第三十四話
「レドリオンには居住区が四つあるんです。
中央がレドリオン公爵の居城を中心とした貴族街。
東が一般居住区。
西が商業地区。北が生産地区です」
「南は?」
「南は大通りがあって、冒険者ギルドや商業ギルドとか宿屋があります」
「へぇ〜。結構な計画都市なんだね」
「そうですね。
何代か前の公爵が結構強引に土地を割り振りされたと聞いてます」
「それも迷宮の利権があればこそか……」
「そうですね。安全のため、利益のためなら多少は我慢します」
ヘンリーと話をしながら街へと進む。
「そう言えば、シルバーさんは身分証はお持ちですか?」
「残念ながら無いんだ。
ま、お金はあるからギルドで登録するまでは我慢だね」
一応、子爵の息子としての身分証はあるんだけど、それだと色々面倒なので、できれば使いたくない。
使わずにどこまで行けるか、実験みたいなもんだ。
「そうですか……。
それだと街に入るのに少し時間がかかるかも知れません」
「ま、入れれば問題ない」
あまり大した問題では無いので軽く流したら、ヘンリーが妙な提案をしてきた。
「もし良ければ、一時的にモンテリ商会の護衛になりますか?
恐らくそれならば、私の身分証で一緒に入れます」
「それは、……迷惑じゃないのか?」
「別に変わりませんね。実際に護衛して頂きながら鹿を仕留めて頂いてますし」
「本当に迷惑じゃないならお願いしよう。
面倒をかけるようなら関わりが無いことにしてほしい」
「街の出入りぐらいなら全く手間も掛からないので問題ないです。
……それにしてもシルバーさんも小さいのに面倒な性格してますね。
少しぐらいは頼ってもらっても大丈夫ですよ」
「まぁ、あまり他人に頼るような生き方をしてないからね」
そう言って一緒にレドリオンの門を潜ったんだけど、本当にほぼ素通りだった。
ヘンリーが身分証を提示して確認してもらう。
その後、門の守衛はアーノルドと僕の身分を口頭確認しただけだった。
良しっ、と言われてそのまま街に入った。
レドリオン規模の街だと人の出入りも多いので、お金も伝手もない獣人を弾く程度のチェックなんだろう。
「助かったよ。
あれだけで通れるのに、わざわざ色々質問されるのはアホらしいからね」
「いいえ、構いませんよ。
後は宿とギルドとうちの店ですね。
案内しますから、ちゃんと覚えて下さいね」
ヘンリーがやたらと気を利かせてくれる。
……僕の秘書にでもなるつもりか?
最後のヘンリーの店、父親のモンテリ商会の場所を教えるのが一番の目的なんだろうけど、いい狸に出会ったもんだ。
「順序はギルド、うちの店、宿屋でご案内しますね。
宿屋が一杯だったら困るので、一度店に寄ってアーノルドに片付けをしてもらってる間に私が案内します」
途中の森で出会っただけなのに、こんなに優遇してもらっていいんだろうか?
ちょっと心配になるけど、その内どこかで返せばいいだろう。
案内してもらった冒険者ギルドは四階建ての大きな建物だった。横に大きな倉庫が併設されている。
依頼の受付けもあれば、素材の買取りもしてるのだから当たり前といっていい大きさだった。
続いてモンテリ商会。
西の商業地区をかなり北に進んだところの裏路地にあった。事務所は小さいけど、倉庫はかなり大きかった。
結構な量の買取りができる商会だと納得した。
アーノルドが幌馬車を引いてそのまま倉庫に向かって行く。厩舎も倉庫の横にあって、既に二頭の馬が繋がれている。
ヘンリーは少し事務所に顔を出してから、すぐに戻って来た。
僕を案内することの承諾を取ってきたのだろう。
戻って来ると自信満々で再度案内を始めた。
最後が宿屋だ。
別に安い宿屋で十分だと伝えたんだけど、ヘンリーは安全な宿屋でないと紹介できませんと言って、ちょっと高めの宿屋を紹介してくれた。
「ここが金の麦館です。
宿泊料は一日銀貨十枚から十五枚程度ですけど、綺麗で安全です」
「任せるよ。
猪と鹿の買取り分で二週間ほど生活できれば問題ないし」
そう言って中に入ろうとすると、手で止められた。
「それじゃ、ちょっと交渉して来ますからちょっと待ってて下さい」
内心、そこまで頑張らなくても、と思ったけど任せて正解だったみたいだ。
しばらくしてヘンリーが手招きするので入って行くと、女将さんが丁寧に挨拶をしてくれた。
「金の麦館のノマリア・ティーラスです。
この度は当館をお選び下さりありがとうございます。
上級の部屋を二週間で金貨一枚でご用意させて頂きます。お食事は日によってご都合があると思いますので、別払いでご注文して頂く形が良いかと思いますが、いかがでしょうか?」
猫人の中でも青毛長毛種、綺麗系の女将が微笑みながら淡々と話して行く。
「分かりました。お願いします」
安過ぎる気がするので、どこかでチップか何か考えて支払った方がいいだろうな。
ヘンリーが僕をどんな風に売り込んだのか分からないけど、途中で立ち寄った街の宿と比較して格安なので逆に心配になった。
「それでは、私は帰らせて頂きます。
今日はゆっくりと休んで下さい」
ヘンリーが帰って行って、ノマリアが案内を始める。
「シルバーさんは迷宮に挑まれるのですか?」
「そうですね。
機会があれば少しだけ試したいと思っています。
「少しだけ、ですか?」
食事の説明をした後でノマリアが様子を伺ってきた。
迷宮については難易度を確認する程度しか考えてなかったので、微妙な表現になってしまった。
「少しだけ、ですね。
今回は一人旅ですし、そこまで無理もできないので……」
「畏まりました。
もし迷宮についてご確認されたいことや、必要なアイテム等がございましたら、是非お声かけ下さい。
当館でもできる限り対応させて頂きます」
何か良く分からないけど、女将は女将で僕に対する信頼ラインを引いたようだ。
ヘンリーは森で猪を食べてる僕や道中で鹿を狩った僕を見て色々と手を尽くしてくれた。
女将のノマリアはヘンリーが動いてくれたことと、簡単な受け答えで何かを判断したようだ。
ここレドリオンは色んな冒険者がいる街で、僕の知らない判断基準があちこちにあることだけは分かった。
翌日、朝一は混んでそうだから敬遠して、朝食を終えてしばらくしてから冒険者ギルドへ向かう。
一応、日本刀を提げて石の短剣を二本腰に挿した。
賑やかな大通りを歩くとすぐに冒険者ギルドに着く。
木でできた重い扉を開けると正面に受付カウンターがあり、右手には掲示板に色々と紙が張ってある。あれが依頼書だろう。
左手は幾つもの丸テーブルが並んでいて、食事や休憩してる冒険者? がいる。
見た目は大きなホテルのロビーに似てる。
ただ皆武器を提げてる。
目つきの悪い大柄な獣人たちがたむろしてるので異様な雰囲気だ。
「こんにちわ」
「いらっしゃいませ。
本日はどのようなご用件でしょうか?」
五人並んでる内、一番右の猫人の受付嬢に声をかけると、丁寧で柔らかい物腰で対応してくれた。二十歳前ぐらいで、目がクリクリとしてて明るい茶色の毛をしてる。
「迷宮に入りたいのですが、何か手続きは必要ですか?」
「迷宮ですか? ご依頼ではなく?」
「はい」
「そうですか……。
迷宮に入るには冒険者ライセンスが必要です。危険な場所ですので、冒険者登録をされた一定以上の力をお持ちの方でないと入れないのです。
それで冒険者になる方法ですが、試験を受けて頂いて合格された方にライセンスを交付させて頂いています」
ここで受付嬢が僕の顔を見て表情を曇らせた。
「試験も危険なのですが、受けられますか?」
「はい」
「申し訳ありませんが、もう少し大きくなられてから、と言うのはいかがでしょうか?」
「何か問題が?」
「試験で怪我をされる場合もありますので、剣技や武道の心得が無ければ難しいかと思います」
受付嬢が再度僕の顔を見つめてくる。
「あぁ、それでしたら大丈夫です。
多少は訓練してますから」
「……そうですか。分かりました。
試験は今からでも、午後からでも受けられるけどどううする?」
受付嬢は諦めてくれたようだ。
急にサバサバと進めてくれる。
「それでは、今からお願いします」
「そう。
試験の段取りをするから左手のテーブルに座って待っててくれるかな」
そう言って受付嬢が奥に下がって行った。
端の方のテーブルに座って待つけど、僕みたいな子供は他にいないので少なからず視線を集めてしまう。
他にすることがないのでカウンターにいる他の受付嬢を見ていたら、先ほどの受付嬢が戻って来た。
その後ろには黒毛でスタイリッシュな犬人のお兄さんが一緒にいる。ドーベルマンの血が入ってるようだ。
受付嬢とお兄さんが僕の前までやって来ると、お兄さんが挨拶した。
「試験官のジェシーだ。
裏の訓練場で試験をするからついて来な」
僕はお兄さんの後についてカウンターの横から裏手に向かって歩き始めた。




