第二百五十六話
「「ヒィッ!」」
僕が月夜の菖蒲の三人の元に歩き出すと、二人が悲鳴を上げた。
……思わず声が出でしまった、という感じだ。
「オーランさんの傷は大丈夫ですか?」
楕円網籠を魔法で分解し、崩しながら声をかける。
ムートンが抱き抱えるオーランを見ると、マントが破れ肩の辺りの肌が見えている。
大きな怪我だけど、血は止まっているようだ。
双剣も横に寝かせてある。
「治療したので、傷口は塞がりました。
しばらく休めば気を取り戻すと思います」
オーランの顔にかかった髪を払うように撫でて弓士のムートンが答えた。
確かにオーランは落ち着いた顔で眠っているようだ。
「魔水薬もありますので、良かったら使ってください」
魔法鞄から魔水薬を取り出して長女のルキーナに渡す。
傷を治す赤の魔水薬と体力を回復する緑の魔水薬。
受け取ったルキーナが一瞬怪訝な顔をして僕の顔を覗き込む。
「迷宮産の魔水薬なので、効きが良いと思います」
「いや、オーランの怪我はムートンが治したから大丈夫……」
ムートンが応急処置を済ませたようでルキーナが受け取った魔水薬を返そうとする。
迷宮産と聞いて少し困ってる。
「僕が直接拾ったものなので、金額は気にしないでください。
それより、応急処置はどのようにして?」
血狼に噛みつかれたときの様子だと、かなり深い怪我だったと思う。
それがさっき目に入った感じだと傷口が塞がっていた。
手持ちの魔水薬を使ったとして、念のためもう一本魔水薬を使えばしっかりと治るだろう。
「……ムートンは治癒が使えるから」
治癒!
ムートンが治癒を使えるとは驚きだ。
「それは凄い。
失礼ですが、今も治療中ですか?
魔法を見ることはできますか?」
「今は難しいですが、しばらく休めばお見せできると思います」
ルキーナが後ろのオーランとムートンの様子を確認してから答える。
怪我の治療をしたオーランは眠っているし、ムートンも魔法をかなり使ってグッタリしてる。
ムートンは血狼に向かって真空波を連発してたし、その後で治癒も使ったのなら魔力切れになっていてもおかしくない。
僕と話してるルキーナもかなり疲れたようだ。青い顔をしてる。
「それではしばらく一緒に休憩しましょう。
ルキーナさんとムートンさんもこの魔水薬を飲んでください」
そう言って追加で体力回復と魔力回復の魔水薬をルキーナに渡す。
二人には魔水薬を飲んでしばらくオーランと一緒に休んでてもらう。
僕は血の臭いの元になっている狼の死体を片付ける。
あまり持ち帰りたくないけれど、このままにして魔物が集まってきても嫌なので魔法鞄に仕舞っていく。
まだ綺麗な瘴毒狼は珍しいし持ってれば使い道があるかも知れないけど、鋼鉄咬牙で潰されて首を落とされた血狼はグロいだけだし、数が多いから嫌がらせのようだ。
死体を仕舞い、ついでに地面のあちこちに突き出ている突鉄槍と鋼鉄咬牙を崩して更地に戻す。
残念ながら血飛沫は消しようが無いのでそのままだ。
「少しは落ち着きましたか?」
後片付けを終えてから、再びルキーナに声をかける。
ちゃんと魔水薬を飲んだようで、ルキーナもムートンも顔色が戻った。
「えぇ、ありがとうございます。
……シルバーさんは凄いですね。
一人で瘴毒狼を倒して血狼を殲滅して」
ポツリポツリとルキーナが話す。
「前はパーティを組まずに一人で迷宮に潜ってましたから」
僕が謙遜して視線を外すと、ルキーナは見えないところで大きく息を吐いた。
「……Bランクの冒険者ってこんなにも凄いんですね」
「?」
「私たちのパーティは素材採取専門で、それとムートンの治癒が評価されてBランクになったので、こんなにも違うなんて知らなかった。
たまにBランクのパーティと一緒に行動したけど、これほど違うと思ってませんでした」
蒼白な顔でルキーナが遠くを見ながら言った。
「冒険者にも色々いますよ。
対魔物戦が強い人もいれば、護衛が得意な人、索敵が得意な人。
素材採取も大事なことだと思います。
色んな評価があるからいいんだと思います」
僕も遠くを見て、改めて考える。
結局、一人で全部はできないから、色んな人がいて色んなことができるのが大事なんじゃないか。
「そうね。
私たちは弱いけど素材採取ができるし、ムートンは治癒が使えるし、まだ生きてるわ」
ルキーナはそう言って僕に笑いかけると、ムートンに合図した。
「魔水薬飲んで休んだから大丈夫。
これから治癒を使うから、見てもいいよ」
ムートンが治癒を見せてくれるらしい。
ムートンはオーランの頭を膝に乗せて膝枕をしてる。
破れたマントと肩当てを外し、破れたシャツとその下肩を露わにすると、竹筒から水をかけて表面の血を洗い流す。
噛みつかれた場所はまだ火傷痕のように皮膚が爛れている。
「治癒」
ムートンが唱えると傷口の辺りが薄っすらと明るく輝いて、皮膚が瑞々しく艶と張りを取り戻す。
奇妙な光景だけど怪我が魔法で治っていく。
風属性?
光属性?
ムートンは血狼に向かって真空波を撃っていた。
風属性で治癒ができるのか?
「珍しいでしょ」
食い入るように見てるとルキーナが話しかけてくる。
「えぇ、初めて見ました」
「聖光教の治癒魔法とは違うようです。
これでもかなり評価されているのよ」
「はい。それは理解できます。
治癒の手段は多いほど助かりますから。
ありがとうございました。
とてもいい勉強になりました」
「いいえ、こちらこそ助けてもらってありがとう」
「助かりました。ありがとうございます」
ルキーナに続いて治癒を終えたムートンも僕に頭を下げる。
「三十頭もの血狼を引き連れた瘴毒狼を倒した。って言ったら皆んなびっくりするわ」
ムートンが軽く笑いながら言うと、ルキーナも笑った。
そして、ピンク色の耳を掻きながら小さく呟く。
「三人目の黒瑪瑙も大きなニュースになるわね」




