第三十六話
冒険者ギルドを出ると北に向かう。
街の中にある城壁。その内側にはレドリオン公爵の住まいとか言う宮殿や貴族たち高官の屋敷がある。
そんな貴族街への門を見ながら西の商業地区へ回った。
ここのお店も色々と見てみたい。
メイクーン領で待ってるサラティ姉さんたちが喜ぶ品物がありそうだ。
レドリオンの北門を出ると、北西に巨大な粘土をこねくり回したような塔が見えた。
塔の迷宮。
更に北に洞窟の迷宮があるはずだ。
街からは二キロメートルほど離れている。
歩きながら午前中の試験について振り返ってみた。
ジェシーがBランク。銀。
実際に腕が良かったし、あれが全力ってこともないだろう。でも、剣の腕前ならサラティ姉さんの方が上だ。
綺麗でバランスが整っている。
違いは魔力を纏えるか、どうか。
サラティ姉さんは魔力を纏えない。
ジェシーは木剣に魔力を纏ってた。
恐らく、それがBランクの強さ。
木剣だから魔力を纏えたのかどうかは検証しないとな。
ジェシーは鉄剣でも魔力を纏えるかも知れないし……。
あと、木剣と鉄剣だとどっちが硬いかも検証したい。
木剣に魔力を纏ったら鉄剣より硬そうな気がする。
周りを見渡して、近くに生えてる木から枝を落として持ってみる。
ものは試し、か。
小枝を落としてから掌に魔力を纏うと樹皮を剥がして木の棒を整形した。
細い部分を折ってできた長さ一メートル程度のただの棒。
魔力を纏ってみると、アッサリと散っていく。
あれ?
ギルドにあった木剣は魔力を纏えたのに、この木の棒だと纏えない。
もうちょっと調べてみる必要がありそうだ。
テクテクと歩いて塔の迷宮に着いた。
塔は恐ろしく大きい。
小さな村ならすっぽりと中に入るだろう。それがずっと上まで続いてる。
塔の手前には高さ三メートルほどの岩壁が作られていて、一ヶ所だけ途切れている。
そこには二人の衛士がいて塔へ向かう獣人をチェックしている。
僕はその入口に向かうと、胸元から冒険者のライセンス証を出して見せた。
「おいおい、本物か?」
右側の衛士が笑いながらからかってくる。
「そうだ」
面倒なので、そのままあしらって岩壁の内側に入った。
内側には塔の迷宮の入口があった。
本当に泥を捏ねて作った塔のようだ。
赤茶色の泥の塔の真ん中に入口の穴が開いている。
穴の大きさは縦横三メートルぐらいの丸い穴。
穴の中に入り岩壁の厚さ五メートル分を歩くと、横幅十メートルほどの大通りが真っ直ぐに伸びている。
天井も高く恐らく十メートル程度ある。
塔の内壁が薄っすらと赤く光っているので、赤い靄がかかったような視界だ。
しばらく進むと左右にポッカリと穴が開いている。
小部屋に入れるようなので、少し覗いてみる。
……穴の先に道が続いていて、中にも左右に小さな穴が並んでいた。
昔の高層建築の名残りだろう。みっしりと小部屋が連なっている。
少し進むと広間があり奥に階段が見えたけど、手前に腐死体が見えたので、引き返した。
腐死体の姿がグロテスクでおぞましい。
腐乱死体がゆっくりと這いずっている。
臭気も漂っていて血生臭い。
……とてもじゃないけど剣で斬りかかる気になれなかった。
大通りまで引き返すと、しばし呆然とした。
塔の迷宮に人気が無いのも良く分かる。
誰も好き好んでこんな場所を歩き回りたくない。
近接戦闘を回避して、どうやって先に進むか?
足元の石ころを拾うと魔力を纏った手で整形しながら歩くことにした。
遠距離攻撃の手段を確保しながら先に進む。
腐死体とは距離を取って避けながらまずは真っ直ぐに奥に進む。
メイクーン領の迷宮と同じだ。
全ての魔物を倒す必要は無い。
どうせ様子見なんだし、先に進んで行く。
途中で何ヶ所か左右にある入口もスルーして先に進むと直径五メートルほどの枯れた噴水が現れた。
ここが大通りの中心のようだ。
左右にも大通りが伸びて、大通りが十字で交差している。
古の都市ペルハストの街並みに少し感動する。
昔はこの大通りを獣人たちが行き交い、幾つもの建築物の中で獣人たちが賑やかに生活していたと分かる。
それにしても街を一つ飲み込んだ迷宮か。
この上に迷宮が続いていることに怖れを抱く。一体どれほどの獣人が亡くなり、今も腐死体として彷徨っているのだろう……。
迷宮を攻略すると言うよりは、古の街並みを観察しながら先に進む。
すると行き止まりに一際大きな穴が開いていた。
多分領主館か何かの跡だ。
覚悟を決めて中に入った。
大通りから中に入ると通路が狭くなり圧迫感がある。
上に続く階段を探して左右の小部屋を覗いて歩く。
通路を塞ぐように腐死体が現れたので、意を決して小石を投げた。
バンッ。
小石は腐死体の頭に当たり、頭が弾けた。
その後、ゆっくりと腐死体が倒れて動かなくなった。
じっと観察していると、しばらくしてグズグスと腐死体の死体が迷宮に沈んでいく。
粘性捕食体のときと同じだ。
死体が迷宮に吸収されていく。
何はともあれ、小石が有効で頭を吹き飛ばせば腐死体を倒せることも分かった。
腐死体にはこの方法で行こう。
更に先に進むと階段があったので、階段を上って二階層に上がった。
大通りを歩いてきたからか、二階層というイメージが無い。数フロアまとめて一階層のような印象だ。
……それも階層主を見つければ謎が解けるだろう。
階層主を探して、上に進む。
二階層に上がると、すぐ横に三階層への階段があった。当然、その階段を使って上に上がる。
どこかに神授工芸品が転がっているかも知れないけど、わざわざ探し回るには広過ぎる。
階段の横に階段があるので、次々と上に上った。
五階層まで上がると、上への階段が無くなったので、通路を着た道に戻るようにして進み始める。
階段で十五メートルは上に登ったので、一階層の大通りの天井の更に上に来た計算になる。
細い通路を腐死体を倒しながら進むと、また大通りに出た。
先に進むと、一階層で枯れた噴水のあった大通りの十字交差点に棘蛆虫がいる。
一メートルほどの赤紫色をした蛆虫だ。動きは遅いけど体中に鋭い棘があるので刺されると危険な虫だ。
当然、投石で遠距離から仕留めることにする。
拳大の石で頭を吹き飛ばして倒した。
棘蛆虫を倒した後、十字交差点をどっちに進もうか考えていると、大通りの脇に筋の彫られた四角い鉄板のようなものを見つけた。
よく見ると一辺が五十センチメートル正方形で厚さが十センチメートルの鉄製の板? のようだ。
ボロボロの廃墟にそぐわない綺麗な品物だ。
神授工芸品かも知れないので、収納庫に保管して、後で調べることにする。
リスクを抱えて迷宮に入るからには売れるものを獲って来なくちゃ話にならない。
ゴミかも分からないけど、成果無しよりはいい。




