第三十七話
塔の迷宮。
五階層の大通りでどこに向かうか考えていると、右の方から声が聞こえた。
小さな声だけど、怒鳴っているようだ。
誰かいるのか?
様子を見るために警戒して右へと進んだ。
「奥から新手。吸血蜻蛉が三匹」
大通りの中央に立って剣を振り回している犬人が注意を促している。
白地に黒い斑ら模様が点々と広がっている。ダルメシアン種の子供?
僕よりは大きいけど、ジェシーよりは明らかに小さい。
メンバーを探すと右の壁際に三人。
倒れている女性の猫人とそれを介抱するもう一人の女性猫人。
その前に立って壁役になっている男の虎模様の猫人。
全員、十三、四歳だろう。
男二人、女二人でパーティを組んでるようだ。
男は二人とも戦士タイプ、女の子は分からない。
大きな蝙蝠の死体や棘蛆虫が転がっているので、何体かの魔物と連戦になったようだ。
吸血蜻蛉が大通りにいる戦士に向かって襲いかかると、その戦士がバランスを崩して転んだ。
「そこの戦士下がって。加勢する」
声を上げると小石を吸血蜻蛉に投げた。
小石が当たった一匹の吸血蜻蛉の翅が付け根から千切れ、残りの二匹が左右に避けた。
すぐに片方の吸血蜻蛉にも小石を投げて体を潰すと、犬人の戦士と残った一匹の吸血蜻蛉の間に立った。
「誰だ!?」
犬人の戦士が怒鳴ってきたけど、気にせずに目の前を飛ぶ吸血蜻蛉を日本刀で横薙ぎして両断した。
斬られた吸血蜻蛉がその場に落ちるのを見ながら、先ほど翅を失い地面でもがいている吸血蜻蛉にもとどめを刺した。
一瞬で訪れる静寂。
「すまない。勝手だが割り込ませてもらった」
「な、な、な……」
膝をついた体勢の犬人のダルメシアンが何か言おうとしてるが言葉になってない。
「あ、ありがとうございます」
介抱してた女性の猫人が戦士の言葉を遮るように感謝を述べた。
「あ、……。
すまない。助かった。
オレからも礼を言う」
犬人の戦士は猫人の声で少し冷静になったようだ。
「助かったよ。棘蛆虫と戦ってるときに音波蝙蝠に不意を突かれてしまって。
デクサント、大丈夫か?」
虎模様の猫人の戦士が話しながら、もう一人の戦士に駆け寄って行く。
デクサントがダルメシアンの犬人の名前みたいだ。
「あぁ、大丈夫だ。オレよりもマユはどうだ?」
「怪我は無いから、音波でよろけたんだと思う」
「そうか、それなら良かった」
「改めて、助かったよ。ありがとう。
俺はボロンゴ。四人でパーティを組んでる。
君は?」
虎模様の猫人がボロンゴ。倒れているのがマユらしい。
倒れているマユと介抱している猫人は二人とも青がかったグレイの短毛種だ。ロシアンブルー種に見える。
「僕はシルバー。勝手に割り込んだけど無事みたいで良かったよ」
「本当に助かった。気が動転してたみたいだ。
それにしても何で攻撃したんだ。全然見えなかった」
ボロンゴが馴れ馴れしく話し出した。
僕はどんな距離感で話していいか分からないので、軽く合わせながら様子を見る。
「あぁ、ただの小石だよ。
僕の身体じゃ間合いが届かないから」
「小石であんな威力なのか?
すげぇな。
見たことない顔だけど、いつも迷宮に潜ってるのか?」
「いや、僕は今日が初めてだよ。
ちょっと様子見だけ」
「おいおい、初めてであんな攻撃できんのかよ。
俺たちもウカウカしてらんねぇな」
「本当に、今日が初めてなのか?」
立ち上がって埃を払ったデクサントも会話に入ってきた。
「まぁ、練習してたから」
「……」
デクサントが驚いたような表情をした。
そして自分の手と握り締めた剣を見る。剣先がプルプルと震えていたが、それは見なかったことにする。
話すことがないんだけど、ちょっとした気まぐれで質問をした。
「この迷宮は何が出るんですか?」
「それは魔物? それとも神授工芸品?」
「どちらも、ですかね?
知り合いがいないので、全然知らないんです」
「それなら、助けてもらった恩を少しは返せるかな」
ボロンゴが笑うと、デクサントも力を抜いて息を吐いた。後ろではマユをゆったりと寝かせて介抱している。
しばらく起こさずに様子を見るようだ。
「どこから知ってるのか分からないから、ちょっとしつこくなるかもだけど、許してくれよ。
レドリオンの双子迷宮は冥界の塔と竜の洞窟の二つでできてる。
こっちの塔は冥界の塔だ。
昔の都市が集団暴走に飲まれて、冥界への扉が開いたとか言ってたな。
それで滅亡したから冥界に続く塔ってことらしい。
それとは別に単純に腐死体とか屍肉喰鳥とか、冥界に住む魔物が多いからってのも理由らしい。
俺たちはまだ見たことが無いけど、十階層の階層主は黒妖犬だって聞いた。
それで冥界の塔にはどんなお宝があるかと言うと、古代都市で使われた魔導具が出てくる。
加熱板とか冷却板とかだな。
昔の都市が背の高い建物で、だからこの迷宮も上に伸びてるんだけど、そこで使われてたんだってよ」
「へぇ、魔導具か」
「あぁ、ここら辺でもたまに湧いてる。
魔導具だったり、魔導具を使うための魔晶石交換筒とか」
「魔晶石交換筒?」
「魔晶石を加工した筒だよ。
魔力が貯められるんだ。
加熱板も魔晶石交換筒が無いと使えないからな」
「この迷宮だと大体どれくらいの冒険者が潜ってるのかな?」
「デクサント、どれくらいか分かる?」
「いや、分からないな。
百人ぐらいはいると思うけど……」
「それぐらい、……かな」
「マユ! 気がついた?」
突然、女性の猫人が大きな声を出したので、そちらを見ると意識を失っていたマユが目を覚ましたようだ。
「ええ、大丈夫。
ちょっと立ち眩みがしたたげだから……」
「良かったな、ミユ」
デクサントが介抱してた女性の猫人の肩を叩きながらマユに寄って行く。
倒れてた方がマユで、介抱してたのがミユか。
姉妹かな?
「ありがとうございました。
マユも意識が戻ったし、助かりました」
「良かったです」
「私はミユ。レドリオンの美味しいお店とかも知ってるから、困ったら声かけてね」
介抱してた猫人だけど、さっきまであんなに大人しかったのに、マユの意識が戻ると急に元気になった。
ボロンゴとデクサントがマユの方に行ったのもあって、ミユが僕と話してくれてるようだ。
それにしても、マユのことをあんなに心配して、これまで危険な魔物に会って来なかったのだろうか?
「皆さんのような四人パーティだと、どの辺まで行けるんですか?」
「私たちはまだまだだよ。
九階層まで。十階層の階層主はまだ無理だって言われたから、この辺りでアイテム探してるの」
「もう片方の洞窟の方は行かないんですか?」
「あっちは獣人が多いから。
それに蛇とか蜥蜴はまだ難しいし」
「へぇ、そうなんですね」
「シルバー君はこれからどうするの?」
「もう少しあちこち探索してみます。
ひょっとしたら魔導具があるかも知れませんし」
「そう。
それじゃ、何かあったらギルドのリナさんに言伝してね。私たちリナさんに担当してもらってるから」
「あれ? ギルドって担当とかありました?」
「あ、私たちは、その、経験が少なくてよく分からないこともあるから、いつもリナさんにお願いしてるの」
「僕も今日対応してもらいました」
「あら、偶然。それならリナさんは分かるわよね。
街に戻ったら連絡してね。
今日のお礼もしたいから」
「いいえ、今日のは偶然ですし、お礼なんていらないですよ。
「そういう訳にはいかないの。
私がお礼したいんだから、付き合ってよ」
「……はい」
何だろう? どことなくサラティ姉さんに近いオーラを感じる。
連絡する必要は無いんだけど、連絡しなかったらメチャクチャ絡まれそうな……。
とりあえず、話しはそこまででボロンゴたちと別れて上を目指して歩き始めた。




