。
冒険者パーティが入れるようにだろう、テーブルの周りには椅子が十脚もある。
ヘンリーに促されて椅子に座って待ってると、ヘンリーが先ほどの父親と一緒にやって来た。
軽く説明してくれたんだろう。父親の視線は既に柔らかい。……優良顧客と思ってくれたら楽なんだけどな。
「シルバーさん、父です。
この商会は父が立ち上げたお店なんです」
「へぇ、凄いですね。
僕は冒険者のシルバーです」
「父のモンタギューです。
ご挨拶も兼ねて同席させて頂きたいのですが宜しいでしょうか?」
「僕も分からないことばかりなので、教えてもらえると助かります」
そう言って座ろうとしたら、もう一人、狸の獣人が入って来た。ヘンリーよりは年下だけど、僕よりは上、十五ぐらいかな。
「私の名前はクリスタです。
目利きなら兄さんより得意です。同席してもいいですか?」
父のモンタギューに近い毛色で耳や頬っぺたが明るい金色に輝いていて目がクリクリしてる。
「あ、もちろんいいですよ」
ヘンリーが渋い顔をしてるけど、クリスタは満面の笑みで、商談に同席できるのが嬉しそうだ。
「それじゃシルバーさん、アイテムを見せてもらってもいいですか?
何はともあれ、実物を拝見したいです」
そうだった。何を出すかな。
何種類かある板と魔晶石交換筒から見てもらうか。
テーブルの上に腰鞄から五種類の板と三種類の魔晶石交換筒を出したら、三人がギョッとした。
「あの、シルバーさん。その鞄は?」
「あぁ、迷宮で拾った。便利でしょ」
「それは魔法鞄の一種のようですね」
モンタギューが目を細めて観察しながら教えてくれた。
ヘンリーは見たことないみたいだけど、モンタギューは似たような鞄を見たことがあるんだろう。
「魔法鞄って言うんですね。
僕は腰鞄だと思ってました」
「Aランクの紅炎の獅子虎が持ってるって言うのは聞いたことがあります。
実物を見るのは初めてですが……」
「結構貴重なのかな……」
「少なくとも私は初めて見ました」
ヘンリーが腰鞄を羨ましそうに見てる。
……あげないし、売らないよ。
ヘンリーが腰鞄に熱視線を投げかけていると、クリスタが板を手に取って調べ始めた。
「これは加熱板。
こっちは照光板、この珍しいのは冷却板かな。冷却板はなかなか珍しいですよ。
これは送風板だと思います。
魔晶石交換筒をつければ、確定しますね。
最後のこれは分からない。
父さん分かる?」
ヘンリーを差し置いて、クリスタが片っ端から鑑定していく。モンタギューが真ん中で隣のクリスタの鑑定を肯定してる。
反対側からはヘンリーが覗き込んで唸ってる。
「貸してもらえるか?」
クリスタがモンタギューに最後に持ってた丸型の板を渡した。
他の板は四角いのに、その板だけは丸い。明らかに珍しい板だと思う。
「他に聞いたことがあるのは静音板、芳香板、雑音板ぐらいか……。
流石に外見だけじゃ分からないな」
「シルバーさん、こちらの魔晶石交換筒を見てもいいですか?」
「あぁ、全部好きにしてもらって構わないし、その魔晶石交換筒の使い方も分からないので使えるか試してもらって構わない」
「えっ! いいんですか?」
ヘンリーの問いに答えたら、クリスタが食いついてきた。
「ええ、全く問題ありません。
色んな使い方を試してみて、教えてくれたら助かります」
「きゃー!」
クリスタの目がキラキラして、モンタギューとヘンリーがちょっと引いてる。
「クリスタ、流石にやり過ぎないようにな」
「お前はすぐに調子に乗るから……」
検証はクリスタに任せて、魔晶石交換筒について教えてもらおう。
「この魔晶石交換筒って何?」
「えっ? そこからですか?」
「うん」
「魔導具を動かす魔晶石を交換しやすくしたものです。
この中に指先ほどの魔晶石が入ってるらしいですよ」
「ふ〜ん。それでどうやって使うの?」
「こうやって使うんですよ」
ヘンリーが照光板を手に取ると、裏返して端のところをスライドさせるとカバーが外れて、中に窪みがあった。
「ここに窪みがあるんでここに嵌めるんです。
サイズによって合うものと合わないものがあるのですが、魔晶石の消費量によってサイズが決まってるようです」
「消費量の大きい板には大きい魔晶石交換筒が必要ってことか?」
「そうですね。
魔晶石交換筒をこうやって嵌めると使えます。
大抵は横にセレクターが付いてるので、そこで切り替えられます」
カチッと音がして、照光板が明るく光った。
おぉ。この魔導具、便利だな。
「貴族の方たちはこの照光板を壁や天井に設置するそうです」
「へぇ、便利だね」
「そうですね。
結構長持ちするみたいですよ」
「魔晶石が無くなったらどうするの?」
「魔術師だと魔力を注げるそうです。
大きな屋敷だと魔晶石交換筒を交換して使って、決まった時期に魔術師に使い終わった魔晶石交換筒への魔力注入を頼むと聞きました」
「ふ〜ん。
魔術師なら使い放題だ」
魔晶石に似てるから、魔晶石に魔力を貯めれた僕にもできるだろう。
「これは静音板みたいです」
色々やってたクリスタが離れたところから戻って来た。
「シルバーさん、ちょっとこっち来て下さい。
父さんと兄さんはそのまま適当に話してて下さい」
クリスタが僕の手を引っ張って応接室の端に移動した。
「ここからだと父さんたちの話しが聞こえないですよね。かなり近づかないと話は聞こえません。
同じように、父さんたちにはこちらの話も聞こえません。
静かな場所で他の人に聞かれたくない話ができる魔導具ですよ」
「確かに聞こえないね。貴族が欲しがりそうだ」
「そうです。今回の板の中では一番高値が付きますよ」
クリスタが僕の手を握ってブンブン上下に振り回してる。
テーブルに戻るとヘンリーが一枚の紙をテーブルの中央に置いた。
ヘンリー、手が震えてるぞ。
「こ、今回の買取り査定はこちらになります。
ご説明させて頂いて宜しいでしょうか?」




