第二十九話
十階層、階層主の間。
僕は元三十階層の階層主である蒼光銀亜人形を攻めあぐねてた。
ダグラス、レゾンド、テンペスが順番に殴り飛ばされて無力化された。
無人の階層主の間に蒼光銀亜人形を設置してどんな扱いになってるのか分からないけど、そんなことはどうでもいい。
斬っても斬っても倒れないのがムカつく。
オラァ!
殴りかかってきた蒼光銀亜人形のパンチを思いっきり弾き返して懐に入ると、弾き飛ばした腕の付け根である肩に突きを放つ。
腕と肩を連続で弾かれた蒼光銀亜人形が二、三歩下がる。
でえぇぇぇい!
何度も何度も剥き出しの胴体を蒼光銀の長剣で斬りつける。
何回斬りつけただろう。
身体中が熱い。
まだ倒せないのはムカつくけど、身体の方は徐々にヒートアップしていく。
もっと、もっと行ける。
ガンガン、ガンガン。
うおぉぉぉぉぉ!
ガガガガガガガガッ!
超高速で何度も連撃を叩き込んだ結果。
ドシン、と蒼光銀亜人形が尻餅を着いた。
せぃやっ!
目の前、丁度いい位置に来た蒼光銀亜人形の頭に向けて、大きく振りかぶった全力の一撃を叩きつけると、長剣が蒼光銀亜人形の頭を斬った。
入った!
蒼光銀亜人形の頭が割砕け、その体がゆっくりと後ろ倒しになった。
やった。
肩で息を吐きながら、蒼光銀亜人形を観察する。
蒼光銀亜人形はゆっくりと光になって消え、その光が消えると宝箱が残った。
あまり緊張せずに宝箱を開ける。
中には銀糸のマントが入っていた。
「マント?」
蒼光銀の武器だったら分配するのに都合が良かったけど、これでもかなり貴重なはずなので試しに着てみる。
銀糸で派手だけど、軽くて丈も合う。
これ、いいかも。
ちょっとだけ所有権を主張するするように身に着けたまま、三人の様子を見て回る。
一番酷いのはダグラスだ。両腕を骨折して腕を動かせない。顔は真っ青で脂汗をびっしりと浮かべている。
二番目はテンペス。外した肩を無理やり嵌めて攻撃したところを殴り飛ばされているので、肋骨が何本か折れてると思う。
苦悶の表情だ。
最後がレゾンド。
彼も肋骨にいいのをもらってる。意識を失ってるので全く動かない。
一応、三人とも担いで撤退しようと思ったんだけど、この身体じゃ無理だった。
八歳の身体じゃ大人を背負えない。
救援を呼ぼうと入口の扉に向かって歩き始めたら銀の蜥蜴が出てきた。
「どうだった? 僕のアイデア?」
「助かったのか? まぁ、倒せたから良しとしてやる」
「他に方法があったなら教えて欲しいね」
「いや、無かったな。その場合、もっと奥の階層まで行ってもっと面倒になっていたな……」
「でしょ。もっと感謝してくれないと」
「あぁ、助かったよ。ありがとうございました」
「素直じゃないなぁ。そのマントも流石三十階層の階層主っていうくらい、物凄く良いものだからね」
「あ? そうなのか?」
「そうだよ。蒼光銀の塊を亜人形一体分なんかより遥かに貴重だよ」
「それは、運が良かったな」
「それじゃ、帰りも気をつけてね」
「あぁ、お前もな」
銀の蜥蜴と別れると石の扉を開けた。
扉の向こうではパックスたち従者が、心配気に僕たちを待っていた。
「戻ったよ。すまないけど、レゾンド様たちが負傷した。中に入って助けてくれないか?」
僕の声を聞いた従者たちが階層主の間に駆け込んだ。
三人の従者が三人のお偉いさんを背負う。
なかなかシュールな図だった。
レオパード家の従者がレゾンドを背負い、クーガー家の従者がテンペスを背負う。メイクーン家のパックスがダグラスを背負うと言うことで、ダグラスはさぞかし気分が悪かっただろう。
おまけに三人共武器を持てる状態じゃ無かったので、全て僕が持って移動することになった。
途中で落としても困るし。
重さが増えると従者の負担が増える。
なので、僕が持つことになった。
そんな訳で僕は今、テンペスが使っていた蒼光銀の短槍を振り回しながら、隊列の先頭で露払いをしている。
短槍を使ってるのは、一番長くて重く身に着けて歩くのが不便だったからだ。
長剣と杖は腰から下げてて何とかなるけど、短槍を腰から下がると引き摺るし、背中に背負っても邪魔だった。
しかし、武器としては使いやすかった。
長剣よりは間合いを遠く取ることができるし、取り回ししやすい。長剣は手元の柄でコントロールしなければならないけど、短槍は柄が長いので融通が効くという印象だ。
結局、三人の指揮官たちが背負われて帰って来る姿を四人の女性が目にした。
今回の探索で得たものは、八階層で拾った蒼光銀の杖、階層主を倒して得た銀糸のマント、帰りに九階層で拾った蒼光銀の短剣。
全て僕が拾ったアイテムだ。
……中の二つは拾ったように偽装した蒼光銀グッズだけど。
意気揚々と出発した三人を受け入れたのは、見送りに来てくれた四人。
サラティ姉さん、シルヴィア姉さん、スファルル姉さんとラガドーラ家のメィリー。
探索にどれほどかかるか分からなかったのに、そのまま簡易の詰所で待っていたらしい。
「ええと、レゾンド様、テンペス様、ダグラス様の容態は?」
「すぐに教会のリリエッタを呼んで!」
「レオパード領軍、クーガー領軍に治癒師はおられますか?」
三人の姉が口々に指示をして手配を進める。
「ハク様にお怪我はありませんか?」
メィリーだけが僕に寄り添って来て僕の怪我を確認しようとしたとき、一斉に三人の姉が割って入って来た。
「「「ハクはこちらへ」」」
いや、僕は何にも怪我してないし、大丈夫なんだけど。
咄嗟にクルリと回ってジャンプして無事をアピールして回避した。
「そのマントは軽そうですね」
サラティ姉さんはこの銀糸のマントが気に入ったようだ。
「そうですね。肌触りも滑らかですし軽くていいですよ。かなり目立ちますが、迷宮の中に入れば一緒ですので」
「その輝きが上品です。サイズも合っておられますし、普段からお使いになれば良いのではありませんか?」
すぐにメィリーが割り込んで来る。
サラティ姉さんが顔を顰めたけど、それには気づかない振りをして話しを受ける。
「今回の合同探索で手に入れたものですから、後で相談してからですね」
そう言って、一応マントを脱いで他の蒼光銀グッズと一緒に持ち運ぶことにした。
しばらくして、軍医や治癒師が来たので怪我した三人の容態を見てもらうとまずは街の屋敷に戻ることになった。
屋敷に戻ると三人に個室を用意して休んでもらう。
当然、率いて来た各領軍にいる者から従者を選び看護をしている。
僕が父さんに探索経過を説明して戻ると、興味津々なサラティ姉さんたちに捕まってしまう。
「ハク、あなたが無事で良かった。
それはいいのですが、レゾンド様たちがあれ程の怪我をされた様子を教えて下さい」
結果的に僕一人でサラティ姉さんたち四人に探索の経緯を話すことになった。
順調だった九階層までと、十階層の階層主戦を話すのに一刻ほどかかったと思う。
階層主戦は最終的に力比べのような戦いなので、僕としては満足なんだけど、人に話すのは中々勇気が要った。
もっとスマートに勝てれば話すのも楽しいのだろうが……。




