第二十五話
翌日、朝から迷宮の前に勢揃いして出陣式のようになった。
……ていうか、姉さんたちにメィリーを加えた四人が僕に話しかけて来て、テンペスたちとの話ができない。
ルートとか装備とか、予備の持ち物とか。
なので、姉さんたちに囲まれながら父さんの言葉を思い出している。
「三人は今、デメリットを理解している。
倒しても倒しても素材の出ない迷宮だから、迷宮を維持するコストに対して利益が割に合わないってところだ。
後はリスクとちょっとした利益が出れば引き下がるさ。
これ以上潜ったら危ない。少し手柄があればそう思うはずだ。
既に大勢連れて来て金がかかってるからな、今渡してある蒼光銀の武器を褒章もしくは戦果としてもらえるだけの働きをしたいんだよ」
父さんの言葉を借りると、適度な成果を出させて蒼光銀の武器をくれてやれば陣を引くだろう、ということだ。
さて、そんなに上手くいくかな?
テンペスたちが打ち合わせを終えたようだ。
レゾンドが僕に手招きしてる。
僕は後ろに控えてる忠犬パックスに合図するとテンペスたちのところへ向かった。
「パックス、何度もすまないな」
「いえ、同行させて頂き光栄です」
「少しでも迷宮や僕の戦い方を知ってる方がいいと思ってさ」
「そうですか。私はハク様やサラティ様の戦いは存じておりますが、レゾンド様やテンペス様がどのようにしておられるのか分からないので、お力になれるといいのですが……」
パックスが緊張と恐縮で固くなってる。
パックスがテンペスたちの戦い振りを見て僕と姉さんたちのときと比較してくれたら、テンペスたちの攻略スピードを多少は判断できる
僕と姉さんたちのときは得意不得意がお互いに分かってて無茶をしてたので、それよりもスピードが速いと十階層では止まらない。
階層主の扉で止まってもらうにしても、毎日確認に行くとなったら面倒なので、できればあまり速くないペースが望ましい。
迷宮に入ると、前衛にテンペスとダグラス、その後ろに僕とレゾンド、それにパックスたちがついて来る隊列になった。
一階層、二階層は粘性捕食体を見つけるとレゾンドがすぐに魔法を唱えて退治していく。
テンペスとダグラスは武器を構えて僕たちを守るための位置取りをするけど、粘性捕食体の移動速度とレゾンドの魔法精度だと全く危なげがない。
サクサクと進み三階層に入る。
三階層からの魔泥亜人形もテンペスとダグラスが連携して攻撃すると余裕綽々だ。
たまに現れる粘性捕食体に対してもレゾンドが的確に倒して前衛陣との連携が綺麗だ。
僕は少し後ろに下がり小声でパックスに話しかけた。
「どう? パックスから見た感じ?」
「はい。ハク様、サラティ様のときより少し丁寧かと思います。その分安全な進み方に見えます。
レゾンド様はシルヴィア様と同じようですが、全ての魔物を倒して進んでいますので、若干疲れが溜まりやすそうな雰囲気です」
「なるほどね」
小声で話してるので会話が長くならないようにすぐに切り上げた。
テンペスとレゾンドの考え方だと思うけど、倒しきってから先に進むようだ。
背後に回られる危険が減るけど、進行スピードは落ちる。
今は気にならないけど、その内疲れも溜まっていくだろう。
僕が姉さんたちと組んで潜ったときはスピードを優先してたので、回避できる戦闘は回避した。
結果的に体力消費も抑えながら進んでいた訳だ。
戦力外の僕と荷物持ちの兵士を温存してるから、テンペスたち三人に負荷がかかっている。
パックスの情報を再確認しながら迷宮を進んだ。
順調に五階層に入る。
五階層からは魔石亜人形が出てくるはず。
テンペスたち三人の戦い方が変わるかどうか気にしながら後ろからついて行く。
「ダグラスは魔石亜人形と戦ったのか?」
「はい。最初は少し手こずりましたが無事倒しました」
「なら問題ねぇ。魔泥亜人形より動きがスムーズになるから気をつけろ。
それと囲まれないようにしてくれ」
「分かりました」
テンペスがダグラスに声をかけて確認してる。
案外ちゃんとしてるのが意外だった。有無を言わせずに特攻するのかと思ったが違うようだ。
「右から魔石亜人形が二体だ。
行くぞ」
魔石亜人形を見つけたテンペスが一気に距離を詰めて、蒼光銀の短槍を胴体に突き刺す。
続けて何回か突きを放ち、魔石亜人形を破壊した。
ダグラスの方も魔石亜人形の腕を切り落としてから危なげなく胴体を横薙ぎにして倒した。
一方的に倒しているので強いのだが、二人とも魔石亜人形の頭が弱点とは知らないようだ。
特にテンペスは短槍だから、リーチを活かして頭を飛ばせば良いのに肩から突いて動きを封じてから倒してた。
パックスの言葉通りなので、パックスの観察力の方に恐れ入った。
魔石亜人形を倒した後、暫く歩いたところでダグラスが小さな金属の塊を見つけた。
以前レゾンドたちが見つけたのは両手で抱えるほどだったらしいが、今回見つけたのは拳大で四キログラム程度のものだ。
「どうします?」
ダグラスがレゾンドに向かって聞いている。
「今回は放置しておこう。これからまだ進むのに荷物を増やしたくない。
それでもいいですか?」
レゾンドが前方のテンペスと後ろの僕に向かって確認したので、頷き返した。
「邪魔だ、邪魔。
帰りに見つけたとき、拾えばいいんだよ」
テンペスも賛成のようだ。
せっかくの鉄の塊だけど、このまま放置していくことになった。
こんな風に急に鉄の塊が落ちてると、狙って探すのも難しそうだ。
大きさも違うし、近づけば金属と分かるけど遠くから分かるようなものでもない。
これだけ魔物を倒してやっと塊一個。これで人を呼ぶのは難しいな。
迷宮七階層。
そろそろ、亜人形以外の魔物が出る頃だったかなぁ、と思いながら三人の後をついて行く。
三人が頑張ってくれるので、とても楽だ。
昨日まで何日もの間、一人で長剣を振り続けて三十階層まで行って帰って来た。
それを思うと僕は何してるんだろう?
前にいる三人は魔物の種類が限られているので、型に嵌った戦い方をしている。
よく言えば堅実、手堅くて危なげがない。悪く言えば愚直。工夫というものを知らない。
何が言いたいかと言うと暇なんだ。
暇なので、足元の石を丸く削って遊ぶことにした。
掌ほどの石を拾い、反対の手の親指に魔力を集めると長剣に纏わせたようにして親指だけを包み込む。
親指だけを魔力で強化して撫でるようにして石を削るのだ。
親指の魔力が散らないように集中して、石を割らないように親指の力をセーブする。
丸く、丸く、整えながら撫でてると石でできた野球ボールのようになった。投げやすそうなのでコソッと収納庫にしまって置く。
次に拾った石が、偶然、金属っぽい硬さだったので、金属の塊を意識して整形を始めてみる。
前の方で狂黒鼠との戦いが始まったので、視線は戦闘の方を確認しながら、指先に魔力を込めて石を整形する。
丸く撫でて表面がツルツルになるように磨いていく。
出来あがると収納庫にしまう。
何回かの戦闘があり、五個ほど石を整形したところで八階層への階段に到着した。




