第二十六話
「これまで八階層に入ったことはあるか?」
テンペスがレゾンドに確認している。
そう言えばテンペスは事前に声かけしてから新しい階層に入ったり、新しい魔物と戦闘してる。
何気に気配りしてるところをみると余裕で魔物を倒していても、危機感は忘れないでいるようだ。
……暇になって石を弄んでる僕とは大違いだ。
七階層には狂黒鼠がいたから、八階層に入ると茜牙魔狼が出て来る頃だ。
三頭ぐらい出てきたら、どうするかな?
これまではテンペスたち三人で手が足りてた。
動くスピードも遅いので、カバーに入るのも魔法を唱えるのも余裕があった。
動きの速い茜牙魔狼相手にレゾンドの魔法が間に合うか?
後は短槍に慣れていないテンペスがうまく槍を扱えるか?
趣味の悪いことを考えながら新しい石を拾った。
今度は自力で石のナイフを作ってみようと思う。
拾った石が扁平だったのもあるけど、とっさに投げれるナイフがあると心強い。
ナイフをほぼ作り終えたときに魔物が現れた。
希望通り茜牙魔狼が三頭。
僕だったらとにかく先手必勝で一頭目を吹き飛ばしてから二頭目をサラティ姉さんに任せて、三頭目に取り掛かるところだけど……。
レゾンドが早い。すぐに詠唱開始してる。
一方でテンペスとダグラスは構えを取って、待ち構える体勢だ。
レゾンドの魔法が放たれて茜牙魔狼に向かうけど、かわされた。
かわした茜牙魔狼が横の一匹と一緒になってダグラスに突っ込む。
ダグラスは一頭目の横顔を長剣で斬ろうとしたけど、上手く当たらず殴り飛ばすだけになった。
そしてもう一頭の牙を転がるようにしてかわす。
テンペスは三頭目が飛び込んで来たところを突いたけど、硬い毛皮でそらされてしまった。何とかすぐに石突きで殴り返して茜牙魔狼を怯ませる。
どうも茜牙魔狼の速さに対応が遅れてるようだ。
そして硬い毛皮に阻まれている。
怪我する前に助けておくか……。
そう考えたとき、後方に魔物の気配を感じた。
挟まれた?
できたばかりの石製のナイフをパックスたちの更に後ろにいる茜牙魔狼に投げつけた。
ナイフは一瞬で茜牙魔狼の頭に刺さり、その頭ごと後ろに吹っ飛んだ。
パックスがビクリと反応して、他の兵士たちも僕の動きに驚いて固まった。
僕はその間に兵士たちの間を走り抜け、もう一頭の茜牙魔狼に飛びかかっていった。
そして二頭目を居合いのような感じで鞘から長剣を抜きながら首を斬り上げて断ち切った。
後ろにいたのは二頭だけのようなので、テンペスたちを振り返るとダグラスが二頭目を倒したところだった。
テンペスも距離を取ってから茜牙魔狼に対して待ちから攻めに転じると、短槍を振り回して茜牙魔狼を横倒しにすると、その上から槍を突き立てて倒した。
三頭を倒し終えた三人が僕たちの様子を確認しようとして、一番後ろにいる僕とその傍らにある茜牙魔狼の亡骸を見て驚いた。
「あっ! 背後からも?」
レゾンドが呻く。
テンペスとダグラスは無言だ。前衛で三頭相手にしててはカバーできないだろう。
レゾンドだけが自分の役割だったと悔しがっている。
「後ろから気配を感じたので咄嗟にカバーさせてもらいました」
事後承諾だけど、一応言っておく。
言われないと思うけど、勝手に何してるとか言われても嫌だし。
場合によってはこのまま殿になってもいいし。
「……助かりました。
このまま殿をお願いしても?」
「ええ、僕も蒼光銀の武器を持ってますし、先ほどから大きな広間のような場所もあるので背後を警戒するようにします」
とりあえず殿を任せてもらえるようにはなった。
ただついて行くだけよりは気が楽だ。
テンペスとダグラスは茜牙魔狼の牙や爪を調べている。素材として持ち帰るかどうか考えているみたいだ。
「素材としては珍しいのだが、今回は見送ろう」
テンペスが言って、再度隊列を組んで進む。
若干、今の戦いの疲れが見える。
魔物の動きが早くなると余裕がなくなるんだよな。
この調子だといい感じで帰ることになりそうだ。
進行を再開するとテンペスが悩みながらも道を判断していく。
広間に出ると魔物を倒し制圧してから次の進路を決定しているので、体力的な負担は大きいけど調査の面では確実な方法を取っている。
なかなか僕の思うようにいかない。
適当なところで手持ちの蒼光銀の杖を出して迷宮で拾ったことにしたい。
そうすれば、今回の探索の成果として多少は納得してくれないかと期待しているのに……。
テンペスとダグラスがレゾンドの魔法攻撃で援護を受けながら確実に殲滅して、何かないか調査してから先に進む。
後ろからついて行くだけなので、偽装するチャンスがない。
引き続き魔物を倒して進む一行だけど、九階層への階段を見つけたときに千載一遇のチャンスがやって来た。
先の方にある階段に気を取られてすぐ手前の分岐に対して注意が疎かになった。
「ちょっと待って」
すかさず僕は隊列を抜けて分岐の奥、迷宮の壁の影に進むと収納庫から蒼光銀の杖を取り出して、地面に転がした。
「これは蒼光銀の杖? かな」
わざとらしく声を上げて拾った。
「むっ!」
「えっ?」
「何っ!」
三人がそれぞれに反応した。
一番間抜けな顔がダグラスで、レゾンドは高い声を出して、テンペスは睨んでくる。
「どこにあった? んです?」
レゾンドが興奮して言葉遣いがおかしくなりながら寄って来た。
テンペスとダグラスもとりあえず階段を前にしてだけど戻って来る。
「そこの裏辺りです」
「拝見しても?」
「もちろんです」
レゾンドの興奮ぶりはこちらが焦るほど鬼気迫るものがある。
収納庫から出したのは蒼光銀の杖。蒼光銀が魔力をよく通すなら魔法の威力が上がったり、発動が早くなったりするかも知れない。
レゾンドはそれを期待してるのだろう。
「レゾンド様が使ったらいかがですか?」
「いいのですか?」
「僕たちは蒼光銀の武器を持ってますし、杖なのでレゾンド様が使うのが良いと思います」
「あり、……そうですね。それでは使わせてもらいます」
今、ありがとうございます、と言いかけて言い直したような気がする。
さすがに、貴族同士で上位貴族が下位貴族に頭を下げるのは問題があるので、咄嗟に言葉を変えたんだろう。
爵位を待っているのは親だから、ここにいるのは貴族じゃないけどその後継者や補佐する立場の者だ。
貴族に準じる対応が必要になる。
そうでなければ、ついありがとうと言ってしまうぐらい嬉しいらしい。
全員で探索しててたまたま僕が拾ったんだけど、状況的には僕だから見つけられた、という特殊なケースなので半ば僕の所有物扱いになってるのが一因だろう。
「この先に進めばもっと出てくるから、さっさと行くぞ」
レゾンドがニタニタして杖を振り回してる向こうで、テンペスが怒鳴ってるので慌てて追いかけた。




