第二百四十六話
「竜人を相手にして魔法実験を行ったと言われましたが、竜人はどうなったのでしょうか?」
伝説の虹真珠亀を相手に問答を続ける。
千年を超える寿命を持つと言われる虹真珠亀。ここまでの会話でも二千年は生きていると感じさせられる。
知恵を授けると言われる虹真珠亀なら何か知っているかも知れない。
「竜人は竜と亜人の混血じゃ。
それこそ伝説の生き物のようなものじゃぞ。
儂も話で聞いただけで見たことも話したことも無い。
亜人戦争の混乱の中で偶然妖精人に捕まったとしか考えられん」
「竜人はどこに住んでいたのでしょうか?」
「分からん。
竜と一緒におったかも知れんし、森の中で森小人が育てておったのかも知れん」
「森小人が?」
「森小人の中には獣や魔物を手懐けたりして共に暮らす者もおるからな」
「それを捕まえた……」
「戦争じゃからな。
大勢で倒そうとして魔法や毒を使い、それでも倒せなかっただけかも知れんが、不幸なことよ」
そこで新しい疑問が湧いた。
竜人がどごで戦争に巻き込まれたか知らないけど、その親はどうなったのだろう?
「竜……。
竜を戦争に使ったりしたんですか?」
僕の質問に虹真珠亀が渋い顔をする。
「竜か……。
竜は無理だ。
圧倒的な力と知能を持っておる。亜人がどうこうできる存在ではない。
寧ろ戦場に現れては戦っておる全ての者を焼き払い、一面を灰塵に帰した」
「!?
本当ですか?」
「嘘を言ってもしょうがなかろう。
竜とは天災のようなものじゃ」
妖精人が騎乗する火竜を見る前だったら虹真珠亀の言葉を素直に受け入れただろう。
レドリオン公爵も火竜が街を襲えば一面が焼き尽くされると言っていた。
しかし、僕の倒した火竜は妖精人に拘束され、妖精人の魔法で縛られていた。
虹真珠亀も知らない何かが進行している、と言うことか。
「妖精人の都市ペルハストが集団暴走に呑み込まれた後、戦争はどうなったのですか?」
「一進一退じゃ。
大規模な戦闘が減ったとは言え、生き残りをかけた熾烈な争いが続いた。
他の街でも集団暴走が発生して、一夜にして滅びた街がいくつもある」
「集団暴走が複数発生したんですか?」
「そうじゃ。
大規模魔法で森を焼き、大勢の民を殺した怨念だと言われておったな」
「そんな……」
「むぅ。
邪魔が入ったようじゃ。続きはまたの機会にな」
「えっ?」
突然、虹真珠亀が立ち上がり滝壷に歩き出した。
「待ってください」
「藍風鼬だ」
謎の言葉を残して歩いて行く。
僕が声をかけても、相手にしてくれない。
足音を響かせながらザブンと滝壷に入り、水の中への姿を消していく。
「ちょ、……まだまだ聞きたいことがあったのに」
虹真珠亀が潜り込んだ滝壷を眺めていると背後に気配を感じた。
何だ?
背後を振り返ると暗い色をした獣が一人いた。
藍旋風鼬か?
身長は一メートル八十センチほど。
僕よりも大きいけれど細身で鋭い犬歯を剥き出しにしてる。
目も細くて猫というよりも狐か鼬系の獣。
藍色の艶のある毛並みは濡れたようにしっとりとしている。
「鎌鼬」
前足を踏ん張りこちらを睨んでいた藍旋風鼬が何かを呟き尾を振ると、風の刃が飛んで来た。
「ちょ、いきなりかよ」
咄嗟に後ろに飛びすさり二本の竜鱗両手剣をクロスさせて鎌鼬を弾くとキンと硬質な高い音がして風の刃が横に逸れた。
「猫人が何の用だ?」
藍旋風鼬は虹真珠亀と同じようなことを言った。
普通の鼬とは違う。
大きさがそもそも全然違うけれど、言葉を喋り魔法を使う。
虹真珠亀が名前を出したのは、この藍旋風鼬が特別な生物だからだろう。
迷宮主とは違うが、同じような力を持つ精霊のようだ。
僕のそばに居る銀の黄金虫のミネラやヴェネットたちは話さないから、彼らよりも格の高い精霊なんだろう。
つまり銀の蜥蜴のラケルや蛟龍のアートルのような存在だ。
迷宮でも無いのに迷宮主クラスの魔物という訳だ。
「妖精人を探してる。
貴方は妖精人の居場所を知っていますか?」
剣を構えたまま藍旋風鼬の様子を伺う。
「知らんな。
鎌鼬。
鎌鼬」
こちらに質問する割には会話する気は無いようだ。
立て続けに魔法を放って来る。
キキン!
ザクッ!
竜鱗両手剣で風の刃を弾いたのに、直後に僕の背中に何かが直撃した。
ガッ!?
突き飛ばされ、足を踏み出して堪えながら背後を確認するけど誰もいない。
何だ?
銀糸のマントに傷は無いが、かなりの衝撃だった。
藍旋風鼬の追撃を警戒すると、奴はニヤニヤとこちらを見てる。
……何かトリックがあるらしい。
見たところ藍旋風鼬は風属性を操る魔物だ。
精霊と呼ぶか魔物と呼ぶか悩むところだけど、取り敢えず魔物でいいだろう。
鎌鼬は風刃の魔法で間違い無い。ただし、ただ真っ直ぐに飛んでくるように見せて、何か裏がある。
最初の一撃を弾かせておいてその風刃が再度戻ってくるとか、一撃に見せて二連撃とか、何か隠してる。
「たかが一撃で大喜びとは、めでたいな」
タネが分からない奇術に対して挑発を返す。
「ふんっ。負け惜しみを。
帰らずの谷に来たことを後悔するが良い。
鎌鼬。
鎌鼬」
あっ、ここが帰らずの谷なんだ。
口の軽い魔物のおかげで一つ謎が解けた。
幾つかある谷の内、ここだけが帰らずの谷なのか、ここら辺一帯の幾つかの谷をまとめて帰らずの谷と呼ぶのかは分からないけど、取り敢えずはこの辺が最も危険な場所と言うことでいいだろう。
藍旋風鼬の鎌鼬を横っ飛びでかわして、その軌道を注意深く観察すると二つの風刃はその真っ直ぐに飛んでいった。
今のはただの風刃だ。
様子見してても埒が開かないし、サッサとケリをつけるか……。




