第二百五十四話
「ウォォォーン」
また狼の遠吠えが聞こえた。
さっきよりも近い。
「マズいかも。
離れるわよ」
「うん」
ルキーナの判断にオーランが返事をして、ムートンが頷いた。
僕も一緒に頷く。
三人は紫平梨を背嚢に幾つか詰めて、来た道を戻る。
三人で周囲を警戒しているので、僕はこっそりとオーランからもらった新しい実を三つ魔法鞄に仕舞うのが精一杯だ。
余裕があれば小枝を折ってまとめて収穫したけど、残念ながら魔法鞄を隠して収穫するには余裕が無かった。
四人でやや密集した状態で後ろを気にしながらニーグルセントに向かうので、先ほどよりも歩みが遅い。
月夜の菖蒲の三人もいつもと違い僕が混ざっているので、僕に気を使っている。
「僕が殿を務めますので、皆さんは揃って前に進んでください」
明らかに後衛の弓士のルキーナ、魔術師のムートンの二人は背後から襲われたとき対応できない。二人を殿にしたら襲われたときにカバーできない。
かと言って、ルキーナとムートンだけで先行もできない。
三人で先行してもらい、僕が後方を警戒するのがベストだろう。
「しかし殿が一番危険だ」
僕の意見が合理的だけど、ルキーナが反対する。
Bランクパーティの先輩として、まだ実力の分からない僕に無理をさせられないのだろう。
「僕もBランクなので大丈夫です。
索敵はオーランさんの方が早いですし、僕が一番殿に向いています」
そう言って強引に位置取りを変える。
「では、頼むが、決して無理はしないでくれ」
「分かりました。
最悪、僕だけなら隠れて逃げますから、置いて逃げてください。冒険者だからそれくらいの覚悟はあります」
意気込みを伝えてルキーナたちに発破をかける。
「う、分かった。
それなら先行させてもらう」
「はい」
僕が頷くとオーランとムートンも頷いた。
そうして全員で合意できると一斉に走り出す。
狼の遠吠えから離れるように移動しているけど、背後からプレッシャーが近づいている。
五頭ぐらいの狼なら一気に倒し切った方がいいんだけど、かなり脚が速いので普通の狼じゃない可能性もある。
不意打ちを喰らわないように注意しながら三人を追いかける。
前方を走る三人を見ると、先ほどよりもスピードが上がって徐々に距離が開いている。
やはり、僕を心配してスピードを落としてくれてたようだ。
もう少し距離が開けば足止めを兼ねて魔物を確認してもいいだろう。
と思って後ろを振り返ると、カラフルなシルエットが木々をすり抜けて追いかけてくる。
げっ?!
普通の狼じゃなかった。
槍氈鹿よりも大きいかも知れない。
大きくて骨太な狼だ。
黄色い地毛に赤い斑ら模様。
黒い耳の下に大きな顔があり、鋭い犬歯が見える。
瘴毒狼。
手脚の爪に強い血液毒があって、引っかかれると出血が止まらなくなる。
あまり近距離で戦いたくない相手だ。
「後ろから瘴毒狼が来てます。
足止めするので、少しでも先へ!」
「瘴毒狼!」
「危険だわ!」
「大丈夫です。少し牽制するだけです。
足止めしてすぐに追いかけます!」
三人に向かって大声を張り上げると、足を止めて瘴毒狼に向き直る。
瘴毒狼の動きを止めて距離を稼がないと逃げきれない。
「突鉄槍。
突鉄槍」
瘴毒狼の進路上に突鉄槍を突き立てたけど、警戒なステップで左右にかわして走るスピードが落ちない。
くっ。ダメだ。
突鉄槍ぐらいじゃ足止めできない。
後ろ跳びして瘴毒狼から距離を取ると、先行する月夜の菖蒲を追いかける。
ダメだ。
月夜の菖蒲を巻き込むのはマズい。
僕が瘴毒狼を引きつけて距離を作らなければ。
ヒュンッ!
そう思った瞬間に一筋の矢が瘴毒狼に向かって行った。
矢は素晴らしい勢いで飛んで行き、しかしその毛並みに弾かれる。
「早くこっちへ」
木の向こうでオーランが僕を呼ぶ。
「ダメです!
皆さんこそ早く逃げて!」
先ほどの矢は弓士のルキーナが放ったものだろう。
月夜の菖蒲の三人が周囲を警戒しながら、僕を待っている。
しかし、剣を持ってる僕とオーランはまだしも、弓と杖では瘴毒狼の爪は危険過ぎる。
僕は両手に剣を構えて瘴毒狼の前に立ちはだかった。
瘴毒狼を月夜の菖蒲の方へは向かわせない。
すかさず右手のタングステン合金の剣に魔力を流し赤熱させる。
左手のコバルト合金の剣も同様に赤熱させて瘴毒狼を迎え撃つ。
しかし瘴毒狼は目の前まで来たのにそこで足を止めた。
どうした?
僕の魔法を警戒してる?
あるいはルキーナの弓か?
瘴毒狼が足を止めて僕を睨み、月夜の菖蒲の三人は離れたところの木々の裏に隠れてる。
「来ないのなら、こっちから行くぞ。
突鉄槍」
瘴毒狼の真下から突鉄槍を突き出すと、素早い反応で瘴毒狼が横に跳ぶ。
そこに向かって駆け出し、右から袈裟斬りして、そのまま身体を捻って左手の剣を裏拳のように横一閃。
しかし、どちらも空振り。
瘴毒狼が警戒して僕から距離を取っている。
……何か別の狙いがある?
「突鉄槍。
からの円盤刃」
間を取らせずに再度こちらから仕掛ける。
今度は突鉄槍の直後に円盤刃を織り交ぜて余裕を与えない。
瘴毒狼の体勢を崩したところに斬り込んでたたみ掛ける。
「せいっ!」
しかし空振り。
距離を取られたまま睨み合う。
膠着状態が続く。
このまま膠着状態でいても仕方がない。
どうやって突き崩す?
悩んで月夜の菖蒲を見ると、瘴毒狼ではなく周囲を警戒してる。
周り?
しかも臨戦態勢だ!
!!
囲まれてる!
追いかけて来た瘴毒狼に集中してて警戒が疎かだった。
血狼の赤い毛並みがあちこちに見える。
囲まれた。




