第二十七話
九階層に入ると再び茜牙魔狼が襲って来た。
レゾンドがすぐに中央に大きな氷柱槍を放ち、テンペスとダグラスが左右に分かれて待ち受けるとスムーズに殲滅した。
背後を警戒したけど前から来た三頭だけだったので全く問題ない。
蒼光銀の杖のおかげで、レゾンドの魔法の威力が三割増しに見えた。やはり蒼光銀は魔力の通りがいいみたいだ。
こうなると茜牙魔狼ぐらいでは三人を止められない。
十頭ぐらいの規模で包囲されれば苦戦するかも知れないけど、一方向からだと順番に仕留めて終わりだ。
あまり会話してるイメージがないけど、連携がよくなってるようだ。
幾つかの広間を抜けて、ついに十階層への階段を見つけた。
十階層への階段を下りると長い一歩道が現れる。
真っ直ぐ伸びた通路の先に大きな石の扉。
階層主の部屋だ。
「十階層の階層主がこんなに立派だとはな」
テンペスがふざけたように言って、ダグラスが首を傾げる。
「知らねえのか……。
ま、これまで迷宮に入ったことがなけりゃ無理もないか。
大体の迷宮には、十階層ごとに強い階層主がいる。
ここみたいに扉のある場合もあるが、十階層ぐらいだとただの大広間。その中央に階層主がいるみたいだな」
「それは知りませんでした。
階層主がいることは知っていたのですが、密室型と開放型ですか……」
「密室型に解放型か、上手い表現だ。
密室型の場合、中に入ったら出られなくなるのでしょうか?」
「それも色々あるみてえだな。
中に入ったら強制的に閉じ込められて出られなくなったり、一定時間魔物の猛攻を凌いだら出られるようになったり……」
「ということは、密室型の方がリスクが高い」
「そりゃそうだ。
逃げられなくなるかも知れねえからな」
「密室型と開放型では、どちらの魔物の方が方が強いのでしょうか?」
「普通は密室型の方が強えよ。
ま、事前に見て確認できないってのも含めてな」
「そうですか……。
それでどうします?
進みますか? 戻りますか?」
「ん、そりゃ行くだろ。お前らはどうする?」
「少し、考えてもいいですか?」
「あぁ、ただあんまり長えと置いてくからな」
テンペスが石の扉の前に座った。
装備の確認をするようだ。
「さて、どうしますか?」
レゾンドが改めて仕切り直す。
「僕としては、探索としてはここまでで充分です。
ここでこのメンバーが怪我をしても困りますので」
僕は少し悩んでるレゾンドとレゾンドに従うだろうダグラスに対して、一番最初に発言した。
さっきの様子だと、テンペスは自分で手柄を立てるまで前に進み続けるだろう。
それは僕の望む姿じゃない。
ほどほどで帰ってもらうのがいい。
「確かに犠牲が出るのは困りますね」
「しかし、今ならまだ余裕があるようにも思いますが……」
レゾンドの慎重論に対してダグラスは積極論のようだ。
蒼光銀の武器を持ってると強気になるのかも知れない。
「ふむ。ちなみに階層主は何が出ると思いますか?」
放っておくと、なし崩し的に階層主にチャレンジしそうなので、揺さ振りをかけてみる。
「階層主ですか……。
力押しで来そうな醜猪豚や巨鬼とかでしょうか?」
「それぐらいなら恐らく問題ないですね。
他には暴乱熊、痺毒蛇とかもありそうですね。
暴乱熊が他の魔物と一緒に出ると辛いですね」
巨鬼が大丈夫?
集団暴走のとき、どれほどの被害が出たと思ってるんだ?
レゾンドとダグラスの発言にイラッと来た。
「それぐらいなら試す価値はありますね」
低く見積もってるんじゃねぇ!
階層主はそんなに楽じゃねぇよ!
……ダメだ。
穏便に済ませようと思ってたけど、イラつきが抑えられない。
コイツら一回魔鉄亜人形と戦ってみろ。魔石亜人形の弱点も知らない癖に、ちょっとは苦労してみろ。
「分かりました。
それなら、入りますか?」
「ええ、行きましょう。
ここまでの魔物から考えると階層主は何とかなりそうなので、行けるところまで行きましょう」
レゾンドがまとめて、テンペスの方へ向かう。
こうなったら成り行き任せだ。三人には行けるところまで行ってもらおう。何かあっても自己責任だ。
「テンペス殿、纏まりました。
行けるところまで行きましょう」
「よっしゃ、そうこなくちゃ。
それじゃ、扉を開けるぞ、一応気をつけてくれ」
フンッ!
テンペスがレゾンド、ダグラス、僕の様子を確認してから扉を力一杯押してけど、石の扉が開かない。
あ、そうだった。
銀の蜥蜴のくれた初回特典のおかげで、僕以外入れないんだった。
テンペスが開かない扉と格闘してる横で、石の扉の周囲を調べたりあちこち触りながら、ちょっと適当なことを呟いてみる。
「ここに点穴があって……、壁の中を……、地脈……」
その上で、テンペスが石の扉から離れた隙に扉にある蜥蜴の彫刻の瞳の部分を触る。
そして扉の両側にある蜥蜴の顔をグッと押した。
石の扉がゆっくりと開く。
「何っ?!」
「「おおっ!」」
三人が声を上げる中、僕が討議場に足を踏み入れた。
中央に魔鉄亜人形が、いない?
あれ?
魔鉄亜人形と戦ってもらおうと思ったのに、いない。
ん?
そう言えば銀の蜥蜴が階層主が復活するのに一ヶ月ほどかかるって言ってたような……。
……と言うことは、今階層主がいないのか?
ど、どうする?
勢いよく扉を開けたはいいけど、中の様子を見て途方に暮れてしまった。
僕が討議場を見て立ち尽くしていると、横からテンペスたちが入って来る。
三人は僕を追い越して討議場への斜面を下って行った。
「やぁ、久しぶり。
て言うか、まだ全然経ってないのにせっかちだねぇ」
戸惑っている僕のすぐ横に銀の蜥蜴のラケルが現れて、小さな声で話しかけてきた。
「お、おぅ。ちょっとしたミスだ」
「そうなの? でも、気をつけてよ。ここは通れても欲を出しすぎるとすぐに魔物に囲まれるからね」
「いや、そもそもここを通すつもりがなかったからな。
絶賛、悩み中だ」
「あら、それじゃ、本当にミスなんだ?」
「あぁ、どうするかな……」
話してる間に三人との距離がどんどん開いて、僕が斜面を降り切る頃にはあちこちを調べ始めてた。
「足止めしたい?」
「あぁ、ちょっとムカついたからな」
「じゃあさ、アレ出してよ」
「アレ?」
「アレ。蒼光銀亜人形」
「はぁ? あんなもん出してどうすんだよ?
動かないし蒼光銀の塊だぞ。
余計、ややこしくならねぇか?」
「大丈夫、大丈夫。僕に任せてよ」
「じゃあ、ちょっと待ってろ。三人の意識が離れたときに出すから」
「できれば、中央がいいな」
「あぁ、分かったよ。リクエストに応えてやるから待ってろ」
銀の蜥蜴との会話ん打ち切って、三人の様子を伺う。テンペス斜面を登り始めて出口を探してる。
ヤバイ。
「収納庫」
一瞬の隙に収納庫から魔力切れの蒼光銀亜人形を出した。
「おわっ!」
忘れてたけど、デカい。
蒼光銀亜人形を出すと周囲に眩い光が放射してビックリした。
身長三メートルの巨体が光り輝いている。
ゆっくりと光が収束していくと中央にいた蒼光銀亜人形が動き出して、僕を殴ってきた。
何で?!
咄嗟にバク転をして拳をかわし、距離を取った。
「おいっ!」
テンペスがこちらに気づいて声を上げたとき、蒼光銀亜人形の拳が、ドォンと音を上げて土を殴りつける。
銀の蜥蜴の思惑通りだ。
動かないはずの蒼光銀亜人形が目の前で暴れて防戦一方の僕だけど、いつの間にか出てきた魔物を見て、先行する三人はすぐにカバーに入るために戻って来た。




