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白金の獣人貴族  作者: 白 カイユ
第一章 スタンピード
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第三話

 


 街に帰投する際、西門の前でサラティ姉さんに抱き抱えられた。


「ハク! 無事だった? 怪我はない?」


 僕を立たせると肩から順にポンポンと叩きながら足元まで確認すると、顔を両手で押さえると目を合わせてくる。


「無事なようね。姉さん心配したんだから」


 そう言って僕を抱き締める。

 恥ずかしいからやめて欲しいのだが。結構な力なので大人しく抱き締められることにした。




 西門の前、あちこちで無事を喜ぶ声が上がっている。

 それと同時にまだ帰投しない兵士を待つ声も聞こえる。


 突然の集団暴走(スタンピード)


 僕は森で巻き込まれたし、急拵えの防衛戦だ。ただでさえ小さな街で街の防衛隊も規模が小さい。

 運良く撃退できたけど被害規模は想像もつかない。


 サラティ姉さんとの会話もそこそこに屋敷に戻ると、シルヴィア姉さんとスファルル姉さんが出迎えてくれた。


「「ハク! 大丈夫だった?」」


 サラティ姉さんと同じように二人して僕に抱きついてきた。


 右からはシルヴィア姉さんが、左からはスファルル姉さんが僕の身体をポンポンしながら怪我がないか確認してくる。さっきサラティ姉さんがしてきたのと同じことを二人がかりでやってくると、最後に改めて二人で抱き締めてくる。


「くっ、苦しひぃ。

 大丈夫だよ。サラティ姉さんが見つけてくれて馬に乗せてくれたから」


「「心配したんだから」」


「シルヴィアもスファルルもハクは怪我もなさそうだし大丈夫よ。お父様たちは?」


 サラティ姉さんが二人を引き剥がしながら聞いた。

 二人は抵抗しつつもサラティ姉さんに剥がされていく。


「「……」」


 二人は顔を見合わせると、何かを言おうとして躊躇った。何て言おうか考えてるみたいだ。


「ん? 何かあった?」


「そうね。姉さんも帰って来たし、お父様のところに行きましょう」


「はい。今、お母様が一緒ですし、まずは二人の無事をお伝えしないと」


 僕とサラティ姉さんは二人に引きずられるようにして父の寝室に連れられて行った。


 ……寝室?

 父さんが負傷したのか?


「お父様、シルヴィアです。

 ハクとサラティ姉さんが戻りましたので、お連れしました」


「入れ」


 許しが出たので扉を開けると、父さんが寝台から半身を起こして待っていた。隣で母さんは心配そうにしている。


「父さん!?」


「ハク、よく戻ったな。無事で良かった。

 サラティも無事帰って来て良かった」


「はい。森にいたところをサラティ姉さんに助けて頂きました。

 父さんたちと合流した後も特に怪我をせずに掃討戦に参加することができました」


「そうか、いつの間にか腕を上げたな。見違えたぞ。

 サラティもよくハクを見つけてくれた」


「はい。ハクが森に入ったと聞いていましたので、早く見つけることができました」


「そうか」


 父さんは改めて僕たちを順に見た。

 確認していく、というのが正しいかも知れない。

 僕と、サラティ姉さん、シルヴィア姉さんとスファルル姉さん。

 最後に母さんを見て、一息ついた。


「先刻、長男のフォルスが亡くなった。

 儂も腹を黒牛に突かれて今は動けぬ。

 今はこのメイクーン領の危機である。

 しばらくは集団暴走(スタンピード)に対する備えが必要となる。今はおらぬが、次男のリックの元、メイクーンの一族が一丸となって、」


「領主様!」


 父が話してる最中に兵士長が扉を開けて駆け込んで来た。

 こんな場合に、と思ったけど、まだ先ほどの父さんの言葉がよく理解できなくて、言葉にならない。

 父さんの言葉が頭の中で反響する。


 フォルス兄さんが亡くなった?


 意味が分からない。

 さっき、父さんと一緒に一時撤退をしたのに……。


「何事か?」


 父さんは一呼吸置くと兵士長に尋ねた。

 僕は固まったままだ。

 兵士長が扉の横で膝をついて頭を下げている。


「申し訳ありません。

 火急、お取り次ぎ報告致したいことが」


「分かった。申せ」


「先ほど南の門の前にリック様と兵士たちが戻りましたが、リック様は熊の魔物に襲われ……教会の治癒も間に合わず……息を引き取られました。

 申し訳ありませんっ!」


 兵士長が頭を床に擦り付けて、声をグシャグシャにして報告した。


 急に眩暈がして、蹈鞴(たたら)を踏んだ。


 何なんだ?


 さっきフォルス兄さんが亡くなって、今度はリック兄さんが……。


 本当に?


「本当か?」


 上擦った父さんの声が僕の思いに重なる。


「畏れながら、本当にございます」


「リックの亡き骸は何処か?」


「南門の詰所より、こちらに向かわれております」


「分かった。

 亡き骸は教会に向かわせよ。

 フォルスの亡き骸と共に安置せよ。

 私もすぐに教会に向かう」


「はっ! 我等がいながら申し訳ありません!」


「いや、よい。

 其方たちはよくやってくれた。辛かろうがもうしばらく頼む」


「はっ!」


 どういうことだ?

 本当にフォルス兄さんとリック兄さんが亡くなったのか?

 茫然として、考えを放棄していたら父さんがゆっくりと話し始めた。


「聞いたか?

 ハク。今よりお前がメイクーンの跡継ぎだ。

 集団暴走(スタンピード)により、街に大きな被害が出た。大部分は西の平原で魔物を掃討したようだが、一部、街の中にも被害が出ている。

 我が家でも、長男フォルスと次男リックが亡くなった。

 私も怪我をした」


「はい」


「お前が跡を継ぐのだ。

 なぁに、今すぐではない。これから時間をかけて準備をする」


「はい」


「だがしかし、跡を継ぐものとして前に立ってもらわねばならん。

 今、領民の前に立ち、人々の希望として期待を背負ってもらう必要がある」


「はい」


「儂も一緒におる。ここにいる者は皆、お前を助けてくれる。

 何も分からぬだろうが、今から、皆の前に立ち、皆を引っ張っていって欲しい。

 分かるか?」


「はい。父さん」


「では、一つ目の仕事だ。平原に残された遺体を出来る限り丁寧に弔うぞ。

 大変な仕事だ。だが街を守った者たちだ。夜を徹することになっても、弔って欲しい」


「はい」


 途中からは父さんが何を言ってるのかよく分からなくなった。

 ただ、僕がやらなければならないことだけは分かった。


 フォルス兄さんとリック兄さんが亡くなった。

 街の兵士たちも沢山亡くなった。

 街にも沢山被害が出た。


 動けない父さんに代わって僕が弔う。

 集団暴走(スタンピード)の被害者たちを弔う。






 そこから、何をどうしたのかよく憶えていない。


 父さんたちと教会に行って兄さんの亡き骸を確認した。

 顔には怪我がなく、ただ青白いのが悲しかった。

 自慢の白い長毛に艶がなく、こびりついた血が激しい戦いを物語っている。




 その後、平原に出て亡き骸を集めた。


 一部の領民と共に平原に出ると損壊の少ない遺体を集める。

 街から離れると遺体を運ぶこともできないので、穴を掘って遺体を埋めた。

 魔物の死体も放置できないけど、今は時間がない。


 疲れた身体と麻痺した頭。

 黙々と遺体を供養した。


 五十人亡くなったと聞いた。

 怪我をした人はその何倍もいる。




 朝に発生した集団暴走(スタンピード)が収まって、既に夕暮れが迫っているが、供養は続いている。


 僕の脳は考えることを拒否してるようだ。

 何処をどう歩いたか、何をしてたか憶えていない。

 ただ、突然目の前に洞窟が現れた。


 こんなところに洞窟が?

 呆けた頭はなかなか回転しない。


 しばらくボーッとしたまま洞窟の入口を眺めていた。


 こんなところに洞窟が?


 こんなところに洞窟が?




 ……前はこんな洞窟なんかなかった!


 急に頭の中がクリアになる。


 兄さんたちが亡くなったと聞いてから緩慢になっていた脳味噌が、洞窟発見の新情報でやっとまともに動き出したようだ。


 夕闇の中、松明に照らされた足元にはなぎ倒された木々が散乱してる。

 集団暴走(スタンピード)で森の木々が倒された跡だ。

 背後を見ると遠くに見える平原は至るところで篝火が焚かれている。

 ほの明るい平原にはまばらに動く人影が見える。

 更に遠くにはメイクーンの街の影が見える。


 何とか街のシルエットが見える距離だけど、ここは森の中だったところだ。

 森の中でもかなり奥。遺体を探してる内にかなり奥の方まで踏み込んでしまった。

 気づかない内にこんな奥まで来てたなんて……。


 でも、確かにここに洞窟なんてなかった。


 森で狩りをして過ごして来たから分かる。

 ここに洞窟なんてなかった。


 昼間に起きた集団暴走(スタンピード)。急に見つかった洞窟。

 誰が見てもこの洞窟が怪しい。


 僕は兄さんを奪われた怒りを胸に洞窟に踏み込んだ。




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