第三十五話
試験官と名乗ったジェシーがグイグイと進んで行った先は冒険者ギルドの裏手にある広い訓練場だった。
学校のグランドぐらいの大きさで高さ三メートルほどの石壁が張り巡らされている。
壁際の樽には木製の武器が雑多に放り込んであり、ジェシーはその樽から無造作に一本の木剣を引き抜いた。
「坊主も好きな武器を選びな」
僕が樽の中を覗き込んで何があるか見てたら、ジェシーが背後から喋りかけてくる。
「迷宮に一歩でも入ったらいつ襲われてもおかしくない。そんな場所に行こうとするんだから、本気でかかって来いよ。
パーティを組んでって訳でもなく、一人で行くんだったら力がなきゃすぐ死ぬぞ」
優しいんだか厳しいんだか分からない言葉だ。
結局、僕も適当に木剣を選んだ。
ジェシーはガラ空きの訓練場に入って既に中央の方にいる。慌てて後を追った。
冒険者ギルドから何人かがパラパラと出て来てこっちを見てる。
「最後まで俺の攻撃を防ぐか、途中で攻撃を入れれば合格だ。何か質問は?」
「無いです」
「じゃ始めるか」
ジェシーが右手に持った木剣を真っ直ぐにこちらに向けてゆっくりと近づいて来る。
……隙が無い。
自然体で歩いて来るけど、右手に構えた木剣が僕の僅かな動きにすぐ反応する。
待ってても仕方ないし、打ち込もうとした瞬間に微かな魔力を感じた。
魔法?
咄嗟に木剣に魔力を纏って気配を探った。
何も来ない。
何だったんだ?
木剣は鉄剣とは違い、少しは魔力を纏えるようだ。鉄剣のあのスッと魔力が抜ける感じがない。
とりあえず軽く打ち込んで様子を見る。
キン!
木剣同士がやたらと甲高い音を立てて弾けた。
危なっ。
ジェシーが木剣を魔力で覆ってた。
僕が魔力を纏ってなかったら、一撃で木剣が折れていただろう。
ジェシーの攻撃を防げば、って言ってだけど魔力を纏ってないと一撃で木剣が折れて終わりだった。
木剣が折れなかったのを見て、ジェシーがニヤリとしてる。こっちが冷や汗をかいてると、ジェシーが打ち込んできた。
念のため真正面から受けないようにして受け流す。
「おいおいジェシー、子供だからって優しすぎないか?
いつもの木剣砕きを見せてくれよ」
周りで見てる冒険者から声が上がった。
……なるほどね。
ジェシーはこうやって試験を受けに来た新人の木剣を砕いて失格にしてる訳だ。
ただ、全員に魔力を纏えるか試してる訳でも無さそうだ。
子供とか一人で試験を受けに来たときに、失格にするためにコソッとやってるんだろう。
何かムカつくな。
子供だと思って武器を折って終わりにしようとしてたこととか。
試験官やってやる、っていう態度とか。
何かいい方法ないかな……。
ジェシーの攻撃を適当に受け流しながら、反撃の方法を考える。
ジェシーの剣は木剣だけど魔力を纏ってるので鉄剣よりも硬い。技も洗練されてる。力押しではなく剣技として磨かれている
右手右足を前に出して常に身体を半身にしてる。僕よりも腕が長いのでリーチ差で攻めにくい。
左手がフラフラしてるのは普段は小盾でも装備してるからか?
それなら、懐に入るしかない。
ジェシーの振り下ろしを受け流して懐に飛び込もうとして力を入れた瞬間、ジェシーの木剣がバンッと割れて粉々に砕け散った。
はぁ?
ジェシーも唖然としてる。
無意識に木剣に魔力を込め過ぎたみたいだ。
ジェシーの木剣が僕の剣を受けきれなくなって割れた。
「……参った。試験は合格だ」
ジェシーが木剣を捨てて両手を上げた。
試験は終わりのようだ。中途半端な結末でスッキリしないが、合格ならいい。
「おいおい、ジェシーの剣が砕けたぞ」
「自分の剣を砕くとは木剣砕きも形なしだな」
勘違いした外野が煩いけど、スルーだ。スルー。
「受付けに戻ってリナに処理してもらえ」
ジェシーはそれだけ言うと戻って行った。
くそっ。もう少しで一発入れれたのに。惜しいことをした。
木剣を樽に突っ込んで、来たときの道を戻る。
ギルドの受付は先ほどと変わりない。
さっきの受付嬢が待機してたので声をかける。
「すみません。リナさんですか?」
「あ、試験どうだった?」
「はい。合格しました」
「良かった。おめでとうございます。
あ、私は受付のリナです。
早速手続きしますね。
それにしても、本当に合格したの?
怪我とかしてない?」
僕が子供だからか、リナの対応の中に微妙にお姉さん的な対応が見え隠れする。
「大丈夫です。
お互いに怪我はありません」
「本当に?」
「木剣が割れて終わったので、二人とも怪我なしです」
「あれ? 木剣が割れたら普通は失格なのに何かあったの?」
「はぁ、試験官の木剣が割れて合格しました」
「えっ? それってどういうこと?」
「さぁ? 僕はリナさんのところに行って手続きしてもらえと言われただけですし」
「あ、確かに、そのことは置いときましょう。
それでは手続きを進めますね。
すみませんが、字は書けますか?」
「はい。簡単なものなら書けます」
「ではこちらに名前と使う武器、魔法を書いて下さい」
そう言って書類を出すとリナは事務所の奥に行ってしまった。
リナの置いた書類を自分で確認して書いていく。
名前はシルバー。武器は剣。魔法は無し。
サラサラと書くとリナが戻って来た。
「合格の確認もできました。
ランクはEです」
「E?」
「はい。
冒険者ギルドでは実力を判断してランク付けを行なってます。
最低ランクがFです。Fだと迷宮に入るときに同行者が必要です。Eならば単独で入っても良いけど、決して無理しないで下さい」
そういうとリナは簡単な表を見せてくれた。
「冒険者ランクはこのようになっています。
Fが見習いでEが新人です。一年から二年頑張って経験を積むとDランクに上がれます。鉄ランクとも呼ばれますね。
これはギルドでの依頼達成の状況と魔物討伐の実績で評価されます。
そこからC、B、Aとランクが上がっていくと銅、銀、金と呼び名が変わっていって最高ランクがSランク、白金です」
「ふ〜ん。さっきのジェシーはどれくらいなの?」
「えっと? ジェシーさんですか?」
「そう。試験官のジェシー」
「……Bランクです」
「ありがとう」
「あの、伝えられるのはこれぐらいです」
「充分です。
ランクが上がると何かメリットがあるんですか?」
「はい。
ギルドで斡旋する依頼のうち、難易度の高い依頼を受けることができるようになります。難易度が高いと報酬も高いのでリスクと収入が上がります。
指名依頼の標準報酬も上がります。
ギルドには一般依頼と指名依頼がありますが、指名依頼になるとより高額な報酬になることが多いです。
後は冒険者ギルドの設備を色々と利用できるように変わる。お伝えできる情報も変わるし館内個室も優先的に使えるようになるの」
「それなら、ランクを上げるのもいいかな」
「依頼についてだけど、冒険者ギルドで斡旋する依頼にはペナルティ有りと無しのものがあります。
ペナルティ有りは決められた期間で依頼を達成できないと違約金が発生します。場合によっては証拠金を預けないと受注できない依頼もあります。
ペナルティ無しはそのようなリスクはありません。
また、依頼は通常は一組限定ですが、上限設定されている場合もあります。この場合は一つの目的を複数のパーティが競って処理したり、複数のパーティで合同で処理したりと色々あるから、都度私に相談してもらった方がいいと思う」
「結構面倒だね」
「冒険者ギルドが依頼者と冒険者の間に入ってトラブルを無くそうとしてるんだけど、どうしても早く処理して欲しい場合は受託時点で一時金、達成時に残金支払いと言うケースもあるから、注意が必要だよ」
何故か徐々に近所のお姉さん的な対応になってきたんだけど……。
「迷宮での注意事項とかはありますか?」
「シルバー君は一人で迷宮に潜るつもり?」
「そうだね。基本は一人だと思う」
「それだったら、戦闘にしろ採取にしろ他のパーティとは距離を取った方が良いと思う。
どうしても、俺の獲物だ、私の邪魔をするな、と言う方がいるから……」
「ありがとう。
倒した魔物はどうすればいい?」
「持ち帰って来てくれたら、ギルドで査定して買取りするよ。
慣れて来ると馴染みの商店に買い取ってもらう冒険者の方も多いけど、最初はギルドの資料とかで買取料の高い部位などを調べるといいかな」
「どっちの迷宮がお勧めですか?」
「そうだね〜。……塔の迷宮かな」
「理由を教えてもらっても?」
「うん。
人気がないので冒険者が少ない。まずはそこで慣れた方がいいと思う。
それに一人で迷宮に行くなら荷物は沢山持てないし。
魔物を倒しても大きな獲物を持って帰れないから、塔の迷宮に出るアイテムの方が買取り向いてると思う」
「どんなアイテムが出るの?」
「塔の迷宮だと腐死体が多いけど、剣や盾を落とすから比較的簡単に査定ができると思うよ」
「なるほどね」
「それじゃライセンス状を発行するから、この銀板に血を垂らしてもらえる?」
徐にリナから銀色のカードとナイフを渡された。
この銀色のカードが冒険者ギルドのライセンス証になるのだろう。
血を垂らすことで本人認証の機能にでもなるのかな。
そうなったら凄い。
ナイフで少し腕に切り傷をつけると、滲み出た血をカードに垂らす。
一瞬カードが淡く光って、それまで艶消しだったカードに光沢が出た。
「成功したよ。
ここにシルバー君の名前とランク。
発行したレドリオンの紋章が刻んであるから確認して。
本人認証ができるようになってるから他人に渡したり売ったりしないでね。
その場合、欠格してライセンス剥奪となっちゃうから」
本当に本人認証ができるみたいだ。謎テクノロジー。
リナがライセンス証の説明をした後、カードにチェーンを通してくれた。
「それじゃ頑張ってね」
リナの笑顔を見てギルドを後にした。




