第二百五十七話
「あぁ〜、ハクのヤツ、いつまで経ってもやって来ないな」
「そうだな。
かれこれ一ヶ月ぐらい経つから、そろそろ追って来てもいいはずなんだけど」
私とネグロスはもう一ヶ月近くテラコス・バーシェンの紹介でカサマ・バーシェンの所有するゲストハウスに滞在してる。
最初の頃は落ち着かなかったけど、一週間もいれば慣れてくる。
本当に自由な賓客扱いで、食事はいつでもOK、お風呂も好きなタイミングで入っていい。
内隔区にあってセキュリティがしっかりしてるし、実家にいるよりも優雅に感じるときさえある。
初日にやらかしたイザコザはテラコスやレスターが冒険者ギルドにとりなしてくれたのもあって、穏便に、と言うか報奨金までもらえることになった。
北進公路で白鬣大猩々と森林熊狼を倒して道中の安全を確保し、二日連続で盗賊団を撃退した件。
それからニーグルセントに着いてから深影と一緒に、盗賊団とBランク冒険者の剛破を返り討ちにした件。
それらが大きな噂になったので、変な奴らに絡まれずに内隔区で静かに過ごせるのはとても助かっている。
「まさかレドリオンに戻ってくるのを待ってるってことは無いよな?」
「それは無いだろ。
私たちが先に帰ってレドリオン公爵の元で暮らすのも憂鬱だし、ハクもいつ帰るか分からない私たちをレドリオン公爵のところで待つよりは追いかけて来る方を選ぶだろう」
私たちはそう話しながら黒霧山で周囲を警戒してる。
今朝、いつものように冒険者ギルドに寄って黒霧山に入った、
ここ一週間ぐらい同じことの繰り返し。
ニーグルセントに着いた翌日こそよく分からない盗賊団や剛破のデルビスたちに襲われたけど、それ以降は全く動きが無くなった。
テラコスたちを襲った盗賊団に対して私たちが二人だけで行動することにより餌になろうとしたけど、初日に大物を釣り上げたお陰で小物すら近寄らなくなってしまった訳だ。
一方のテラコスも自分を囮にするつもりだったようだけど、私たちの状況を知った父のカサマが心配してあまり無茶ができなくなったようだ。
アザリアの体調が戻るまでの二週間は外出すら禁止されていた。
「それにしても、いくら尻尾が掴めないからと言ってここまでする必要があるのか?」
「まぁ、せっかくのチャンスをフイにしたく無いんだろう。
アザリアさんも治ったし自分たちで何とかしたい気持ちもあるだろうし」
「テラコスは負けず嫌いっぽいからな」
「ははは。
ずっと家に閉じこもってるタイプじゃ無いね」
今、私たちは二手に別れて作戦を開始したところだ。
私たちはここ最近と同じように二人だけで黒霧山に入った。
そして、このまま黒霧山で野営する予定だ。
テラコスたちは今日、ニーグルセントで荷造りを済ませ、明日、北都古戦道を通ってエフェメラに向かう。
北都古戦道に盗賊団が出て商隊を襲っていると言う噂の真偽を確認して、盗賊団がいれば撃退するためだ。
ただの盗賊団かテラコスを誘き出すための罠かは分からない。
どちらにせよ確認しに行く訳だ。
私たちはテラコスと別行動してることを見せるために、今日から黒霧山に入った。
……私たちがテラコスと一緒に北都古戦道に行ったら、警戒されて手を出してこないかも知れない。
事前にテラコスたちとそんな話をした結果、一日早く黒霧山に入り別行動を偽装した上で、隠れてテラコスたちを護衛することに決まった。
何とも面倒な話だけど、私たちは縞馬外套と幻影腕貫を持っているので、上手く気配を消して偽装できるだろう。
ニーグルセントの西にある黒霧山から東の北都古戦道を往くテラコスたちを走って追いかける必要があるのでちょっと疲れるだけだ。
「あ〜ぁ、早くハクにBランク昇格のことを言いたいな」
「そうだな。
バーシェン商会、特にテラコスが頑張ったのもあるけど、私たちが評価されたことに代わりは無い」
「少しヤバかったけどな」
「ふっ。あんなに強い冒険者がいると知っていたら大人しくしてたか?」
「勝てたからいいんだよ。
盗賊団を倒したからって絡んでくるヤツらもいただろうし、アレはアレで正解のはずだ」
情報収集もせずに喧嘩を売ったネグロスだけど、流石にBランクでも指折りの乱暴者が出てくるとは思ってもみなかったんだろう。
本当に勝てて良かった。
北進公路での魔物討伐と盗賊団の拿捕、討伐で金貨五百枚を超える報奨金が出た。
黒霧山で深影と出会ってからの盗賊団退治と剛破のデルビスたちをやっつけた方は、懸賞首ではなかったので現行犯の犯罪者を撃退しただけで金貨五十枚にもならなかった。
ただ、冒険者たちに与えた衝撃が大きかった。
まだ十歳にもならない子供二人がBランク上位の実力を持つデルビスたちをやっつけたと言うことで、警戒されるようになった。
本当に魔物を倒したのか? って突っかかって来る幼稚な冒険者は減ったけど、こんな子供がデルビスを倒したのか? と真偽を確かめようとする迷惑な冒険者は若干いた。
それらは結局、バーシェン商会に情報を確認した冒険者ギルドが私たちを保護する形で馬鹿な輩を押さえてくれた。
受付嬢のパリティシアの反応からすると、バーシェン商会からかなり脅されたんだと思う。
私たちがバーシェン商会にお世話になっている状況は、私たちがバーシェン商会の重要な顧客にも見えるし、あるいは逆に腕利きの用心棒にも見える。
テラコスならどちらとも明言せずに、どちらかに何かあればもう一方も黙ってはいないと思わせる表現をするはずだ。
その方がリスクが無くて、メリットが大きい。
私たち二人はただ北進公路でバーシェン商会のテラコスたちと出会っただけだけど、テラコスはちゃんと絶妙な距離感で私たちと接している。
お互いに相手の考え方を理解して支持している。
口出しはしないけど何かあれば助けます。
それだけの関係にしてる。
素材の買取り以外では直接的な金銭のやり取りが無いので、縛られずにいられる。
「さっさと盗賊団や剛破の裏に繋がる情報が欲しいな」
「確かに。
でも、あの盗賊団も手紙で依頼を受けただけとか言って、全然手がかりが無かったから何か新しい動きが無いと難しいだろう」
「いっそのこと最初から何も関係無かった。って言うのはどうだ?」
「それも難しい。
魔晶石が狙われるような何かはあるみたいだし」
「そうだよな。
ニーグルセントで何が起きてるのか、少しぐらいは見つけないと気持ち悪い。
俺たちの方に関係あるかどうかは別にして」
「今回の囮作戦で何か分かるさ」
「そうだな。
それに期待しよう」




